44話 四人寄れば
長かった夏休みも今日で最終日、『ペンタグラム』までとうとうあと1週間を切った。
思い出してみれば、この夏休みは剣術訓練三昧だった。
朝起きれば真っ先にその日の練習を思い浮かべ、そしてスイッチを入れる。そんな毎日を繰り返した。
今思えばあまりにも単調で、そして辛かった。だが間違いなく今年の夏休みは人生で最も充実していたと思う。
いや……よく考えてみると、俺はその場その場の状況に振り回されていただけだった。合宿もしかり、テトラとの一件もまたしかり。
現に今もそうである。
学園一階の休憩室の片隅にあるテーブルいっぱいに勉強道具を広げて、かれこれ3時間ほど俺はペンを動かしている。
今の状況をジンっぽく簡潔に言うと、俺は「夏休み課題」という悲劇の運命を終焉させようとしている。
悲劇の運命になってしまった理由は、全てを後回しにした自分にある。言うなればこれは、愚かな学生の最後の悪あがきなのだ。
「……ヒーローふぁいっ、集中。」
「………。」
何故か途中から乱入してきたマコモがちゃっかり向かい側に座っているが、俺にそんなこと気にしている余裕はない。
「……千里の道も一歩より始まる。」
「…………。」
「……疲れた頭には糖分が」
「分かってるから黙っててくれ……。」
……先ほどからマコモが喋る度、見てくださいと言わんばかりにテーブルに乗っかった彼女の柔らかな膨らみに目が行ってしまう。彼女に悪意はないので文句は言えない。
だが事実、巨乳は男子の視線を全て吸収する恐るべき魔力を秘めている。
それはまさに、禁断の果実。
背は学年で一番小さいくらいなのに何このボリューム感。アンネにこれを分けてあげたら鬼に金棒だな。そう言えばあのアンケート結果はどうなったんだろう………
「だああああっ!!ダメだダメだ!」
取り憑いた煩悩を撞き出すように俺は叫んでいた。
「……突然どうしたヒーロー。」
「すまん取り乱した。………他の教科に変えよう。」
俺は狂気的なまでに数字が羅列されたページを一旦閉じる。そしてパラパラとページを飛ばした。
「数字は性に合わない……取っつきやすそうな所はないかな……。」
「……私くらい小さい者の視点だと、相手の腰椎や横腹あたりが一番」
「どつきやすい所とは言ってない。……随分余裕そうだけどマコモは大丈夫なのか。」
「……問題ない。私は残すところあと10割。」
「うん、大丈夫じゃないな。」
ああだめだ。切羽詰まっているはずなのにほぼ自動的にコントに発展してしまう。
とにかくこの流れを切りたい。
だから明日でいいかな……そんな考えが頭をよぎった時だった
「あんたたち本当に緊張感ないわね。真面目にやってんの?」
「とんだ茶番だな。」
ふと後ろから二つの声が聞こえたので、俺はペンを止めて振り向く。
そこにいたのは、小柄で華奢な体躯の少女と、白髪と右目の眼帯がよく目立つ少年。
「テトラ!?それにジンも!」
このところ毎日見る顔ではあるが、学年トップ2の突然の来訪に思わず声が漏れる。
マコモは表情ひとつ変えず口を開く。
「……やっと来た助っ人。」
「助っ人?」
「……そう、ここに来る前……勉強に向き合うヒーローを見つけたとき、ヘクターと中二病に協力を要請しておいた。」
マコモは椅子から降りて立つと、えっへんと胸を張る。その姿勢をされると、無駄な妄想が脳を蝕むので出来ればやめて頂きたい。
「よ、用意周到だな……ってかわざわざ俺の為に二人呼んだのかよっ!?」
「……いえす。」
「うーん、何か申し訳ないというか……」
やって来た二人をちらりと見やった。
ひたすら宿題をため続けていた自分の愚かさを嘆きたくなる。
「もっと計画的にやりなさいよ、これからは。」
テトラはそう言ってふんと鼻を鳴らすと、すたすたとこちらに歩いてきた。
「それで、どこで詰まってるわけ?」
テトラがずいと俺の横から宿題を覗く。ゼロ距離の彼女の横顔に、不覚にも心臓が飛び上がった。
可愛い。何故今の彼女はこんなにも輝いて見えるのだろう。アンネに接近されてもこんなこと思わなかったのに。
「えっ!……とだな。」
「戸棚?」
「いや違う違う………つか顔近いな。」
一気に緊張したため、思わず本音が漏れてしまった。一瞬しまったと思ったが、
「えっ?……あっ!」
テトラは俺と目を合わせると、慌てた様子で後ろに飛びすさった。どうやら向こうは全くの無意識だったらしい。
「……天然。ぷくく。」
「なっ!? 違うわ!これは!……。」
マコモの一言に反論しかけたテトラだが、すぐに言葉を失った。
顔を赤くするテトラに、マコモはなおも表情を変えることなく笑う。
「……うん、その顔をしていれば、男子の好感度は更にアップ。話しかけやすい印象に。片想いのあの人も振り向いて……」
「こんな弱々しい顔簡単に人前に晒せられないわっ! 私はそもそもそんな」
「さあ、戯れは終わりだ。」
ジンが和みかけた空気を締めるようにやや声を張った。彼はいつの間にやら俺の向かい側の椅子に腰かけている。
二人は口論(?)をやめてこくりと頷くと、テーブルを囲むようにして置かれた椅子に座った。
(切り替え早いな……)
唐突に訪れた静寂、この場には俺たち四人しかいない。
……舞台は整った。
「エイユウ、必ずこの悲劇の運命を終焉させるぞ。」
ジンが静かにそう言う。こんな雰囲気の時は、ジンの言葉にいつも以上の価値が生まれる。
「おう!」
それを無駄にしないよう、俺も言葉に気合いを乗せた。
そして俺はもう一度、問題集を開いた。
ありがとうございました。




