第四話「前途多難」
『トーキョー西部第一エリア代表は――チーム“サンデイ”』
夕暮れのH市に、アナウンスが響いた。
半壊した商業区画。
割れたガラスを赤く染める夕陽。
崩れかけたビルの隙間を抜けて、観戦ドローンがゆっくりと空へ昇っていく。
その下で、赤いM.R.Vが立っていた。
いや、立っていると言うには、あまりに頼りなかった。
右肩の外装は剥がれ、左腕のレンチユニットは歪み、背中の通信アンテナは片方が折れかけている。
脚部のホイールは熱を持ち、関節からはまだ細い白煙が上がっていた。
それでも。
サンデイは、立っていた。
『地区予選突破。トーキョー西部第一エリア代表、チーム“サンデイ”』
もう一度、アナウンスが鳴る。
それを聞いた瞬間、昨日アスカはコックピットの中で大きく息を吐いた。
「……勝ったんだ」
胸の奥が、まだ熱い。
指先が震えている。
操縦桿を握っていた手のひらは汗で湿っていて、背中はコックピットの熱気でじっとりしていた。
『確認。勝利判定は確定しています』
ゴーグルの端で、赤いタマムシのアイコンが点滅する。
『また、コックピット内温度が上昇しています。換気を推奨します』
「はいはい……」
アスカはハッチのロックを外した。
重い金属音がして、サンデイの胴体上部が開く。
外の空気が、一気に流れ込んできた。
熱いコックピットの空気が逃げ、代わりに夕方の風が頬を撫でる。
「ぷはっ!」
アスカはハッチから上体を出した。
その瞬間、準備エリアに集まっていた人々のざわめきが大きくなる。
「おい、マジで子供じゃねぇか」
「中学生くらいか?」
「あれでドライグMk2を倒したのかよ」
「ジャンク機だぞ、あれ……」
「嘘だろ、プロのフルカスタム相手に?」
驚き。
戸惑い。
信じられないものを見る目。
周囲の視線が、サンデイとアスカに突き刺さる。
いつもなら、アスカはそこで胸を張って叫んでいたかもしれない。
どうだ、見たか。
サンデイはすごいんだぞ。
でも今は、少しだけ声が出なかった。
勝った実感が、まだ身体の中で暴れている。
「アスカ!」
準備エリアの端から、キョウとセンジが走ってくる。
「大丈夫か!」
「生きてる!?」
「勝った!」
アスカは二人に向かって、思い切り笑った。
「勝ったよ、あたしたち!」
センジの顔がくしゃっと崩れる。
「見てた! 見てたって!」
「最後のやつ、無茶しすぎだよ」
キョウは息を切らしながらも、いつものように眉を寄せていた。
「いやー、無茶な戦いだったな最後なんて何回終わったと思ったか...」
「でも終わってないでしょ?サンデイは、あはは、ちょっと動けなくなっちゃったけど...」
「そうだなぁ...これじゃ帰りどうするか...」
その時だった。
パシャッ。
乾いた音がした。
パシャッ、パシャッ、パシャッ。
アスカが振り向くと、白と黒の一眼カメラがこちらを向いていた。
カメラを構えているのは、綺麗な大人の女性だった。
毛先だけ青みがかったボブカット。
額に引っかけたティアドロップ型のサングラス。
白いタンクトップに、少し傷んだライダースジャケット。
褪せたジーンズと、履き慣れたデッキシューズ。
彼女はファインダーから顔を離すと、にっと笑って親指を立てた。
「ナイスファイト、中学生さん!」
突然の言葉に、アスカは目を丸くした。
「……へ?」
「いやー、すごかった。最後の崩落、あれ狙ったの? 狙ったんだよね?、あんな勝ち方、見たことないよ」
女性はまたカメラを構え、パシャパシャとサンデイを撮る。
「この傷。折れかけのアンテナ。焦げた関節。夕焼け。最高。勝った機体ってさ、ただ綺麗なだけじゃダメなんだよ。勝った直後の壊れ方に物語が出るの」
「は、はあ……」
アスカはよく分からないまま頷いた。
キョウがアスカの前に一歩出る。
「すみません。どちら様ですか?」
「おっと」
女性はカメラを下ろした。
「ごめんごめん。興奮すると挨拶が後回しになるんだよね、悪い癖」
そう言って、彼女は軽く手を上げた。
「和形レイ。ありとあらゆるM.R.V情報を追いかける、しがないフリージャーナリストです」
