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『勇者リリアと魔王のフィアンセ』Eden Force StoriesⅣ(第四部)  作者: 瀬尾 碧


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『第五話・1 勇者、王都公式会見で詰む。』

王都中心、白亜の王宮・謁見の間。


黄金のタペストリーがゆっくりと風をはらみ、天井から落ちる光が、まるで神の審判のように床を照らしていた。緋色の絨毯は真っすぐ玉座へと伸び、息を吐くことすら憚られる静寂が、その場を支配していた。


右手には宰相。額には滲む汗。抱えた書状は山のよう。左手には報道ギルドの特派員たち。魔晶レンズの赤い記録灯が、まるで監視の瞳のようにこちらを見据えていた。王国のすべての階層がこの場に集い、空気そのものが重く、静かに爆ぜるような緊張を孕んでいた。


そして、緋色の絨毯の果てに座す男――第七王アーゼン十三世。かつて“氷槍戦役”を制した伝説の王にして、今や糖分のために魂を売り渡した“英雄王”でもある。


……にもかかわらず、この日の主役は“胃痛で死にかけの勇者リリア”だった。


(……うわ、ヤバい。これ“表彰式”じゃなくて“火刑台”の構図だろ……!?)


無数の視線が一点に集まる。羽根ペンが止まり、空気が吸い込まれるように静まる。天井のステンドライトが冷たい光を落とし、その下で魔晶レンズの赤い灯が、一斉に“録画”を開始した。


(うわ、完全に会見モードだ。もう詰んだ。)


その刹那――王の低く響く声が、氷のように空気を裂いた。


「――説明を求める。」


音が、止まった。羽根ペンの先が宙で固まり、誰かの喉を鳴らす音さえ、残響のように響いた。


リリアは背筋を伸ばしたまま石像みたいに固まり、隣でセラフィーが小声で「落ち着いて」と囁いた。


(いやいやいや無理だろ! 全方向に偉い人+報道の魔眼レンズとか、これもう国際的炎上会議じゃねぇか!!)


足元では、ワン太がぴたりと寄り添い、しっぽも振れないほど緊張している。ブッくんは後方で空気を読まずにメモを取っており、その筆先の音だけが、やけに現実的に響いた。


王は報告書の束を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。沈黙のまま、一枚、また一枚――。


(やばい……あのペース、教師が“成績簿見るとき”のやつだ……!)


王はしばし無言のまま報告書を見下ろしていた。その沈黙が長く続き、誰もが息を呑む。羽根ペンがひとつ、床に落ちる音が響く。


ふと、足元に目をやると、そこには極限状態に達したワン太の姿があった。


緊張が限界を超えたのか、ワン太はぬいぐるみのフリを通り越して、もはや「ただの古い綿の塊」になろうと必死に分子レベルで硬直していた。毛並みすら動かさず、ガラス玉の瞳は完全に光を失い、まるで「私はただの無機物です、何も見ていません」という強い意志すら感じる。


(ワン太ァァ!! お前そんな特技あったのかよ! あまりの微動だにしなさに、逆に宰相が『新種の魔道具か?』って不審な目で見てんじゃねえか!!)


やがて、王の眉がぴくりと動いた。瞳の奥に、確かな熱が灯る。


「……ふむ。六翼覚醒……魂層異常……婚約報告……王都激震……?」


場の空気が一気に張り詰める。宰相がごくりと喉を鳴らした。


「――つまり、我が国の勇者が“神格化した上で、魔王の血族と婚約”したと?」


「ち、ちがいますそれ!! どこ情報ですかそれ!!!」


(っていうか“婚約”の単語、報告書に残すなよォォ!!)


セラフィーが慌てて前に出る。


「陛下、それは誤報です。報道ギルドが少々脚色を――」


「脚色で神になれるかッ!!」宰相が机を叩く。


「そ、そんなに怒らなくても……!」リリアが引きつった笑みで手を振る。「ちょ、ちょっと光っただけなんです! ほんの気のせいで!」


「“気のせい”で六翼が生えるかぁぁ!!」


宰相の怒声が広間に響き渡った瞬間。リリアの影から、絶対零度の殺気が、影の底からシュルリと立ち上がった。


ネイルが音もなく一歩前に出、その手にはいつの間にか抜き放たれた漆黒の短剣が、王の喉元――ではなく、まずはリリアに怒鳴った宰相に向けられる。


「……リリア様に、その下賎な怒声を浴びせるとは。陛下、お許しを。この『不潔な雑音』……今ここで私が、根元から『剪定』して差し上げてもよろしいでしょうか」


「やめろォォォ!!! それは剪定じゃなくて暗殺だろ!! あと陛下に許可取るな! 全力で国際問題になるから!!」


リリアは白目を剥きながら、ネイルの細い腕を必死に掴んで引き戻した。宰相が顔を青くして椅子ごとひっくり返る中、ネイルは「なぜ止めるのです、リリア様……庭の雑草を抜くのと同じですのに」と、心底不思議そうに首を傾げている。


(うん、詰んだ。完全に詰んだ。これ、国王主催の炎上会見ってジャンルで世界初だろ……!?)


王はそんな騒ぎを無言で眺めていた。

――しばし、玉座の肘掛けを静かに指で叩きながら。

そして――ふっと口角を上げた。


「……そなた、やってくれたな。」


謁見の間の空気が、王の一言に凍りついた。

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