『第四話・6 勇者、退院却下される』
医療塔の扉が、バァンッ!と音を立てて開いた。
カルネ・ミレーユ主任医師。
白衣をひるがえし、冷たい声が通りのざわめきを一瞬で凍らせる。
「リリア様。あなた……退院の許可、誰から出ました?」
空気が張り詰める。
報道ギルドのペン先が止まり、群衆がごくりと息をのむ。
リリアは引きつった笑顔で指を上げた。
「……えっと……風の精霊から……?」
カルネのこめかみがぴくりと動く。
「風は医師免許持ってません!!!!」
石畳の上に反響する怒声。
兵士たちが一斉に直立し、報道ギルドが本能的に姿勢を正した。
カルネはすっと息を整え、再び冷静な口調に戻る。
「お集まりの記者諸君。魂層に関わる医療情報を扱う際は慎重にお願いします。
本件は医療塔の監督下にあります。会見は後日、正式に開きます」
一礼した瞬間、風が白衣を揺らす。
その姿は、まるで医療塔に君臨する白の守護者のようだった。
カルネは微笑を崩さず、リリアの肩を軽く叩いた。
「ご安心を。再検査だけです。……全身、魔素値から魂層スペクトルまで」
リリアの笑顔が、みるみる引きつる。
(やばいぞ……魂層スキャンなんてされたら、
あの“六翼モード”のログ、絶対残ってる!! 魂の履歴書オープン案件だぞ!!)
(しかも解析画面に“神格値:上昇中”とか出たらどうすんのさ!?
ただの発光事故です!って言い訳、通じるわけないじゃん!!)
(お願いカルネ先生……! 魂だけは、非公開アカウントにしてくれぇぇ!!)
ワン太が心配そうに肩の上で身を寄せる。
ブッくんは記者席の後ろでこそこそ巻物を開き、筆を走らせていた。
「見出し候補第二案! “勇者、無断退院ののち神格覚醒! 王都医療塔激震!”」
(やめろォォォォ!!! 俺いつの間に“宗教カテゴリ”行きになったんだよ!!)
セラフィーがふっと息を漏らす。
「……まあ、英雄っていうのは、いつだって人の手で神話にされるものよ」
その声に、群衆のざわめきが一瞬だけ静まった。
白い光がカルネの白衣に反射し、風がリリアの髪を揺らす。
リリアは顔を引きつらせたまま、じりじりと後ずさった。
「せ、先生……その、スキャンって……今日じゃなくても……いいよね……?」
カルネの笑みが、ほんの少しだけ深くなった。
「逃がしませんよ」
その言葉に、リリアの背骨の魔力脈が、ひやりと逆流した。
カルネの白衣の裾に刻まれた〈医療塔主任権限章〉が、淡く白光を放つ。
だが、その背後から、さらに不穏な刃を引くような低い声が滑り込んだ。
「――なるほど。リリア様の高貴なる魂を、人の身で覗き見ようというのですね、先生」
ネイルが音もなくカルネの前に進み出、その漆黒の瞳に物騒な光を宿した。
「安心してください、リリア様。その『スキャン』とやらが行われる前に、私がその測定器とやらを塵一つ残さず切り刻んで差し上げます。ついでにこの塔の記録媒体も、すべて私の闇で消去して――」
「火に油を注ぐなあああ!!! 『隠蔽工作』がバレたら余計に怪しまれるだろ!!」
リリアがネイルの襟首を全力で引っ掴んで制止する。ネイルは「なぜ……リリア様のために証拠を抹消するのに……」と心外そうに首を傾げた。
「はぁ……本当、身内が一番の敵だよ……」
ぐったりと項垂れるリリア。そんな彼女の肩の上で、ふわりと重みが動いた。
唯一の癒やし、ワン太が顔を上げた。
リリアは縋るような目でワン太を見上げた。
(ワン太……お前だけは俺の味方だよな? この地獄から助けてくれるよな?)
だが、ワン太はカルネ医師の「医師免許」と「精密検査」という圧倒的正論を前にして――「……ごもっとも」とでも言いたげに、一ミリの迷いもなく、深く、重々しく首を縦に振った。
「お前もかよぉぉぉぉ!!! そこはぬいぐるみらしく現実逃避に付き合ってよ!!」
そのとき記者席の後方からさらに声が飛ぶ。
「リリア様! ではやはり、魔王のプリンス・レオ殿下との婚約は事実なのですね!?
関係筋によれば、“六翼の輝きの中で求婚された”と──!」
(誰だそんな詩的に脚色したやつぅぅ!! 俺そんなイベントしてねぇぇぇ!!!)
(てかその“関係筋”ってどこだよ!? 神話評論家か!?)
カルネは冷静に、しかしぴしゃりと言い放った。
「婚約や神格の件は、医療塔の所管外です。……王宮にてご確認を」
(やめてぇぇ! 王様のとこ持ってくのうぅぅ!!)
セラフィーが小声で囁く。
「……つまり、次は王への報告ね。」
リリアは天を仰ぎ、魂ごとため息をついた。
その瞬間、春の風が花びらを巻き上げ、リリアの六翼の幻がふと光に揺れた。
群衆が息を呑み、魔導記録石が一斉に光を放つ。
「……あ、今の録られてる……」
(終わったぁぁぁぁ!!!)
英雄は帰還した――
けれど、それは“戦いの終わり”ではなく、
神と人の間で始まる、新たな混乱の序章だった。
そしてその日の午後、勇者リリアは――王宮への召喚命令を受けた。




