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カレーは醤油 ~インドの記憶~   作者: そらら
醤油はカレー

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1892/1899

2023年6月18日(日) スニール・ララン ~後編~

6月18日(日) 


ヴィンセント: スニールさん、冒険は大いに結構ですが、私のプロジェクトについても、よろしくお願いしますよ。


プリヤンカ: あ、ヴィンセントさん、なかなかお話を振れずに大変失礼しました。もし差し支えなければ、ヴィンセントさんの自己紹介とスニールさんとのご関係をお伺いしてもよろしいですか?


ヴィンセント: かしこまりました。私は台湾でアップル向けに精密機械を製造しているシークレット・アンド・スティールが、今般チェンナイに設立した現地法人の社長を務めているヴィンセントと申します。今は事務所しかありませんが、どうしても急いでチェンナイで工場を設立しなくてはならないので、スニールさんに工場の候補地を相談してるんです。


スニール: でも、私のところは一切空きがないし、他の工業団地も土地不足状態になってるから、簡単に事が進まないんですよ。


ヴィンセント: でも、タミルナド州政府が所有している土地はまだ余力ありますよね?


スニール: それは事実だけど、今の状況下、直ぐに「はいどうぞ」とはならないだろう。なんせ、色々な企業が進出を目指し、少ない土地を奪い合ってる状況だからね。しかも政府系の工業団地は民間系と違い、色々な権益が複雑に絡み合う。その中でおたくのプロジェクトを優先させるには、なにか()()()()()がないと……


ヴィンセント: そんなんじゃ困るんです! うちは急いでるんです! それに……()()()()()は得意ですから、任せてください。


プリヤンカ: あのぉ……ちょっと話がややこしくなりそうですし、ここで一旦、生配信を終了させましょうか?


ヴィンセント: いえいえ、プリヤンカさんのユーチューブを観ている人にも、インドビジネスの実態を知ってもらう良い機会になります。こうしないと、インドじゃビジネスが先に進まないって!


 さっきまであんなに優しい表情を見せていたヴィンセント。


 口調はまだ優しいが、鋭い眼光の奥で怪しい炎が揺れているのが分かる。


 それに、彼は台湾生まれと言ったが、明らかにその中国語は中国本土のイントネーション。


 アップル関連というのも疑わしいし、ひょっとしたら、彼は中国共産党から送られた産業スパイなんじゃないだろうか。


 しかし、そんなことを指摘できるような雰囲気は全くない。


 あー、今日の生配信、完全失敗だ~ 


 でも、今さら引き下がる術もないし。


プリヤンカ: 分かりました。じゃあ、このまま撮影を続けさせてもらいます。


ヴィンセント: それでスニールさん。まどろっこしいことはもう止めませんか? 特別なことですよね? そんなの、最初っから分かってますし、その特別なことでスニールさんがここまで投資を自分の工業団地に誘致できたのも知ってますから。ふふふ。


 すると、ヴィンセントがソファーの後ろに向かい、そこに潜ませていたジェラルミンケースを手にしたのです。


スニール: ヴィンセント、まさか……止さんか! このスマホの向こうでは物凄い数の視聴者がいるんだぞ! そんなことをすれば、全てがフワっと一瞬で消えてしまうじゃないか!


ヴィンセント: そうだよ。その通りだよ! 俺はもう待てないんだ。熱量が下がる前に、やり遂げる必要がある。そしてフワっと一瞬で消えてこそ、意味があるんだよ! ほら、見ろ! これが、俺の用意した特別なものだ! おりゃーーー!


 ヴィンセントが叫びながらジュラルミンケースを開ける。


 止めんか! という怒号が、スニールから発せられる。


 私は、そのジュラルミンケースの中で、気持ち良さそうに湯気を発しながら皿の上に鎮座するものを見て、固まった。


プリヤンカ: 小籠包……


ヴィンセント: 大正解! スニールさんから、プリヤンカは大の小籠包好きだって聞いてたから、私、一生懸命作ったんですよ。ちなみに、これはプリヤンカ特別仕様になってて、中身はカレースープにしてあるんだ。ほら、熱量が下がる前に、熱々の状態で召し上がれ。


スニール: 本当にヴィンセントが作る小籠包が美味しいんだ。口の中に入れたら、フワっと一瞬で消えてね。だから、定期的にヴィンセントには小籠包を作ってもらい、私の工業団地に入居する方々に振舞ってるんだ。この噂が広まり、工業団地へ出資を決めたっていう企業があるのも事実。もう気付いたと思うけど、これは私とヴィンセントが考えたプリヤンカへのどっきりね。ヤッホー!


プリヤンカ: …… 


 どっきりの成功を抱き合いながら祝うスニールとヴィンセントを横目に、私仕様の小籠包を口の中に含む。


 すると、熱々のスパイスがふわりと広がって、舌の上で小さな冒険が始まった。


 濃厚なのに優しくて、思わず笑みがこぼれる美味しさ。


 ここで、私はカメラに向かってクロージングをする。


「スニールさんのホームパーティ、いかがでしたから? まさか私にどっきりを仕掛けてくるなんて、やっぱり彼は正真正銘の冒険家でしたね。いつの日か今度は私がどっきりの仕返ししてやるんだからっ! くー、悔しい。でも、ここまで見てくれて、みんなありがとう! いいなって思ったら、ちゃんと良いねボタンを押すんだぞ~。それじゃ、輪廻転生もほどほどに~」


 なお、ヴィンセントによれば、台湾には中国本土の各地から料理人が集結しているので、色々な中華料理が食べられるのだそうだ。


 そして、台湾人は小籠包で有名な鼎泰豊などには行かず、基本的に家庭で作って食べるので、みんな小籠包作るのが上手なんだとか。


この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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