42話 早朝の出来事
「んぅ〜……。」
窓から白い光が差し込む大部屋の中で、俺は目が覚めた。
「ああ、あのまま眠っちゃったのか。」
そう、俺は昨晩このあたりで何かしら考え事をしていた。どんな内容だったかは覚えていないが……とにかくそのまま眠りこけてしまったらしい。当然ながら敷布団や枕はないままの睡眠だったので、首のあたりが痛い。寝違えてしまったようだ。
おまけに身体が起き上がらない。もしやこれは金縛りとか言う現象だろうか。
いや、何かが違う気がする。身体が思うように動かないと言うよりは、何かに上から押さえつけられているような……
妙な圧迫感のある胴のあたりを見るため、俺は痛む首で頭をくいっと持ち上げた。
視界に映ったのは、俺の身体の上に寝そべり、陽光を受けて更に赤々と髪を輝かせる少女だった。
「おはよー。」
その少女は屈託のない笑顔を浮かべながら挨拶した。
ああ、笑顔で挨拶されるとこんなにも気持ち良いもんなんだな。俺もしっかり返さないと。
「ああ、おはよ……おはようっ!?」
寝起きで淀んでいた思考は、一瞬で清澄を取り戻した。
(何故テトラがここに!?)
慌てて周囲を見回してみる。幸いまだ全員ぐっすりと眠っていた。
だが、安心して二度寝するわけにはいかない。
「ちょっと来い!」
「おおお〜?」
俺は彼女の手を無理やり引いて、合宿所を出た。
朝の森は、静かだった。まだひんやりとした空気の中で、俺は息を整えるより先に言葉を発していた。
「はあっ、はあっ……もしやあんた……アンネか!!」
「ピンポーン。何で分かったの〜?」
「そんなことどうでもいいっ!! あの行動は何だ!? 説明してくれ! できれば30文字以内で簡潔に!」
「あいさつ。」
「4文字っ!?……いやいや、まずもって全く説明になってないのだが!」
勢いだけで次々と口から言葉が出てくる。もはや自分でも何を言っているか分からない。
「まーまー落ち着いて。冗談だから。」
彼女は変わらず涼しげな表情で言った。
「冗談の範囲じゃ済まされないって!」
あんなことをしておいて平気な顔でいるこの少女の思考が全く理解できない。彼女がそういうことを平気でできる女性であることは前々から知っているのだが………やられる側にとっては、知っているところでどうにかなる問題ではない。
「ていうか嬉しくないのー? 男子の妄想ランキングでも相当上位に食い込んでるって聞いたことあるんだけど。」
「何だその誰得ランキング……。」
まあ確かに男子なんて俺も含めてそんなことばっかり考えるしか能がないのだが……。
厳しく問い詰めようと思ったが、既にそんな気分ではなくなってしまった。
そんな俺を見て何を思ったか、アンネは突然切り出した。
「………仲直りおめでと。」
その一言を聞いた瞬間、俺は脳天に一発くらったような気分になった。俺の表情から察したらしく、アンネは言葉を続けた。
「あ、「何でアンネが知ってるんだ?」って顔だなー?」
そして彼女は懐から何かを取り出して見せつけるように両手で持った。
「へへーん。」
アンネが取り出したのは、あの日見せてもらった「三人の交換日記」だった。
「あっ………。」
「昨日の夜、久々にテトラが日記つけてたの。」
「えっ、日記に書いてあったのか?」
俺は先ほどまでの感情を忘れ、食いつくように質問していた。
「うん………何か今までにないくらいふわふわした文字でさ、あたしたちに報告してくれた。すっごい嬉しそうだった……。」
微笑みながら、アンネはページをめくり始める。そんな彼女を見て心が穏やかに凪いでいくのが自分でもよく分かった。
「そうか……。」
言葉には出来なかったけど、嬉しかった。
テトラが俺と仲直りしたと思ってくれていた……
そして何より、今目の前にいるアンネが笑っていることが、嬉しくて仕方なかった。
涙を流すアンネよりも、笑っているアンネの方がずっと綺麗だ。それはきっと、いや、絶対にテトラもテアも同じだ。
「安心した。ありがとう、アンネ。」
俺が感謝の言葉を掛けると、アンネは少し胸を張る。
「うんうんなら良かった。それを報告しようと思って男子部屋に忍び込んだってわけ。」
「……ちょっと待て、百歩譲って忍び込みはともかく、俺の上に乗っかる必要性はあったのか。」
「えー?だってエイユウの寝顔可愛いんだもん。」
何故俺がアンネに異性的な興味を持たないのか………前から不思議には思っていたがやっと分かった。
この女、男にとって都合が良すぎるっ……逆に怖い!
「あっ、そうだ!」
そんな俺の気づきを知ってか知らずか、先ほどより一層目を輝かせてアンネが顔を近づけてくる。
「さっき男子部屋で白髪で眼帯してる子見つけたんだけどさ〜……」
「………ジンのことか?」
「へえー、ジンって言うんだあの子……ふふふ〜。」
そう言うと彼女はくるりと後ろを向いて、軽やかに駆け出した。
「あ、大丈夫ちゃんと女子部屋に戻るよ!」
彼女の後ろ姿は、テトラのことを話していたときより余程楽しそうだった。
まさかそう言う目的で入り込んだんじゃないのか………
そんな一片の疑問は残ったままだったが、俺も少し遅れて合宿所に戻った。
合宿は、あっという間に幕を閉じた。
もちろんそれで『ペンタグラム』に向けた特訓は終わるはずもなく、夏期休暇中はほぼ毎日、といった具合だった。
正直何回か逃げようかとも思った。しかし、俺は逃げなかった。単純に、逃げた後帰る場所が無くなっていそうで怖かったからという理由である。自分で言うのもなんだが、いかにも『振り逃げ王子』らしい動機だと思う。
ーーー『ペンタグラム』は目前に迫っていた。
ありがとうございました。




