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Out Of Orbit ~すべてはこの手の中に~  作者: 銀猫
序章 墜ちたもの——希望と呼ばれた星
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第9話 休日のシンジュク・ゼロ地区


ここは、人通りの多い、まさに繁華街。

人波と喧噪で熱を帯びていた。


雑踏の中に、二人の男――兄の鷺ノ宮(さぎのみや)けいと、弟のおと

兄は、背筋を伸ばし、視線を常に周囲へ巡らせていた。


黒のジャケットにジーンズという飾り気のない服装だが、

その歩き方は迷いがなく、何かあれば即座に動ける者のそれだった。


青髪を無造作にかき上げた、鋭い印象のウルフカット。

短く整えられた側頭部に対し、襟足だけが遊ぶように長く、

彼が歩く度に髪が左右に軽く揺れる。


190㎝近い長身に、無駄なく鍛え上げられた細身の肉体。

モデルじみたスタイルの良さとは裏腹に、

その全身からは、いつでも飛びかかれる猛獣のような緊張感が滲んでいた。


その上、サングラス越しに周囲を見渡す姿は、

どう見ても“堅気”には見えなかった。




一方、弟の鷺ノ宮(さぎのみや)おとはというと、

Tシャツにジーパンというラフすぎる服装だ。


両手をポケットに突っ込み、口笛を吹きながら歩いている。

兄と同じで長身だが、身長は兄より少し低い。

けれど、肩幅はだんぜん広い。肩で風を切って歩いている。


無造作に跳ねた赤髪と、くりっとした人懐っこい瞳が特徴だ。

少年のような無邪気な笑顔が、ひときわ目を引く。



そんなガタイの良い二人が、休日の街を歩いているだけでも目立つというのに、

街路樹の間を縫うように露店が並び、

喫茶店のテラス席からコーヒーの香りが漂う洒落た通りを歩くものだから、

余計に視線を集めていた。

安っぽい紙コップのコーヒーを持っていても様になっているあたりが憎らしい。




「今日も依頼、来るといいなぁ」


「お前、もっと切実さを出せ」


「兄貴、今日こそは当たりの仕事見つけようぜ。昨日の配達、赤字だったし……」


「分かってるよ。今日の俺たちは“何でも屋”じゃなくて、“何でも稼ぐ屋”だ」




軽口を叩き合いながらも、二人の胸の奥には共通の思いがあった。




――母との約束。

「この街を守ること」



二人にしたら、これはパトロールなのだ。





そこへ――甲高い悲鳴が空気を裂く。

視線の先で、ひとりの男が突然、親子連れに襲いかかった。

男の目は焦点を失い、口からは涎を垂らし、常軌を逸した唸り声を上げている。



その背後には、路地裏のスピーカーから微かに流れるクラシック――

本来なら穏やかな旋律が、この状況下のためか不気味な緊張を孕んで、

街を満たしていた。





「……ま……り……け……ん……」





男は口の端から泡を吹いて、何かをしきりに、繰り返し叫んでいるようだった。

何を言っているか分からない。それがまた気味の悪さを際立てた。



警官が数名で取り囲むも、威嚇のための空砲にも殴打にも一切ひるまず、

まるで機械仕掛けの獣のように突き進んでいく。



螢の脳裏に母の最期の光景がよぎる。

暴徒に襲われ、子どもを庇って命を落とした警官の母。




(同じだ……あの日と)




