『第五話・2 怒りの一閃、国家規模で誤解される』
リリアが一瞬きょとんとした。
(え、今の“やってくれたな”って、褒め? 怒り? どっち!?)
王は報告書を持ち上げ、玉座からゆっくり立ち上がった。床に落ちる翼の影が一瞬止まったように見え、会場の音がひとつ消えた。
「第三将ガルド=アイゼン。氷槍の鬼神――あやつを一太刀で討ち取るとは!」
拳がドンッ!と肘掛けを鳴らす。
一瞬の沈黙のあと、拍手が広間に波のように広がった。
(いやいやいや、俺そんな立派なことしてねぇ!)
ドンッ! 拍手。
(あっ、これもう訂正できないやつぅぅ!!)
(急展開すぎだろッ!? 情緒のアクセルぶっ壊れてんのかこの国!?)
「い、いえっ……その、仲間の支えがなければ――」
拍手が広間に広がる。
文官が目頭を押さえ、騎士団長が胸甲を叩いた。
リリアはひきつった笑顔で立ち尽くしていた。
(いや、ちょっと待って。それ誤解だから。あれ、別に戦略とか勇気とかじゃないから!!)
広間がざわつく。兵士が目を丸くし、神官長が「奇跡です……」と呟く。宰相が咳払いしながら一歩前へ出る。
「ふむ……勢いで倒したと報告にあったが、実際は?」
(あーやばい、完全に説明求められるやつ。職員室で“なんで殴ったの?”って言われた中学生の気分!!)
リリアは頬をひきつらせ、指をもじもじさせる。
「えっと……“可愛くない”って言われて……ちょっと……ムカッと、してしまって……」
「ムカッと?」
「気づいたら、勝手に力が出ちゃって――その瞬間、相手が床に転がるくらいの一閃をしてました。あの、端的に言うと“斬っちゃった”って感じで…」
沈黙。
(やばい、これ完全に職員室の空気!!)
セラフィーがぼそっと呟く。
「……情動覚醒、ね。」
王が神妙にうなずく。
「感情による瞬間的な神力暴発……つまり“怒りの天啓”か!」
「い、いやいやいや! そんな立派なもんじゃないですからっ!!」
(天啓!? 何それカッコよすぎる誤解!! 俺そんな高貴な怒りじゃねぇよ!!)
「さすがはリリア様。不敬な雑草を感情一つで塵に帰すその御姿……まさに真の神。剪定する必要すらありませんでしたね」と、一人だけ次元の違う納得を見せるネイル。
ネイルから滲み出たどす黒い悦楽と殺気に、広間の空気がびり、と軋んだ。
玉座を護る近衛騎士たちの指が、ほとんど反射のように剣の柄へ滑り――
誰かが、息を呑む。
次の瞬間、広間の温度が、すっと数度落ちた気がした。
「お前も便乗して話を盛るな!! あと騎士団の皆さんも、こいつの寝言に抜刀しないで! これただのストーカーの戯言だから!!」
記者が興奮気味に手を挙げる。
「勇者リリア、“感情を力に変える新たな女神”としての覚醒は――」
「ちょ、ちょっと待って!? 覚醒とかタグ付け禁止だから!!」
ブッくんが口を挟む。「“恋愛的ストレスで覚醒”。見出しこれで頼むわ。」
(お前そのタイトルで書いたら絶対バズるけど炎上するやつだからな!! やめろブッくん!!)
王はそんな騒ぎをよそに、感慨深げに呟いた。
「……やはり勇者とは、奇跡と怒りをもって国を導く者。うむ、誇らしい。」
(いや導くじゃねぇよ!! 俺ただの被害者側だから!!)
鳴り止まない拍手の振動が、びりびりと床を伝い――
その余波の中で。
緊張で分子レベルまで固まっていたワン太が、ようやく小刻みに震えながら「解凍」された。
……が、彼はゆっくりと周囲を見渡し、熱狂の渦と恍惚のネイル、そして祀り上げられたリリアを一瞥する。
そして――
“……あ、これもうダメだわ。止められないわ”
短く断じると、ふいっと視線を逸らし、再びガラス玉のような『死んだ目』に戻って、ただの綿の塊のフリを決め込んだ。
「お前今、俺のこと鼻で笑っただろ!! 見捨てんの早すぎだろ!!」
(ワン太ァァァ!! 現実逃避が早すぎる!! せめて一緒に抗ってくれよ、マスコットだろお前!!)
リリアは引きつった笑顔で頭を下げる。
「こ、光栄です……陛下。」
(いや光栄どころか恥ずかしさで死ねる!!)
セラフィーが横で肩をすくめた。
「……まあ、結果的に救ったのは事実よね。」
「そ、そういう問題じゃないっての!!」
(……ああもうダメだ。これ、誰も止める気ないやつだ……)
カシャカシャッ!
と無数のフラッシュが焚かれる。
その強烈な魔導光が、リリアの背後に残る「六翼の残光」に乱反射。意図せずリリアの全身が神々しく発光し、逆光の中に浮かぶ彼女の姿は、否応なしに『慈悲なき怒りの女神』として記録石に焼き付けられていく。
「……あ、今の録られてる……光害だよ、今の……」
……静寂。
数秒後――
記者席の一角から、空気を切り裂くような声が鋭く飛んだ。
「怒りの一閃、女神の裁き」/「可愛くない一言で覚醒!? 勇者の末路」
「最後のやつやめろォォ!! 見出しからして地獄だろそれ!!」
――そのとき、玉座の上で、王だけがほんのわずかに目を細めていた。
まるで、この場の混乱すべてを――静かに測り取るように。
指先が、玉座の肘掛けを……とん、と一定の間隔で叩く。
誰も気づかない。
けれどその視線だけが、ただ一人――勇者リリアの“奥”を、見逃さなかった。