センジが、ぴくりと反応した。
「和形レイ……って、ハードワイヤードの?」
「お、知ってる?」
レイが嬉しそうに笑う。
「知ってるも何も!」
センジの目が輝いた。
「新型パーツのレビューとか、エリアリーグの試合後分析とか、メーカー発表前のリーク寸前みたいな考察とか、めちゃくちゃ読んでます!」
「よしよし、いい子だ」
レイは満足げに頷く。
「ハードワイヤードってなんだっけ」
アスカが首をかしげる。
「なんか聞いたことあるような、ないような」
「M.R.Vのメーカーリポートから、マイナーなサーキット情報まで、とにかく最新情報が載ってるサイトだよ」
キョウが説明する。
「プロチームの動向も、パーツ市場の情報も、非公式戦の噂も扱ってる」
「ふふん、いかにも!」
レイは胸を張った。
「M.R.Vに関するあらゆる最新ニュースを扱う、ファン必見のサイト! そのメインライターにしてジャーナリストが、この和形レイさんだよっ」
「すげー!」
アスカとセンジの声が重なった。
レイは満足そうに笑い、ふたたびサンデイへ視線を向ける。
「それにしても……これ、本当に君たちが組んだの?」
彼女はサンデイの右腕、左腕、脚部へと順番にカメラを向けた。
「うわ、すごいな。右腕はメーカー混在のジャンク組み。左腕はAS.indの旧式レンチユニット? 脚部は……八電とハードデックの混成? よく動かす気になったね、こんなジャンクの塊を」
その言葉に、アスカ、キョウ、センジの表情がぴたりと固まった。
「……ジャンクの塊」
アスカが小さくつぶやく。
「まあ、否定はできないけどさ」
センジも少しだけむっとした顔になる。
キョウは無言でレイを見る。
レイは三人の表情に気づいたのか、少し目を丸くした。
それから、ふっと笑った。
「うん。歪で、ボロボロで、危なっかしい」
カメラを下ろし、サンデイをまっすぐ見上げる。
「でも、かっこいいね。ロマンあるよ、この機体」
空気が変わった。
アスカとセンジの表情が、みるみる緩む。
「へへ」
「でしょ」
二人が同時に言った。
「いやあ、分かる人には分かるんだよなぁ」
センジが鼻の下をこすった。
「サンデイ、かっこいいんですよ。左右非対称のバランスとか、無理やり成立させてる感じとか」
「そうそう! あとこの赤! 傷だらけだけど、逆に強そうじゃない?」
「強そうかはともかく、目立つね」
キョウが冷静に言う。
「目立つの大事!」
アスカが胸を張った。
レイはそのやり取りを、面白そうに眺めていた。
「いいねえ。君たち、いいチームだ」
キョウはそこで一つ咳払いをした。
「それで、和形さん」
「レイでいいよ」
「……レイさん。失礼ですけど、何か御用ですか?」
浮かれ気味のアスカとセンジを横目に、キョウは冷静に問いかける。
レイはにやりと笑った。
「用件は一つ」
カメラを肩にかけ、三人を順番に見た。
「君たちを取材したい」
「取材!」
アスカの目が輝く。
「あたしたち取材されてるってこと!? 照れますなぁ!」
「照れるの早い」
キョウが小声で言った。
レイは楽しそうに続ける。
「実はさ、私は毎年夏になると、海外リーグとかプロチームの遠征に密着してて、トーキョーにはあまりいなかったんだ。でも今年こそは、サマータイムで特集を組みたいと思ってね。地区予選まで馳せ参じたってわけ」
彼女はサンデイの折れかけたアンテナを指差す。
「そこで見つけた。中学生三人で、ジャンクから組んだM.R.V。しかもどこから手に入れたのか業務用のAIOSを積んで、プロチームのフルカスタム機を倒した」
キョウの肩が、わずかに跳ねた。
「……業務用AIOSって、もうバレてるんですか」
キョウの目が細くなる。
「え、違うの?さすがに、民生品じゃないでしょ?」
レイは片目をつむった。
『訂正。私は火災報...』「「わーっ!!」」
サンデイのスピーカーから、ファイアが応答するがそれをセンジとキョウが遮る
「今、なんか喋った?」
レイが不思議そうに、サンデイを見上げる
「き、気のせいっすよ~」
センジはごまかす。
レイはまたカメラを構えた。
「私は、君たちの戦いは書きたい」
