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第七話「パワースライド」

「おまたせ、お二人さん」


 そう言って、レイがトレーラーの駐車スペースへ戻ってきた。


 その隣には、少しだけ満足そうな顔をしたセンジがいる。

 運営ブースでのエントリー手続きを終えたばかりだった。


 アスカはトレーラーのキャリアに腰かけ、焼きそばの残りを片手に振り向く。


「おかえりー!」


「無事エントリーも済んだし、ぼちぼち始まるよー」


 レイが軽く手を振る。


 センジは手元の登録票を確認しながら続けた。


「試合形式はタイマン。勝ち上がりのトーナメントだってよ」


「タイマン!」


 アスカの目が輝く。


「分かりやすいやつ!」


「分かりやすいからって、簡単とは限らないけどね」


 キョウはサンデイの横で端末を操作しながら言った。


 サンデイはすでにキャリアの上で起動準備に入っている。

 赤い胴体の一眼カメラアイには、かすかに青白い光が宿っていた。


 地区予選で受けた傷はまだ残っている。

 だが、脚部のバランサー調整、右腕の応答(レスポンス)補正、ファイアの学習データ反映によって、数日前より確実に動ける状態になっていた。


「進化したファイアと、あたしの実力、お見せしますよ!」


 アスカが胸を張る。


『確認。私の学習データは増加しています』


 サンデイ内部から、ファイアの声が返る。


『ただし、進化という表現は定義が曖昧です』


「いいじゃん、かっこいいから!」


『不明です』


 レイはうんうんと頷いた。


「その意気だよ。なんたって、優勝すれば――」


 そこでわざと間を作る。


「なんと! 腕部パーツと賞金がもらえるからね。気張りな~」


「腕部パーツ!」


 アスカが身を乗り出した。


「ってことは……武器かーっ! やったね、ファイア!」


『希望を提示します』


 ファイアが即座に返す。


『姿勢制御用モーターの強化と交換を希望します』


「えぇ?」


 アスカはあからさまに不満げな顔をした。


「武器の方が、勝敗に直結するでしょ」


「ファイアは、アスカが少しでも動かしやすいように言ってくれてるんだよ」


 キョウが端末を閉じながら言う。


「サンデイは、攻撃力以前に姿勢が不安定すぎる。今のまま無理に武器だけ増やしても、振った反動で自分が倒れる」


「むぅ」


「ま、スペアパーツはあるに越したことはないしな」


 センジがサンデイの脚部を軽く叩く。


「賞金があれば、中古でも今のジャンクよりは各部の強化ができるぜ。腕部パーツが手に入れば、売るなり流用するなりできるし」


「売っちゃうの!?」


「使えなければ売る」


「夢がない!」


「予算は現実だからな...」


 センジの言葉に、レイが笑った。


「あはは、現実とはとかくちびしーものなのだよ、アスカちゃん」


「とほほ....」


 アスカはぼやきながら、サンデイの足元へ降りた。


 エントリーを終えたチームサンデイは、会場奥の準備エリアへ移動した。


 そこから、本日の戦場が見える。


 フィールドは、かつて大型トラックの積み下ろしに使われていた広いアスファルト敷きの区画だった。


 ところどころにひび割れはある。

 しかし、足場としてはかなり良い。


 廃コンテナも、崩れた壁も、柱もない。

 利用できそうな遮蔽物は、ほとんど見当たらなかった。


 広くて平らで、逃げ場がない。

 想像にたやすい敵機のカスタマイズにセンジは顔をしかめる。


「こりゃ、遠距離戦で来るかな?」


「遮蔽物ゼロ。足場のコンディションもいい」


 キョウがフィールドを見つめる。


「まあ、遠距離戦がセオリーだね」


「やっぱりか...どうする、キョウ?」


 センジが声を低くする。


「これじゃハチの巣にされるのが関の山だぞ」


「…アスファルトを活かすしかないかな」


 キョウは少し考えてから答えた。


車輪(ホイール)モードで左右に機体を振りながら速攻。弾幕を抜けて、相手が距離を取り直す前に近接に持ち込む」


「それしかないか」


