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第八話「鬼と金棒、バカとレンチ-前編」

 一戦目を終えたチームサンデイは、準備エリアへ戻っていた。


 サンデイはキャリアの上で膝をつき、右腕のジャンクアームを開いたり閉じたりしている。

 センジが外部端末を接続し、キョウが表示されたログを確認していた。


「右腕関節、やっぱり熱持ってるな」


 センジが顔をしかめる。


「さっきの一撃、かなり無茶な角度で入ったからね」


 キョウは淡々と言った。


「でも、ファイアの姿勢制御はかなり効いてる。地区予選の時より、アスカの操作に対する反応が早い」


『評価。車輪モード時の姿勢制御データを更新しました』


 サンデイ内部から、ファイアの声が響く。


『ただし、右腕関節部への負荷は継続的な注意が必要です』


「はいはい、聞いてるって」


 アスカはサンデイの足元で、さっき勝ったばかりとは思えないほど呑気にスポーツドリンクを飲んでいた。


「ファイアって、最近ちょっとセンジみたいなこと言うよね」


「俺はメカニックとして、当然の助言をしてるわけだが……」

「まあ、ある意味メカ本体みたいなファイアと同じ意見なら、ちょっと嬉しいけどな」


 レイは少し離れた位置でカメラを構え、そのやり取りを何枚か写真に収める。


 非公式サーキットの準備エリアには、仮設モニターがいくつも置かれていた。

 各ブロックの試合映像が雑に映し出され、観客の歓声や実況の声がスピーカーから重なって流れている。


 その中の一つを見ていたアスカが、ふと眉を上げた。


「あれ、さっきの……」


 モニターの中に、ド派手なマゼンタピンクのM.R.Vが映っていた。


 黒鉄の角、マゼンタの分厚い前面装甲。

 数珠のような意匠を持った右腕の盾と左腕は鬼の金棒。


「鬼塚マナの天邪鬼……」


 キョウがつぶやく。


 画面の中で、天邪鬼は一回り大きな重装型M.R.Vと対峙していた。


 重装型は、分厚い装甲と巨大な両腕を持つ機体だった。

 おそらく近接格闘向けに組まれた機体だろう。腕部の油圧シリンダーは太く、掴まれればサンデイなど簡単に潰されそうだった。


 実況の声が割れる。


『さぁ、次なる一戦は! 非公式サーキット常連、鬼塚マナ! 搭乗機はご存知、マゼンタの鬼、天邪鬼!』


 観客が沸く。


『対するは重量級カスタム、グラップラータイプの剛腕機! 正面からの力比べなら望むところだ!』


 試合開始のブザーが鳴った。


 次の瞬間、重装型が前に出た。