レイは続けた。
「これは読まれるよ。絶対に読まれる。だって、こんなのサマータイムでしか見られないもん」
夕焼けの中、レイはサンデイを見上げる。
「四大メーカーがスポンサーについてるプロチームもいい。綺麗な機体も、最新鋭機も、もちろん記事になる。でもさ、無制限のサマータイムで本当に見たいのは、こういうイレギュラーでイリーガルすれすれのチームなんだよ」
「イリーガルすれすれ」
センジが苦笑する。
「否定できないな……(というか、盗品のAIOSは...アウトだな...)」
「というわけで」
レイは両手を合わせた。
「これから密着させてもらえたら嬉しいな。いいよね?」
「うんうん! そりゃもちろん!」
アスカは即答した。
「このあたしとサンデイをバシバシ撮っちゃってください! いいよね、二人とも!」
アスカが振り向く。
キョウとセンジは、いつの間にか腕を組んでいた。
そして、ほぼ同時に言った。
「お断りします」
「お断りします」
「えーっ!?」
アスカとレイの声が重なった。
「なんで!?」
「なんで!?」
さらに重なった。
キョウはため息をつく。
「このボロボロのサンデイで戦っていくには、取材を受けている余裕はありません」
センジが深刻な顔で頷く。
「なんてったって僕らは学生。これからはサンデイのメンテとカスタムに、大半の時間と余裕が持っていかれるわけです」
「それはまあ、そうだね」
レイが少し引きつった笑みを浮かべる。
「取材料でも出ればなぁ」
センジがわざとらしく空を見上げた。
「中古パーツを買ったり、消耗品を補充したり、少しは余裕が出るんだけどなぁ」
キョウも続く。
「そうですね。取材料や修理支援、あとは情報提供があれば、密着を受ける余裕も生まれるかもしれません」
「そういう魂胆か……!」
レイが一歩後ずさる。
「機体と同じく、なかなか逞しい中学生だねぇ……」
センジはにこにこしている。
キョウは涼しい顔をしている。
アスカは二人を見て、少し引きつった笑みを浮かべた。
「うへぇ……キョウとセンジって、あたしのこととやかく言うけど、結構曲者っていうか……強かだよね」
レイは観念したように両手を上げた。
「分かった分かった。もちろん、取材協力の謝礼は出すよ。大金とは言えないけど、学生チームの消耗品代くらいにはなるはず」
センジの目が光る。
「消耗品代」
「それに、私の広ーいコネクションを使えば、中古パーツを格安で回してくれる店も紹介できる。ハードデック系のリビルド品とか、型落ち競技パーツとか、使えるものは探せるよ」
「型落ち競技パーツ」
センジの声がさらに真剣になる。
「あと、対戦相手の過去データ、チーム情報、プロリーグの傾向、メーカーの新パーツ噂話。出せる範囲で情報提供もする」
キョウの表情が少し動く。
「過去データ」
「もちろん、未公開の危ない情報は出せないけどね。公開情報を読み解くコツくらいは教えられる」
レイはにっと笑う。
「どう?」
キョウとセンジは顔を見合わせた。
そして、ゆっくりと頷く。
「まあ、そこまで言うなら」
「取材、お受けいたしましょう」
センジがわざとらしく胸に手を当てる。
キョウも小さく頷いた。
「条件付きで」
「はいはい、条件付きね。契約内容は後でちゃんと確認しよう」
レイは苦笑した。
「ほんと、逞しいなぁ」
すっかり日が落ちた頃。
H市の準備エリアは、撤収作業で慌ただしくなっていた。
観戦ドローンがコンテナに戻され、仮設のAR表示が消え、整備テントが畳まれていく。
チームサンデイも、サンデイの応急処置を終えて一息ついていた。
と言っても、サンデイは動ける状態ではない。
右腕の関節は熱を持ち、左腕のレンチは歪み、脚部のホイールは片側が嫌な音を立てている。
歩けと言われれば歩くかもしれないが、歩かせたらさらに壊れる。
そんな状態だった。
レイは簡易椅子に腰かけ、端末にメモを打ち込んでいた。
「サポート役がキョウくん。メカニックがセンジくん。パイロットがアスカちゃん。三人は幼なじみ。小学生の頃から一緒。チーム名は三人の苗字に共通する“日”からサンデイ……なるほどなるほど」
