2023年6月6日(火) パパに授けるバレエ
6月6日(火)
昨日、亨貞院日敬から帝釈天について話を伺い、改めて私に関する重要なヒントがそこにあると感じた。
ヒントの真相を探るべく、一刻も早くその話の続きを聞きたいところだが、今日は綾子さんファミリーのお宅へお邪魔する約束を前からしている。
はやし家から最寄りの京成線柴又駅から慣れない電車に乗り、何度も人にぶつかりながら乗り換えを行い、ようやく目的地の東西線落合駅へと到着。
インドの方が当然ながら人口は多いけど、大半の人がリキシャーやバイク、それに車で移動するので、意外と人同士がぶつかることはないんです。
その分、車両同士の交通事故が多いんですけど。
「こんにちは~」
綾子さんのお宅に到着すると、誰よりも早く愛犬チョコが私を出迎えてくれた。
容赦なくペロペロと顔舐め攻撃をするものだから、口の周りを中心にメイクがすっかり消えてしまった。
でも、愛犬チョコの背中を撫でると、なんだかとても懐かしい気分になるのはなぜだろう。
「はーい、チョコ。そこまで」
「キャーン」
ここで、玄関まで来た綾子さんがチョコを抱っこしたので、強制的に顔舐め攻撃は終了となった。
「いらっしゃい、プリヤンカ。チョコって本当にプリヤンカに撫でながら顔舐めるの好きよね~。さぁ、どうぞいらっしゃい」
「はい。じゃあお邪魔します」
靴を脱いでリビングに向かうと、そこにはスマホを一心不乱に弄る俊介と、麗子とは違う女性がいた。
「あ、プリヤンカは初めてよね。私が趣味で習っているクレイフラワーの田島先生っているでしょ? そのご令嬢である薫子ちゃん。かおちゃんってみんな呼んでるのよ」
「初めまして。田島薫子と申します」
「こちらこそ初めまして。プリヤンカ・オベロイと申します」
「きゃー、本物のプリちゃん、すっごい可愛い♡ いっつもユーチューブ楽しく拝見してます。プリちゃんの話をママにしてたら、綾子さんがとっても親しいって教えてくれたので、今日はどうしても直接会いたくて押しかけちゃいました。アカデミックな内容から面白トークまで、本当に色々企画したりするの、大変でしょ?」
すると、スマホを引き続き弄りながら、声だけ俊介が参戦してきた。
「そーだろうな。今までは俊介様という枯れることのない発想の持ち主がプロデューサーとして企画考えてあげてたけど、最近はその助けを借りられないからな」
「枯れることのない発想なんかどうでもいいから、スマホばっか弄ってないで、ちょっとは勉強しなさいよ。この二浪生が」
綾子さんに一喝され、しゅんとなる俊介。
「綾子さん。ところで、麗子はどうしたんですか?」
「あぁ、麗子ってジョニーズオタクでしょ? 今日はあの子が推してる山本くんが所属する令和ジャンパーズのコンサートがドームであるからって、朝から大量のうちわ持って出かけたわ」
「なんか、麗子らしいですね」
「そうそう。実はかおちゃんも有名人なんだよ」
「綾子さん、止めてくださいよ!」
「えー、かおちゃんもユーチューバーだったりするんですか?」
「私、実はモナコのレ・バレエ・ド・モンテカルロでプロのバレリーナやってるの。高校中退して、単身モナコで足の形が変形するまで練習重ねて。モナコじゃそもそも日本人が珍しいのに、それがまたバレリーナじゃない? だから、ちょっとだけ有名になっちゃって、カフェなんかでコーヒー飲んでると、直ぐに一緒に写真撮りましょうって誘われるの。最初は嬉しかったけど、やっぱりそっとして欲しいっていうのが本音かな。なんて、まるで芸能人気分! でも、私、こう見えて32歳。バレエ界ではもう長老扱いなの。だから、近々現役を引退し、別の道に進もうと思ってる。幸い、レ・バレエ・ド・モンテカルの団員は国家公務扱いになり、モナコでは住む家に加え、相応の年金も支給されるの。今まで自分がしたい芸術の世界で生きさせてもらったから、今度は世の中にちゃんとビジネスで貢献できるようなことがしたいと思ってる」
スタイル抜群のかおちゃんを一目見た時からオーラを感じていたが、まさかプロのバレリーナとは。
「かおちゃん。素敵な人生で本当に羨ましいわ。でも、1つ聞いていい? なんで高校を中退して、親元を離れてまでして、バレエをしようと思ったの?」
「そうね……それは、私のパパがその時、死んじゃったからかな。パパ、ずっと私がいつか海外の大舞台で踊るの、とっても楽しみにしてたの。だから、今でも私は天にいるパパに向かって踊り続けてるの。人生を軌道修正してまでこんな親孝行する娘、なかなかいないと思うわよ~」
かおちゃん、俊介、それに、自分の声で聞いた通り、おそらく私も含め、みんな父親を失っている。
インドでは父親が絶大なる権力を今でも持っているが、日本における父親の権威は低下の一途を辿っていると言われている。
でも、絶対にそれは違う。
だって、父親はいつまでも私たちの心に、記憶に、生き続ける偉大な存在なのですから。
その時、俊介がスマホ弄りをようやく止めたかと思ったら、その画面を私たちに見せながら、こう言ったのです。
「今度の父の日、墓石に供えるの、これでいいかな?」
そこには、缶ビールに繋げて生ビールのように注げるビールサーバーの写真があった。
俊介らしい、ビールが大好きだった祐介お父さんに捧げるたっぷりの愛情表現。
その後、ちょっぴり恥ずかしがる姿が、とても愛おしかった。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。




