第10話 裏路地の緑の光――まだ、運命は出会わない
左手に握られた艶消しの黒いライフル。
その銃口には、淡い緑光を帯びる円筒型の装置。
――五年の歳月をかけ、密かに作り上げた「対電磁波撃退武器」
その初号機が取り付けられている。
今日は、その実地試験のためにここゼロ地区に出てきたのに……
政府の奴らにも内密にしての行動だから、
派手な行動は避けるように沙羅に再三、言われていた。
『……せっかく、うまく隠して進められていたのに……
次は許さないから』
そう言って、眉を顰める沙羅の顔が浮かぶ。
「まいったな。これは、後で怒られる……」
弌はライフルを肩に背負い、裏路地の壁にもたれかかりながら薄く、息を吐いた。
――反省の気持ちはもちろんあった。
でも、あそこで、あの親子を放っておくことはできなかった。
瞳を閉じる。
先ほど暴走した男の顔は、数週間前に、裏路地で金を受け取っていた男だった。
記憶が蘇る。
政府の影とも言える連中から、現金と引き換えに『被験者』になることを
承諾した姿。
理由はただ一つ――離婚した妻と子に会いたかった。
あの“感染者”になれば――金が入る。
『金さえあれば妻と子どもに会える』
短絡的なのは、あの男の弱さだ。だが、その弱さに付け込んだ奴らが――
ハイエナのような奴らがいるのだ。
そして――その末路は、こうして愛する者に牙を剥く化け物になることだった。
それが、あの男の望みを叶えることに繋がったのかは分からない。
無意識に弌は、下唇を噛みしめる。
――このままでは、駄目だ。
静かな焦りが胸の奥に沈んでいく。
静かな路地裏のスピーカーから流れるクラシックが、耳に入ってきた。
ああ……モーツァルトか……。
耳の奥でゆっくりと回転し、脈打つように胸を圧迫する。
指先に微かな震えを感じる。
(……また、だ)
心臓の奥で、何かがうずく。
十五年前、日神山ですべてを失ったあの日から
この旋律と共鳴するように、
身体の中の何かが、疼くようなそんな錯覚を覚える――
『錯覚……』
弌にとって、十五年前の『あの日』から、確実なものは無くなった。
すべてが『不確か』で、『曖昧』なことだらけになった。
ただ――
一つだけを除いて。
あの日から――
弌は、人と深く関わらなくなった。
信じられなくなった。
関われば、必ず――ろくな結末にならないという確信をもった。
奪われ、裏切られ――救われなかった過去が、彼の心を変えてしまった。
ポケットに手を突っ込み、視線を上げる。
弌は、自分の居る場所――裏路地から、不意に街の方に顔を向ける。
視線の先は――
日の光に照らされ、人々が笑っている。
そこには、肩車された少年と、その横で笑う二人組
――鷺ノ宮螢と乙の姿が見えた。
彼らが眩しく見える。
弌は視線を逸らし、裏路地を出て、群衆に紛れて歩き出す。
彼らとは反対方向に。
あれは、決して交わることのない側の人間だ。
「……沙羅が、待っている」
その背後で、クラシックの旋律が一段と不気味に高まっていった。




