43話 特訓再開
合宿後、俺とテトラは例の空地で自主トレを再開した。
夏休みも終わりがけに差し掛かった今は、俺たち二人だけでなく、ジンとマコモも加えての特訓となっている。
「赤焔風車ッ!!」
「……ふぉうっ。じゃすとみーとっ。」
ジンの頭上で巨大な黒炎が渦巻き、マコモがそれを一振りでかき消す………彼らが熾烈な幼馴染み対決をしている場所からやや離れ、俺はテトラとの勝負を始めようとしていた。
10メートルほど距離をとり、俺とテトラは向かい合って構えた。お互い目を合わせ、準備が整ったことを合図する。
「抜刀。」
テトラは滑らかに剣を鞘から抜き、両手でそれを持った。真夏の陽光を受けた刀身が妖しく光る。
「行くわよっ!!」
凛々しい掛け声とともに、テトラは俺との距離を一気に縮めた。
一歩、二歩、三歩、
「ぐっ!」
テトラの渾身の一撃を俺は鞘に納まったままの剣で受け止める。俺はありったけの力を込めてそれを押し返すと、
「抜刀!」
臆病が吹き飛ぶくらいの気合いを込めて剣を抜いた。
「おおっ、と!?」
しかしその一発目はテトラの剣にすら当たらなかった。それに合わせテトラが素早くバックステップしていたのだ。
息をつく間もなく彼女は再び俺との間合いを詰める。
俺が慌てて剣を振り下ろしても、その場に彼女は既にいない。まるで霧のようだ。
「はあああっ!!」
(後ろ!?)
聞こえた声に反応し振り返ると、テトラの周囲に白銀の靄が漂い始めている。
テトラが剣を上に振り上げると、凍てつくような猛吹雪と氷の粒が襲いかかってきた。
反射的に地面に伏せた。それでも容赦なく、背中に千本の針が突き刺さるような痛みが走る。
ただ何もできず呻いていると、すぐに吹雪は止んだ。そしてテトラが音もたてずにこちらに向かって歩いてくる。
冷淡なエメラルドグリーンの瞳で彼女は俺を見下ろした。
「もう終わりかしら?」
「……………まだだ。」
何とか立ち上がると、凍りついた服がパリパリと音を立てた。
(けど……どうすりゃいいんだ。)
強がってはみたが、テトラの異様な立ち回りのスピードに対抗する術は持っていない。
俺の言葉を聞いたテトラは、再び剣を立てて構え直した。
「なら……いくらでも掛かってきなさい。」
額に汗が滲んだ。戦闘モードに入った時のテトラの威圧感は、他の代表メンバーとは比べ物にならない。
そのオーラに吹き消されないよう、俺も意思を強く持って剣を握り直した。そして、地面を強く蹴った。
(できる………今度こそ!)
半分の自信と半分の恐怖を持って俺は大きく剣を振りかぶる。テトラは腰を落として構えたまま、俺の剣を受けようとしていた。
振り下ろすと同時に金属がぶつかり合う音が響く。次の瞬間俺は……
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「様になってきたんじゃない?」
「え?」
特訓を終えて休憩を取っていると、テトラが突然俺にそう話しかけた。
「剣術が、ってことか?」
この状況で何が「様になった」かと言われると、剣術くらいしか思い当たらない。
テトラは小さく頷いて「そう」と言った。
「私も少しは本気出さないと、能力無しでは厳しくなってきたわ。」
テトラが誉めるなんて珍しいと思ったが、俺はいまいち喜びきることができなかった。
「まだ不満、って顔ね?」
どうやら顔にも出ているらしい。
俺は思ったことを素直に口にした。
「ああ……『振り逃げ』にはそこまで進歩がないから。」
『振り逃げ』……、その名の通り、「振ったら逃げる」、俺の中の臆病が存分に滲み出た能力。何かに当たるとでたらめに瞬間移動する能力。
「これをコントロールできるようになれば勝てるようになる」というテトラの考えのもと、俺は稽古をつけてもらっている。
「難しいのは承知の上よ。けどあんたの臆病なんてどうしようもないし、結局能力をどう活かすかの話ね。」
「う……」
今の一言はぷすりと刺さったが、彼女の言うことは正しい。