 巨大なアームが、天邪鬼へ掴みかかる。

 真っ向から受ければ、そのまま胴体ごと締め潰されかねない一撃だった。


 だが、天邪鬼は下がることなく右腕の面盾が、重装型の腕を受ける。


 金属音が響き渡る。


 ただ受け止めたのではない。

 盾の角度をわずかに変え、相手の力を横へ流している。


 重装型の巨腕が空を切った。


 その隙に、天邪鬼の巨大な金棒が、横薙ぎに振り抜かれた。


 重装型の横腹に、黒鉄の塊が叩き込まれる。


 鈍い衝撃音と共に、重装型が大きくよろけた。


「うわっ」


 モニターで観戦していた、アスカが思わず声を上げる。


 だが、天邪鬼の攻撃は止まらない。


 よろけた重装型へ、体勢を立て直す隙を潰すように前蹴りを入れる。


 その脚部が、重装型の胴体装甲へめり込んだ。


 次の瞬間、天邪鬼の脛部から短い爆発音が鳴り脚部に内蔵されたパイルが撃ち出される。


 合金の杭が、重装型の分厚い装甲を貫く。

 装甲板が歪み、内部フレームが軋んだ。


『おおっと! 天邪鬼、脚部パイルを打ち込んだ! ただのヤクザキックじゃない、これは杭打ちだぁ!』


 重装型はたまらず後退しようとするが、天邪鬼は逃がさない。


 右腕の面盾を素早く動かし、盾についた三本のトゲが相手の装甲を削るように打ち込まれた。


 火花が散り、とどめの金棒が振りかざされる。


 上から叩きつけるような一撃が、重装型の肩ごと醜く潰す。


 重装型の巨体はアスファルトに沈み、戦闘不能アラートが鳴り響く。


 試合は、一方的だった。


『決まったぁぁぁ! 鬼塚マナ、天邪鬼、圧勝!』


 アスカはしばらくモニターを見つめていた。


「ひゃー……すごい」


 素直な声だった。


「乱暴だけど、雑じゃない...」


 キョウが言う。


「盾での受け流し、息もつかせない蹴りこみ、パイルのタイミング。かなり精密な操縦だな。」


 センジも腕を組む。


「全く金棒に、振り回されてねぇな。かなり重量バランスが取れてる。あれ、かなりちゃんと組まれた機体だぞ」


 レイはモニターを見ながら言った。


「決勝まで進めば、戦う相手は彼女とあのMRVだよ」


「え?」


 アスカが振り返る。


「鬼塚マナちゃん。アスカちゃんと同い年だけど、非公式サーキットにはもう何度も出場してる名うてのパイロットだよ」


 レイはカメラを下ろす。


「今の試合じゃ、あまり発揮されなかったけど、得意な戦法はカウンター」


「カウンター……」


 カウンター...それは攻撃を受け衝撃を流し、返す刀で相手へ攻撃すること

 

