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カレーは醤油 ~インドの記憶~   作者: そらら
醤油はカレー

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1877/1899

2023年6月3日(土) 久しぶりの再会

6月3日(土)


 思えば、本年1月5日、私は人生初となる飛行機に搭乗した。


 それから何度インドで飛行機に乗ったのか分からないが、今でも乗ってる間、震えが止まらない。


 - 落ちるんじゃないの? -


 まるで、どこかで飛行機事故を経験をしたことがあるかのような恐怖心に全身が包まれるのです。


 なので、お日さまビールの代表作ウルトラドライをこれでもかというほど飲み、なんとか平常心を保っている。


 機内はいわば飲み放題ですが、その元を取ろうとしてるわけじゃないので、あしからず。


「みなさま。本機はあと20分ほどで目的地である羽田空港へ到着します。それに向け、徐々に高度を下げてまいります。幸いにも気流の乱れはなく、安定した航路を続けられる見込みです。今日の日本は晴れ。ただ今の気温は摂氏12℃。この時期にしては寒くなっております。残り少ないフライトではございますが、最後までごくつろぎ頂けければ幸いです。なお、みなさまの左手には日本を一足に感じさせる綺麗な富士山がご覧になれますので、もしよろしければその雄姿をお楽しみください」


 諸説あるものの、富士山の名前には「不二(比類なき唯一の山)」「不尽(尽きることのない霊力)」「不死(竹取物語に由来する不死の山)」などの意味があるとされている。


 一方、インド最高峰のカンチェンジュンガという名前はチベット語に由来し、「偉大な雪の5つの宝庫」という意味がある。


 これは山頂群が5つの峰から成り、それぞれが神聖な宝を象徴するとされることに由来する。


 共に神聖な存在であるが、富士山には毎年多くの登山者がその山頂を訪れているのに対し、カンチェンジュンガの登山者は頂上直前で立ち止まり、山頂を踏まない慣習があるんです。


 最近、富士山では外国人観光客によるごみ捨て問題や、遭難事故が多発している。


 カンチェンジェンガを見倣い、頂上の手前までしか行けないよとすれば、ちょっとはこの問題が解決できるんじゃないかと思ってしまった。


 機内食で軽食として提供されたそぼろ弁当が食べられないので、お土産に持ち帰ろうとしたところ、牛肉類を日本へ持ち込むことはできないと、検疫で没収されてしまった。


 私と同様に没収される人が多発している。


 JALはおもてなしに溢れた素晴らしい航空会社だと思うが、これだけはどうにかするべきです。


 機内のアナウンス通り、羽田空港の外に出ると、チェンナイとは違ってとても冷たい風が吹いていた。


 しかし、空気が奇麗なのでとても爽やかだし、それに、日差しがとても眩しい。


 ☆


「ただいま、さち江さん」


「お帰り、プリヤンカ。インドからここまで大変だったでしょ。さぁ、早く中へお入り」


 久しぶりに訪れたはやし家は、私がインドへ行く前と変わらず古き良き日本で溢れているのに、ちょっなぜか他人行儀に感じてしまった。


 インドでちんぷんかんぷんな体験をあまりにしすぎて、私の方が変わってしまったからなのだろうか。


 それとも、醤油に満ちたこの空間を、無意識に私の身体が拒否しているからなのだろうか。


「はい。ありがとうございます」


 複雑な気分で扉を開けて中に入ると、一瞬、はやし家じゃない所へ入ったのかと思ってしまった。


 というのも、そこに俊介ファミリーが全員揃っていたんです。


「お帰り~、プリヤンカ」


 はしゃぎながら私に抱き着く麗子。


「お帰り。インドの生活大変だったでしょ。今日はさち江さんの美味しい料理をたくさん食べて、疲れを癒してね」


 自分も食べる気満々の綾子さん。


「おっ」


 久しぶりの対面だというのに、照れ隠しする俊介。


「みんな、全員揃って頂いて、本当にありがとうございます!」


 その瞬間、調理場から寅吉が顔を覗かせた。


「おいおい、俺もいるんだけど……」


 はははとその場が大爆笑で包まれた。


 ☆


「「乾杯」」


 今日は書き入れ時の土曜日だというのに、私のためにさち江さんはお店を貸し切りにしてくれた。


 テーブルに並ぶのは、江戸川で獲れたばかりのすずきの刺身、馬肉の刺身、茄子の挽肉はさみ揚げ、それにすっかり定番となったカレーの醤油和えもある。


 どれも間違いなくインドでは目にすることのできないものばかり。


 カレーの醤油和えは正直きつかったけど、でも、そこにさち江さんや寅吉さんの愛が込められていると思うと、なんだか懐かしい味に感じるから不思議。



「やっぱり、さー、ひっく、インドって、ひっく、とーい場所にあるよな~。もっと近くに、ひっく、あれば、ひっく……」


 照れを隠すためなのか、日々の受験勉強から今日だけは解放された気の緩みなのか、俊介が早いピッチで酒を飲み進めたため、早々に泥酔してしまった。


「あー、ちょうでちゅよね~。そうすれば、俊介ちゃんも、もっと私に会えるのにね~」


 でも、そのおかげもあり、最初に私が覚えた違和感は、まるで焼酎グラスの中にあったロックアイスのようにすっかりと溶けていた。


「あぁ、俊介のやつ。こんなに酔っぱらいやがって~。元ビール会社で働いてたお父さんの血が流れてるとは思えない。ほら。これ以上ここに居たら迷惑になるから、帰るよ。ほら、麗子。俊介の荷物持って」


「はーい」


 こうして日本の初日はあっけなく終わってしまったが、私も時差があって結構眠くなっていたので、ちょうど良かったかもしれない。


「綾子さん、麗子、それに分からないと思うけど、俊介。今日はわざわざありがとう。近いうちに、綾子さんのお家にも遊びに行きますね」


「はい。いつでも待ってるわ。じゃあ」


 俊介ファミリーを見送った後、さち江さん、寅吉さんにもおやすみの挨拶をし、元々私がここでお世話になっていた時に使っていた2階の部屋へと向かう。


 年季の入った軋む階段を上ると、ギーギーという音と共に、異国の地に向かって行くような感覚になる。


 懐かしの和室。


 日本とインドはまるで違う空間。


 いや、本当に異国の地なんだと、改めて思い知らされる。


 酔いを醒ますため、部屋の格子窓を開ける。


 そこには柴又帝釈天へと繋ぐ参道があり、疎らな参拝客が土曜の夜を楽しむ平和な風景が広がっていた。



「絶対に、謎を解くヒント、見つけてやるから」


 こう自分に言い聞かせ、そして、部屋の灯りを消した。


この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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