しかし無駄足ばかり踏んでいる訳ではない。特訓のお陰で『振り逃げ』についての事も少し分かってきた。
たまに『振り逃げ』の逃走距離が異様に縮まる時があったのだが、どうやらそれは俺の意識が遠のく……テトラ曰く、逃避本能が弱まっているときに起こるらしいということに気づいた。
色々試してみたところ、自ら斬りかかったときは『振り逃げ』の逃走距離があまり伸びないことが明らかになった。
ただし、まだ通常の20メートル四方コートでの勝負では抜刀した瞬間アウト。さっきも自分から斬りかかったが、次の瞬間には空地隅の茂みに突っ込んでいた。
だからと言って納刀状態で能力使用者と戦うのは絶望的だ。まだまだ実用化には程遠いと感じている。レムレース等から逃げる場合、この能力は強力無比この上ないのだが………
そもそもの話、命を懸けて戦う『剣士』を目指す者が集つこの学園に何故俺のような臆病者が入学できたのか、今となっては不思議なところである。
では、入学できたこと自体奇跡に近い俺が、『ペンタグラム』メンバーに選ばれているのは何故だろう。
突然心に不安が注がれていくような感覚を覚えた。
この不安に対する答えを他人に求めるのもどうかと思ったが、敢えて口に出してみた。
「俺って何でメンバー入りしたんだろうな……。」
「そんなの自分で考えなさい。」
「はい。」
予想通りといえば予想通りの答え。傷つきはしたが、ちょっと懐かしい気もする。
「………まあ、選ばれたからには何かの意味はあるのよ。」
彼女は俺の表情を伺ってから、慰め程度に付け加えて言った。
「そう信じたいな。」
俺もなるべく前向きになれるよう、無理矢理笑顔をつくって答える。
だが対照的に彼女の表情は曇り、口を少し尖らせていた。
「何よ……あんたが言ってくれたことなのに。」
「え…。」
「な、何でもない! さ、もう一回始めるわよ!」
彼女は立ち上がって、傍らに置いてあった剣を取る。俺も慌てて自分の剣を拾い、すたすたと歩くテトラの背を追った。
何歩か足を踏み出したところで、俺の肩にぽんと手が置かれた。
振り返ると、そこにはジンがいた。
「あ……終わった?」
先程までマコモと激闘を繰り広げていたとは思えないほど涼しい表情で、彼はこちらを見つめている。
よく見ると彼の背中には、マコモがおぶわれていた。彼女はすやすやと寝息を立てている。
恐らく、例の「完全に弾き返す能力」による反動のせいだろう。
「今日は当分動けなさそうだ。先に失礼するぞ。」
一言だけ言って、彼は踵を返した。
「ああ、お疲れ様。」
俺はジンとマコモの背中を見送った。
見送りながら、「ジンって意外に紳士的だな」、「やっぱりお似合いの二人かな」、「けど俺もマコモ背負ってみたいな……」、などと愚にもつかないことを考えていると、ジンが何かを思い出したように立ち止まった。
「エイユウ。」
「ん?」
「テトラの側に居てやれ。またあいつが自分を見失うことがないようにな。」
「え……ちょっと、おい!?」
再び歩き始めた彼を呼び止めるが、彼は空地の外へ消えていった。
釈然としないまま俺は立ち尽くしていた。
「………って言われても一体どうすりゃ……。」
彼の断片的なヒントのような発言には困らされる。しかも、どれもこれも暗に真を突いてくるのがまたいやらしい。否応なしに頭が悩まされる。
(仲直りしたと言っても、テトラの悩みは根本的には解決されていないしな……。)
テトラ、テア、アンネが三人とも楽しく生きることができればこの上ないのだが、人格のローテーションについては彼女本人を含めて誰にも制御できない。
テトラは本当に……今を楽しめているのだろうか?
「エイユウ!何やってんの!?」
立ち止まっている俺の背中に、彼女の怒声がばんと当たる。俺は振り向いて彼女のもとへと駆けた。
今のテトラの強い声のおかげで、少し目が覚めたような気がした。そしてある一つの思いが芽生えた。
(テトラが迷ってしまったら……その時は、きっと……)
ただ、その先は心の中でも言うことを躊躇ってしまった。
ありがとうございました。