隣を見ると、乙の拳は握られていた。




「乙!待て!」




兄の制止を振り切り、弟は人混みを裂くように飛び出す。



次の瞬間、乙の拳が男の顎を打ち抜いた。

一瞬たじろいだ暴徒――だが倒れない。




乙は大きく振りかぶり、もう一発、顔面へ叩き込もうと踏み込む。




――その瞬間だった。





「Make it!」





鋭い声とともに、緑の閃光が空を裂く。

正確無比な弾道が暴徒の肩を撃ち抜く。



男の体は、宙を舞い後ろに大きく吹き飛んだ。



乙の拳が届く寸前、その軌道に合わせるように放たれた弾丸を、

螢は見逃さなかった。

すぐに聞こえた声の方へ、視線を走らせる。




そこにいたのは――ふわりと柔らかい髪を後ろで束ねた細身の人物。

男か女か判別できないほど中性的な美貌と、包み込むような緑の残光を纏っている人物。



ただ立っているだけで、街の喧騒から切り離されたような――

神秘的な気配を放っている。




一瞬、螢は…目が合った――気がした。




しかし次の瞬間には、その人物は人波に紛れて消えていた。




「まてっ!」




螢は、緑の光を追った。

しかし、駆け寄ったその空間に残されていたのは、

まだ微かに熱を帯び、煙を上げる薬莢(やっきょう)だけ。




規格外の形状。

表面には、消えかけの緑の光が、脈のように揺れている。



見たことがない。

少なくとも、通常の弾ではない。



螢はそれを拾い上げ、胸の奥に残る妙なざわめきを振り払えずにいた。





警察が駆けつけ、暴徒は取り押さえられる。





視線の端で、取り押さえられた男の表情がわずかに緩んだ。

苦悶ではない――安堵に近いものだった。



螢の瞳は捉えていた。信じられない光景を。

それは、弟の拳と一秒の狂いもなくクリーンヒットする緑色の閃光だった。

まるで弟の拳が緑色に光り輝き、暴徒を吹き飛ばしたかのように見えた。




しかし、奇跡は()()起きていた。

信じがたいことに、逮捕された暴徒の目には、再び自我が宿っていたのだ。




まるで何かの支配から解き放たれたかのように。

男は警察に謝罪し、静かに車に乗っていった。




その姿を螢は静かに見つめていた。




乙はといえば…

救った子どもを肩車し、恐怖を笑顔に変えようとしている。




「もう大丈夫だよ。怖いの怖いのポイポイぽ~い!ってね」




恐怖を、ごみ箱に捨てる真似をしているようだ。

でも、肩の子どもは困ったような顔をしている。



当たり前だ、そう簡単に恐怖は消えないのだろう。

襲われたのだから。



何とか少年に笑顔を取り戻したい乙は、少し思案してから、


何かを思いついたように、肩に乗せていた子をそっと地面に下ろすと——



「はい、頑張った強い子にはキャンディーをプレゼント!」



と言って手品の方法で、キャンディー三本セットを少年の目の前に

サッと出現させて見せた。

そして、それぞれの飴を指しながら



「イチゴ味の赤、サイダー味の青、青リンゴ味の緑の三本をご用意しました!

 いかがですか?」



一瞬、驚いた顔をした少年だったが、今度こそ目を輝かせて、




「うわぁすごいね!ありがとう!」




少年の顔がみるみるうちに明るくなっていくのを見た乙は、

胸が熱くなっていくのを感じた。




「あはは、今度は俺が泣きそうになってやんの、情けね~な」




無我夢中で助けに入ったけれど、本当は、どんな結末になっていたかなんて

当の本人にも分からなかったのだ。



乙自身、夢中だったから。

だから、無事に助けることができて本当によかった。



今更ながら、安堵の気持ちが乙の心を満たしていた。

気づくと乙の目からはぽろぽろと涙が溢れていた。



嬉しさが涙になって溢れた。慌てて目頭を拭う乙に対して、

少年は笑顔でこう言った。




「お兄ちゃんは、ヒーローだよ!」



「!

 ひっ!

 ひ、ひーろー!!!?」



乙は少年の言葉に涙を拭うのも忘れて、顔をあげた。




「ありがとう、僕のヒーロー!」




少年は、大きく頷いて、もう一度、声を弾ませて、はっきりと笑顔で言い切る。





「兄貴!聞いた?ヒーローだって!」





乙の顔は今までにないくらい破顔した。

ピンク色の小さな花が顔の周りに、たくさん舞い散るのが見えるくらいに。

その嬉しそうな表情といったらない。見ているこちらまで嬉しくなるくらい。




「えへへ~。俺、ヒーローだってさ~」




あまりの嬉しさに、戻ってきた螢の服を強引に左右に引っ張り続ける。

しかし、螢の脳裏は先ほどの緑の閃光と薬莢の煙で占められていて、

聞いてはいない。




(あいつが……何者なのか、確かめる必要がある。

 そうすれば、きっと……俺たちの……)




「あーにーき~えへへ~」




ゆさゆさ




「だぁぁぁ! やめろ! 揺さぶるな! 酔っちまうだろ!」


「俺、ヒーローだって!あは、あはは!照れちゃう!」



兄弟のあべこべな声が、街路樹の隙間を空へ抜けていった。



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