 さっきまでモニターの中にいたマゼンタの鬼が、アスカの頭の中でもう一度金棒を振るう。


「面白そうじゃん」


 アスカは小さく笑った。


 それからしばらくして、チームサンデイの第二試合が始まった。


 サンデイは再びフィールドへ進み出る。


 第一試合と同じ、広いアスファルトの戦場。


 ただし、相手はさっきとは違った。


『さぁ、先ほど快勝を飾ったチームサンデイ! この第二試合の相手は、最近売り出し中のセンサーユニットメーカー、利巧イメージワークスだ!』


 実況の声が響く。


『ただのマイナーメーカーの実業団チームと侮るなかれ! ここ最近、公式サーキットでもベストスリーの結果を出すなど、実力とM.R.Vの性能は本物だぞ!』


 反対側のゲートから、一機の中量級M.R.Vが現れた。


 低く構えた、車輪型の機体だった。


 胴体は、サンデイのコンダクトに少し似ている角ばった長方形の胴体。

 前面に大きめのカメラアイ。


 しかし、細部は異なり外装は新しく、ラインは整っている。


「おお?」


 センジが目を細める。


「向こうも、コンダクトか?」


「いや……たぶんオリジナルだと思う」


 キョウが端末に表示された機体情報を見る。


「曲がりなりにもメーカーだからね。八機電子の旧式パーツをそのまま使ってるわけじゃないはず」


 敵機の両腕には、左右それぞれ三本の銃身を持つライフルパーツが装備されていた。

 反動は大きそうだが、命中時の威力は高いタイプだ。


 脚部は前方に二輪、後方にもフレームに接続された一輪。

 三点で接地する車輪型で、射撃時の安定性と地上での機動性能を両立させている。


 明らかに、軽機ゼロヒトより厄介だった。


「アスカ」


 キョウが通信を入れる。


「基本的には、さっきの試合と戦術は変わらないよ」


『また突っ込む?』


「そう。ただし、さっきと威力は比較にならない。直撃したら一発で止められる可能性がある」


『おっけー』


 アスカの声は軽い。


『ま、見るからにやばそーだしね』


 その時だった。


『戦術(タクティカル)プロトコル解放』


 ファイアの声が、いつもより少しだけはっきり響いた。


『戦術を提案いたします』


 アスカのゴーグルに、緑色の軌道ラインが浮かび上がる。

 同時に、キョウとセンジの端末にも同じルートが表示された。


 それは、大きな半円を描く軌道だった。


 開幕から最大加速。

 敵機の射線を外すように弧を描き、正面からではなく斜め外側へ回り込む。

 敵機も車輪型なら、こちらを正面に捉えようとして同じように弧を描く。


 二機は互いに回り込み合う。


 やがて軌道は小さくなり、交差する。


 そこで一気に直進。

 すれ違いざまにジャンクアームとレンチを叩き込む。


 一撃離脱。


 ファイアの提示したプランだった。


 キョウが目を細める。


「早速、さっきの試合から機動力を活かした戦い方を学んだみたいだね」


「へえ……」


 センジが感心したように息を漏らす。


「ファイア、やるじゃん」


『評価。第一試合のデータおよび敵機脚部構造から、最適と推定される接近軌道を算出しました』


 アスカはゴーグルの中に浮かぶラインを見て、頭の中でイメージする。


 操縦桿を握る手に力が入る。


「ここは、ファイアのプランを試してみるかな!」


『さぁ、第二試合開始だ!』


 ブザーが鳴った。


 サンデイのホイールがアスファルトを噛み、砂利を弾く。

 前傾姿勢で、赤い機体が加速した。


 アスカは敵機と向き合ったまま、サンデイを大きく弧を描くように動かす。


 相手も一瞬遅れて反応した。

 サンデイを機体正面に捉えようと、車輪脚部を使って弧を描く。


 二機の軌道が、アスファルトの上に見えない円を描く。


 サンデイが外側、敵機が内側を回る。


 互いに向きを合わせながら、ぐるりと回る。


 敵機の三連銃身が、徐々にサンデイへ向いていく。

 照準が定まるまで、あとわずか。


『敵機銃口角度、射撃可能域へ移行中』


 ファイアが端的に告げ、アスカは大きく息を吸った。


『今です』


「おうよ!」


 アスカは操縦桿を押し込み、ペダルを踏み抜いた。


 サンデイがその赤いボディをゆらしながら、軌道を変える。


 弧を描いていた赤い機体が、突然、直線へ切り替わった。


 敵機の反応が遅れる。


 銃身がサンデイを追う...だが、間に合わない。


 すれ違いざまの一瞬、アスカはジャンクアームを叩き込んだ。


 まともに受けた敵機の胴体が大きく揺れる。


 サンデイ自身も反動で傾く。

 

 だが、車輪はまだ回っている。

 