「ただし、最初の一瞬で決まる」


 キョウは通信を開いた。


「アスカ、聞こえる?」


『聞こえてるよー』


 コックピットに乗り込んだアスカの声が返る。


「開幕で距離を詰める。車輪(ホイール)モードで左右に振りながら、射線を切りながら接近するんだ。相手が射撃機なら、初弾の予測を外すのが最優先だから」


『分かりやすくて、あたし向けじゃん』


 アスカの声は明るい。


「分かりやすいけど、難しいよ。最初の一瞬が勝負だからな」


『おけおけ、わかってるって』


「その返事、毎回不安なんだけど」


 センジがつぶやく。


『大丈夫大丈夫! ファイアもいるし!』


『確認。機動サポート準備完了』


 ファイアの声が重なる。


 フィールドへ、サンデイが進み出た。


 赤いジャンクM.R.V。

 角ばった胴体に大型の一眼カメラアイ。

 触覚のように後方へ伸びる二本の長い通信アンテナ。

 複数のパーツが組み合わさってる無骨な右腕と、左腕の大型レンチ。


 その姿が見えた瞬間、観客席代わりのフェンス沿いがざわついた。


「ありゃ、この前の地区予選に居たジャンク機!」


「あれがプロ倒したやつか?」


「ほんとに火器ないじゃん」


「どうやって勝つんだよ、あれ」


 ざわめきの中、対戦相手のM.R.Vが反対側のゲートから現れる。


 藍色の装甲に、細いオレンジのライン。

 胴体は小型で、作業用機らしい簡素な形状。

 両腕には遠距離用のサブマシンガンが装備されている。

 脚部は特徴的な四脚型で、低く沈み込むようにセットされていた。


 軽作業用M.R.V「ミズグモ」をベースにした改造機。

 機体名は、軽機ゼロヒト。


 四本脚は射撃時の安定性を重視して、低い姿勢に調整されている。

 いかにも、開けた地形で相手を撃ち続けるための機体だった。


 レイが腕を組む。


「セオリー通りねぇ」


 キョウはすぐに通信を入れる。


「アスカ、相手の脚部は安定性抜群だけど、小回りは効かない。間合いまで接近したら、円を描くような軌道を心がけるんだ」


『円を描く?』


 アスカが聞き返す。


『丸く動くってこと? 転がるってこと!?』


「はぁ...、ファイア」


 キョウは一瞬で諦め、ファイアへ託すことにした。


「機動サポート頼むぞ」


『了解。機動サポート優先度を変更』


 フィールド周囲に設置された仮設スピーカーが、耳障りなほど派手なファンファーレを鳴らした。


『レディース、アーンド、ジェントルメン!』


 実況アナウンスが会場に響く。


『青空のもと、本日もT市にて開催される非公式サーキットトーナメント! 本日の試合形式は一対一! みんな大好きタイマンだ!』


 観客が歓声を上げる。


『しかも戦場はフラット! ガンマンの早撃ちが如く、純然たるスピードとパワーが物を言うぜ!』


 レイは苦笑した。


「相変わらず口上が派手だなぁ」


『能書きはここまで! さて、注目の第一試合は――先日、話題沸騰中のサマータイムにて、ジャンクから組んだM.R.Vで地区予選を突破した驚異の中学生チーム!』


 観客の視線がサンデイへ集まる。


『機体名、サンデイ! パイロットは、アスカ!』


「おおー!」


 アスカがコックピットの中で声を上げる。


「浮かれるなよ、これで負けたらカッコ悪いよ。」


 キョウが即座に釘を刺す。


「わ、わかってますってぇ」


『ヴァーサス! 毎度恒例、軽作業用M.R.V同好会“ライトウェイター”より、軽機ゼロヒト! パイロットは会員一号だ!』


 相手機のスピーカーから、男の声が聞こえる。


『中学生チーム、大人げないがハチの巣にさせてもらうぞ』


 アスカは操縦桿を握り直した。


「へへへ、止めてみな」


『えー、見たところ、サンデイには一切の火器がないが……』


 実況がわざとらしく間を作る。


『ただの的で終わっちまうのか、否か! サーキット――開始(スタート)!』


 ブザーが鳴り響いた。


 その瞬間、サンデイの脚部が変形する。


「ファイア、行くよ!」


車輪(ホイール)モード。最大加速。機動開始(マニューバスタート)


