39話 君は人より少しだけ
2日目の練習が終わった頃には、今にも落ちそうなほど重たげな雲が今この時間帯に空にあるはずの西日を完全に覆い隠していた。
他のメンバーが合宿所のホテルに戻って休息を取るなか、俺はというと人目につかない茂みの中に隠れて訓練所(ただの草むら)をうかがっていた。
30分ほど待つと、真紅の髪をたなびかせて一人の少女が現れた。
「来た………やっぱりな。」
テトラは練習後必ず一人で自主トレを始める。そしてそこに俺が突入する………そう、これが俺の『テトラと仲直りしよう作戦』。今さらながらこの作戦の名称を変えたい。
合宿前に色々作戦は考えた。そのなかでいちばん怪しまれず二人きりになれそうな方法が、これだったのだ。もし来なかったらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
テトラは既に剣を構えて素振りを始めている。
俺は思わず息を飲んで、その様子を見つめてしまった。
一心不乱に剣を振るう彼女の表情は、何故こんなにも美しいのだろうか。
俺の言葉では具体的に言い表すことができないが、これがきっと「テトラらしさ」なのだろうと俺は思った。どんな対価を払ったところで誰にも手にすることができない………言うなれば、宝物のような存在。
立ち上がり、重い足を一歩前に踏み出す。
「テトラ。」
「ッ!………。」
俺が声を掛けると、テトラは素早く振り返ってこちらに剣を向ける。
「その……話したいことがあるんだけど、良いか?」
「………放っておいてよ。」
テトラは視線を斜め下に向けて、ぶっきらぼうに言い放つ。
俺は不思議と、冷静だった。
「あのな、俺は……」
「ほっといてよっ!!!」
「うおおっ!?」
俺が食い下がった瞬間激昂した彼女は剣を抜き、巨大な火焔を作り出した。
(やべえ……こんなことになるなんて……!)
猛烈な熱風が全身を襲う。炎をこちらに向けないあたりからして、テトラに殺意はないと思われるが、凄まじい熱気によって窒息寸前だった。
「て……とら……げほっ……お…え……は……」
出そうとする言葉が、全て喉の奥で焼ききれて断片的にしか出てこない。
しばらくすると炎は消え、その先ではテトラが威嚇するような鋭い目付きをこちらに向けて立っていた。
「お願いだから関わらないで。邪魔をしないで。」
俺は片膝をを地につきながら彼女を見上げた。
正直この地点で作戦失敗だと思った。まともに話し合いができるような状況ではない。
そして、こうして見下げられていると、俺が憧れたテトラが幻想だったような気がしてきて突然恐ろしくなった。
逃げようかとも思った。しかし……
俺がテトラを信じられなくてどうするんだ?
「……なあ。」
俺は2日間痛め付けられた身体で立ち上がる。
「俺が水星学園に存在する価値って……何だと思う?」
「!!」
存在価値、という単語を俺が口にしたとたん、テトラの顔色が明らかに変わった。
「………知らないわよそんなの。」
「じゃあテトラは、自分の存在する価値って何だと思うんだ?」
「…………。」
黙りこむその瞳には、とても一人では抱えきれないような悲哀がたたえられているように見える。
「テアやアンネのおかげで今の自分がいるって思ったことって……ないのか?」
耐えられなくなって、俺はすかなさず次の質問をぶつけた。なかなか本当の気持ちをさらけ出してくれないテトラに、じれったく感じていた部分もあったかもしれない。
「……何なのよ本当に!!」
「っ!」
「あんたなんて大っ嫌い!!」
テトラは大きく目を見開き咆哮すると、踵を返した。その瞬間空が光り、大粒の雨が木々を叩きつける音が森中に響き渡った。
走り去ろうとする彼女の腕を、俺は反射的に掴んでいた。
「……っ!何!?離してよ!」
何故こんな行動をとったのかは分からない。ただ、二度と彼女に会えなくなるような気がして、俺は掴んだそのか細い腕を離すことができなかった。
俺たちの声をかき消そうと、雨は容赦なくその一粒一粒を大きくしていく。
次の言葉が出ないでいる俺に、テトラは消えそうな声で言った。
「私はテトラじゃない……テアやアンネの中にいる「テトラという人格」なのかもしれない………なのに私はあの子たちを邪魔者だと思い込んでた……。」
もう一度天が閃き、雷鳴が轟く。テトラの長髪は、勢いを増した雨にうなだれていた。
「私にはもう、『剣士』になること以外にっ……生きてる意味が無いのよ!」
「…………テトラ。」
「何!?これ以上何を言うの!? ……大体あんたはお人好しすぎるのよ!私はエイユウにもテアにもアンネにも酷いことばかり言ってきた! 何で!?何でそれでも私に関わろうとするの!? だから私……ずっとあんたが怖かったのよ!」
彼女は、雨水とともに流れる涙を隠しもせず叫んだ。
ああ。
俺の追いかけてたあんたはやっぱりテトラだった。「10年に1人の逸材」でもない、「俺の見ていた幻想」でもない……あんたはいつでも、テトラだったんだな。
完璧に見えて、実は人より少しだけ不器用で、強がりで……誰にも分かってもらえない悩みを抱えている。たったそれだけの女の子。
だけど、
「……みんなが幸せになれるといいな。」
「え…………?」
テトラの腕を握った俺の手はいつの間にか力を失い、だらりと垂れていた。しかしテトラは逃げようとせず、呆然と立ち尽くしている。
俺は思うがままに、願うように、何の解決にもならない言葉を紡ぎ出していた。
「その……あんたの中の誰が本物なのかなんて分からない。多重人格がどうやったら治るなんて分からない。だから……三人とも幸せになれたら……。」
「え?…………。」
「俺……テトラといるときも、テアといるときも、アンネといるときも凄い楽しかったんだ。だからまた……自分のいる意味なんて気にせずに過ごせないかなって!……もちろんマコモとジンも一緒に!」
雨が降り弱る。雲の切れ間から射した光が目に入り、テトラの姿はほとんど見えなかった。それでも俺は、この思いを伝えるべく喉を振り絞った。
「何があってもずっと……テトラはテトラなんだ!」
俺が言い終えると同時に、テトラはその場に膝から崩れ落ちた。
顔を覆ったその両手の間からはとめどなく涙が溢れ落ちている。
それを俺には止めることができなかった。
びしょ濡れのまま、俺とテトラは合宿所に戻った。
その途中、木々が開けて街が一望できるところで、俺達は思わず足を止めた。
「おお……」
遥か遠くの壁の奥に沈みかけている夕日が、建造物を、そして木々を赤く染めている。
「この街にもこんなとこがあるなんて……知らなかったわ。」
まだ少し目元の赤いテトラがそう言った。
テトラの紅色の髪が夕焼けに照らされていくその様子は、夢のように美しかった。そして、今生忘れることはないだろうなと直感的に思った。
ありがとうございました。勢いで書いた部分が多かったので、誤字やおかしな所があったらご指摘願います。




