40話 仲直りした次の日は
いい感じに冷房が効いているおかげか、とても快適な環境だ。
ああ、心地よい微睡みの中に精神が落ちていく………
「悪いけどそこまで。武藤エイユウ。」
「……ひぇぇぇっ!?」
ふと冷たいものが首筋に触れ、俺は夢の世界の入り口から引き戻された。
驚いて辺りを見回すと、水星学園代表の面々が目を丸くしてこちらを振り返っている。そしてテーブルに突っ伏していた俺の横では、テトラがその翠色の瞳で俺を見下ろしている。
彼女の手には剣が握られている。その握られた長く黒光りする物体の先が、俺の首に突きつけられていた。
「……………。」
待て。俺が何をやらかしたというのか。俺は今朝起きて身支度をしてミーティングがあるからと食堂へ行っただけで………
「あ。」
そこまで回想したところで、額に汗が滲んだ。
「ミーティング中……。」
「………あんたどこまで抜けてんのよ。」
そう呟いた俺を見て、テトラは深くため息をつく。それはいかにも、「怒りを超えて呆れた」といった様子だった。
「面倒だから説教は後で。さっ、次のテーマ行くわよ。次は剣術ダブルスの」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!とりあえず俺に今の状況を……」
俺がそう言って立ち上がると、テトラは目を細めて不機嫌そうな顔をつくる。でしゃばりすぎたと思って口をつぐんだが、時既に遅し。
「こうなったのはあんたの責任でしょうがっ!!」
「ごめんなさいぃぃぃ!」
**********
ミーティングが終わり、気分転換にと俺は外に出た。
合宿4日目の今日の午後は、疲れた身体を癒すためにオフとなっていた。
散歩をしたり本を読んだりして静かに過ごすメンバーが多い中、「おっしゃ山に来たらやっぱ昆虫採集だろー!」 「あ!楽しそーデスね私も行きタイです先輩!」というノリではしゃぎ回る猛者もいたが。
「ん〜、さて、何しようかぐふぉおっ!?」
大きく伸びをした俺の背中に、鈍い衝撃がはしった。何だこの妙に懐かしい感じはと思って振り向いてみると、見覚えのある銀髪の頭が俺の背に刺さっている。
「マコモ……?」
「……はろー、ヒーロー。」
表情一つ変えず、顔を上げたマコモはそう言った。
「は、はろー……手荒なあいさつだな。」
「……私は気にしていない。特に変わった挨拶だとは思っていない。だから問題ない。」
「された側は問題ありだと思うんだけど……。」
「……。」
「…………。」
「……。」
「…………えっと、何の用?」
突然訪れた無言の間が怖くなり、たまらず俺は口を開いた。
「……特に用はない。だが……。」
「だが?」
「……やはりヒーローとヘクターとの掛け合いは、見ていて飽きない。二人とも楽しそうに見えるから。」
「えっ!?……そうか?」
マコモは驚く俺を見て、口角を上げずにぷくくと笑った。
「あっそうだ! ジンはどこに行ったんだろ?」
俺は突然気恥ずかしくなり、話題を逸らしてしまった。
結局昨日合宿所に戻ったあと、俺はテトラと話すことはなかった。しかし今日、寝ぼけていた俺は本能的にテトラとのあの短い会話(?)を交わした。
どんな形にせよテトラが久々に声を掛けてくれたという事実は嬉しい。しかし何故か妙にむずむずとした気分になっている。
いや待て。テトラと口を聞いていなかったのは、わずか半月程のことだ。それなのに何故俺は、まるで七夕の夜の彦星にでもなったような気分でいるのだろうか。
他人の心を読み解くのと同じくらい、自分の心は難解なものなのだと俺はしみじみと感じた。
「…………ろー、ヒーロー。聞いているのか。」
「………んあっ!?ごめん!」
「……聞いておいて無視はひどい。許せじ。」
マコモはぷうと頬を膨らませる。ところ構わず感傷的になるのは俺の悪い癖だと改めて思った。
「……よし。ヒーローは罰として合宿所にいるテトラを連れてくる。そしたら許す。」
「俺が? っていうか何で!?」
「……私の推測に間違いがなければ、ヒーローとテトラはもう復縁している。しかしミーティング中のやりとりだけでは、いまいち確信が持てない。」
「復縁て……いや、確かに仲直りした!……の……かなあ?」
俺が言葉を濁した瞬間を、彼女は見逃さなかった。
「……ヒーロー、仲直りした次の日、大切。」
そんなこんなで俺は一人、合宿所へ向かうこととなった。
「あ……。」
入口手前までやってきたところで俺は立ち止まった。
玄関のガラス越しに、テトラの姿が目に映ったのだ。
ありがとうございました。