 アスカはその回転を殺さない。


 すれ違いながら反転し、左腕のレンチを伸ばす。


「もう一発!」


 レンチが敵機の三連銃身を挟み込んだ。


 金属音を鳴り響かせ、銃身が大きく曲がる。


 サンデイは勢いのまま、敵機をアスファルトへと引き倒した。


 アスファルトに、敵機の車輪が空回りする音が響く。


 数秒後、相手機のコックピットから降参信号が上がった。


『おおっと、素晴らしい動きだ!』


 実況が叫ぶ。


『弧を描く機動から一気に直進、すれ違いざまに一撃! さらに反転して武装を破壊! 敵機の銃身は大きく曲がっている! これはたまらず降参だ!』


 観客が沸く。


『チームサンデイ、決勝進出を決めたぞぉ!』


「ふぅ」


 アスカはコックピットの中で息を吐いた。


「勝った勝った」


『勝利判定を確認』


 ファイアが言う。


『提案戦術の有効性を確認しました』


「ファイアの作戦、バッチリだったね!」


『記録。操縦反応速度が想定値を上回りました』


「褒めてる?」


『はい、追従性の向上に努めます』


 通信の向こうで、センジが笑った。


「今のはすごかったな。レンチで銃身折ったの、かなり良かったぞ」


「だろー?」


 アスカは得意げに笑う。


「やっぱレンチって武器だよね!」


「あほか、工具だよ...」


 キョウは端末に戦闘ログを保存しながら言う。


「でも、かなりいいデータが取れた。ファイアの戦術提案も使える」



 やがて、全ブロックの試合が終わった。


 決勝へ進んだのは、サンデイ。

 そして、天邪鬼。


 非公式サーキットの運営は、決勝まで数時間のインターバルを設けた。

 観客は出店へ流れ、機体整備用の簡易スペースでは各チームが慌ただしく作業を進めている。


 チームサンデイも、準備エリアで作戦会議を開いていた。


 サンデイはキャリアの上で待機している。

 右腕のジャンクアームには冷却材が吹き付けられ、左腕のレンチユニットには簡易補強が入れられていた。


 アスカは腕を組みながら、少し離れたところに見える天邪鬼を眺めていた。


「いよいよ、次はあの鬼のM.R.Vか~」


「ここまでの戦法で挑むのは、危険な相手だと思うぜ」


 センジが険しい顔で言った。


「こっちが決勝までの決まり手、全部速攻だからね」


 キョウも続ける。


「機動力を武器にした近接戦闘。対して、向こうは全部カウンター。しかも、相手の攻撃を受けきってから確実に仕留める堅実なスタイルだ」


「このやたら厳つい、右腕の盾」


 センジが端末に表示した映像を指差す。


「こいつが厄介だ。受ける直前に脚部のアンカーかパイルで踏ん張って衝撃を逃がしてる。だから、普通の打撃だと押し切れない」


 キョウが言う。


「正直、サンデイのコンディションは悪くない。でも、あの金棒をまともに受けたら、立て直す前にペシャンコにされるぞ」


「ペシャンコはやだなぁ」


 アスカが渋い顔をする。


「なかなか手ごわい相手でしょ、目立った弱点もないしね。」


 レイが言った。


「ヒットアンドアウェイはダメなの?」


 アスカが手を上げた。


「車輪モードで機動しながら、すれ違いざまに攻撃して撤退って感じで」


「堅実ではある」


 キョウは少し考える。


「でも、相手はカウンターを主軸で戦ってるわけだし、当然その手は対策済みだと思う」


「もとより、浅い攻撃は全部あの盾と分厚い正面装甲で受けきるだろうね」


「うーん」


 アスカは腕を組み、顎に手を当てた。


 珍しく、本気で考えている顔だった。


「なら、レンチで金棒を抑えるとか?」


 キョウとセンジが顔を上げる。


「向こうのメインウェポンだし、抑えたらテコでもなんでも壊せば、攻撃力は削れるよね?」


 キョウは少し黙った。


「……悔しいけど、それくらいしか思いつかないな」


 アスカはあっさり言った。


「ま、なんとかなるっしょ」


「その根拠のない自信、ほんとに怖いよ」


 キョウがため息をつく。


「ちょっと飲み物買ってくる~」


 アスカはひらひら手を振り、準備エリアを出ていった。


 レイはその背中を見送って苦笑する。


「まったく緊張しないんだね、アスカちゃんって」


「お気楽なんすよ」


 センジが工具を片付けながら言った。


「でも、あれで本番になると妙に噛み合うんだから困る」


 キョウはアスカの背中を見ながら、静かに言った。


「噛み合うように、こっちが合わせるんだよ」


 準備エリアの外れ。


 自動販売機の前は、少しだけ静かだった。


 遠くでは実況の声。

 近くでは、出店の発電機が低く唸っている。

 アスファルトに反射した夕方の光が、赤く滲んでいた。


 アスカは自動販売機の前で、どれにしようかと悩んでいた。


「スポドリ……いや、炭酸……いや、勝つならやっぱ元気出るやつ……」


 その時、横から影が差した。


「あ」


 アスカが声を漏らす。


 隣に立っていたのは、マゼンタのジャージを着た小柄な少女だった。


 鬼塚マナ。


 彼女もまた、自動販売機の前で立ち止まっていた。


「あ」


 マナも声を漏らす。


 二人の視線がぶつかる。


 次の試合でぶつかる二人が、鉢合わせた。



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