「なんか、改めて言われると照れるね」
アスカが笑う。
「照れる要素あった?」
キョウが言う。
「あるでしょ、青春っぽい!」
「自分で言うなよ」
レイは楽しそうに三人を見比べた。
「いいね。青春してるねえ」
「レイさんまで!」
「いや、本当にそう思うよ」
レイはそこでふと、端末から顔を上げた。
「ところで、三人は行き、どうやってここまで来たの?」
その瞬間、キョウとセンジの目が少しだけ泳いだ。
「……サンデイに乗って、放棄エリアを跨いで来ました」
キョウがうつろな声で言う。
「なんというか無計画ですけど、帰りもその予定だったんですがね……」
センジも遠い目をした。
レイはしばらく黙った。
それから、ゆっくりとサンデイを見る。
ボロボロだった。
どう見ても、移動できる状態ではない。
「あ、あはは……」
レイは乾いた笑いを漏らした。
「つまり、勢いで来たわけだ」
「勢いは大事!」
アスカが胸を張る。
「大事だけど、限度があるよ」
キョウが言う。
「サンデイ、さすがに今の消耗じゃ動けないもんね」
レイは立ち上がった。
「よしよし。ここはこのレイさんが、トレーラーをレンタルして送り届けてあげよう!」
「ほんとに!?」
アスカが飛び上がった。
「レイさん大好き!」
「はいはい、好きで結構」
レイは笑いながら手を振る。
けれど、その目は少しだけ遠くを見ていた。
まぐれ勝ち。
そう言ってしまえば簡単だった。
勢いで来て、勢いで戦って、勢いで勝った子供たち。
現に、帰りの手段すらまともに考えていなかった。
けれど。
レイはサンデイを見た。
あのジャンクの塊は、プロの機体を倒した。
戦術もあった。熱源を見抜いたAIOSもいた。操縦も、ただの無茶ではなかった。
そして何より、三人の目がまだ死んでいない。
「……面白いね、本当に」
レイは小さくつぶやいた。
それから数十分後。
レンタルされた小型トレーラーの荷台に、サンデイが固定された。
折れかけたアンテナが夜風に揺れる。
赤い装甲は夕焼けから夜の色へ沈み、青白い作業灯に照らされていた。
レイが運転席に座り、ハンドルを握る。
助手席にはアスカ。
後部座席にはキョウとセンジ。
サンデイの補助端末には、ファイアのデータが仮接続されている。
「それじゃ、これからはトレーラーのドライバーもお願いしますね!」
アスカが元気よく言った。
「あ、え? うん、りょうかーい……」
レイは思わず返事をしてから、ハンドルを握ったまま少しだけ固まった。
ミラー越しに、後ろを見る。
キョウは端末で次の地区代表情報を調べている。
センジはサンデイの損傷リストを見ながら、頭を抱えている。
アスカは窓の外の夜景を見ながら、まだ興奮した顔をしていた。
レイは小さく息を吐く。
私は、密着取材を申し込んだ。
そう。取材だ。仕事だ。
なのに。
「……私、なんか子供のお守りになってる気がする」
「ん? 何か言った?」
アスカが振り向く。
「何でもなーい。シートベルトちゃんとしてね、中学生さん」
「してるしてる!」
トレーラーが夜のH市を走り出す。
窓の外には、壊れた街の灯りが流れていく。
放棄された高架。暗いビルの影。遠くに残るサーキット会場の照明。
アスカはしばらくその景色を見ていた。
横顔に、街灯の光が一瞬だけ差す。
レイは、その顔を横目で見た。
胸の奥に、妙な引っかかりが生まれる。
どこかで見たことがある。
アスカの目元。
笑う前に、ほんの一瞬だけ鋭くなる表情。
何かを怖がるより先に、面白がってしまうような顔。
誰かに似ている。
けれど、すぐには思い出せなかった。
いや。
思い出さない方がいいような気もした。
「レイさん?」
アスカが首をかしげる。
「どうしたの?」
「ううん」
レイは前を向き直り、アクセルを踏んだ。
「何でもないよ、アスカちゃん」
トレーラーは、壊れた街の夜道を進んでいく。
荷台には、傷だらけのサンデイ。
車内には、勝利の熱がまだ残っている。
そして、誰もまだ知らない。
この小さな密着取材が、やがてアスカたちをもっと大きな渦の中へ連れていくことを。
サマータイムは、まだ始まったばかりだった。