 ギャリギャリと、ホイールがアスファルトに噛みついた。

 ひび割れた路面の砂利が巻き上がる。


 一瞬、空転。


 次の瞬間、サンデイが前へ出た。


 赤い機体が低く沈み、車輪モードで一気に加速する。


『いい的だろ、中学生!』


 軽機ゼロヒトの両腕が持ち上がる。


 二つの銃口がサンデイへ向けられ、すぐさま弾幕がばらまかれる。


 乾いた連射音が鳴り響き、アスファルトに火花が散る。

 サンデイの前方で、白い着弾煙が連続して跳ねた。


「アスカ、直線で行くなよ!」


 キョウがヘッドセットに叫ぶ。


「分かってるって!」


 アスカはペダルと操縦桿を細かく操作する。


 サンデイの車輪が左右に振れる。

 機体は危うく揺れながら、それでも倒れない。


『姿勢制御。腰部脚部接続部、出力最大(トルクマックス)


 つかさず、ファイアの姿勢制御が入る。


 サンデイの胴体が、ひねるように傾いた。

 弾丸が肩の外装をかすめ、火花が散る。


 しかし、止まらない。


 むしろ、弾道の隙間を縫うように、赤い機体は加速していく。


 軽機ゼロヒトは四脚を低く構えたまま射撃を続ける。


 その射撃は極めて安定している、銃口のブレも少ない。

 開けた場所で撃ち続けるだけなら、確かに有利だった。


 だが、サンデイは直線から突っ込んでいるように見えて、実際には左右へ細かく軌道をずらしている。

 予測射撃が、ほんのわずかに遅れていく。


 アスカはコックピットで一人、ほくそ笑み、サンデイはさらに低く沈み込む。


 車輪モードのまま、地面を削るように滑る。

 胴体を絞るように捻り、スライディングのような姿勢で、軽機ゼロヒトの脇腹へ滑り込んだ。


『距離、近接域』


 ファイアが端的に告げる。


「よっと」


 アスカは刹那の一瞬、操縦桿を一気に切った。


 サンデイの胴体が、捻りを解放する。


 その反動とその遠心力が右腕に乗っていく。

 

 歪な四本指が握り込まれ、拳になる。

 右腕のジャンクアームが、重さは破壊力へと変換され鉄塊のように振り抜かれた。


 軽機ゼロヒトの胴体へ、全重量を持って叩き込まれる。


 鈍い破砕音と共に藍色の装甲がへこみ、内部フレームが歪む。

 軽機ゼロヒトは横へ大きく跳ね飛ばされ、アスファルトの上を火花と共に滑った。


 戦闘不能アラートが鳴り響き、白い煙が上がる


 数秒遅れて、観客がどよめいた。


『わ――ワンパンだーーーッ!!』


 実況の声が裏返る。


『弾幕を掻い潜って、近接武器で敵機を仕留めるとは恐れ入ったぜ! なんだこのジャンク機! なんだこの中学生!』


 サンデイは急制動をかけ、少しだけふらついた。


『警告。右腕関節温度上昇』


「勝った?」


『勝利判定を確認』


 ファイアが答える。


『サンデイ、第一試合勝利です』


「っしゃあ!」


 アスカの声が通信に弾けた。


「見た!? 見たよね!?」


「見た見た」


 センジが息を吐く。


「今のは、痺れたなぁ...」


「かなり良かったよ」


 キョウも通信越しに言う。


「姿勢制御と攻撃のタイミング、バッチリだったな」


「でしょ!」


『記録。車輪モード高速機動時、腰部捻転による打撃威力向上を確認』


「今の名前つけようよ!」


「つけなくていい、恥ずかしい...」


 キョウが即答する。


 その様子を、会場の少し離れた場所から見ている者たちがいた。


 マゼンタピンクのM.R.V。


 天邪鬼。


 その肩に腰掛ける鬼塚マナは、腕を組んでサンデイを見下ろしていた。


 隣では、カラス型AIOSクロウズの声が、スピーカーから低く響く。


『おうおう……なかなかやるじゃねぇの』


 クロウズは感心したように言った。


『あんなハイスピードでの機動中に、あそこまで細かな機体制御をやるとはな。』


「フン……」


 マナは鼻を鳴らし、呟く。


「...まぁまぁいい腕してんじゃん」


 マナは小さく言った。


「あの女も、AIOSも」


『ケッ』


 クロウズが短く笑う。


「でも、あれくらいじゃ、あーしの天邪鬼は倒せない」


『ぎゃはは。だろうなァ』


 マゼンタの鬼が、静かに肩を鳴らした。




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