第二話「地区予選サバイバル-全編」
サマータイムの地区予選は、トーキョー全域に点在する放棄エリアを使って行われる。
かつて工場だった場所。
物流拠点だった場所。
商業区画だった場所。
再開発の途中で取り残され、街の時間から外れた場所。
そこに仮設の審判システムと観戦ドローンが展開され、一日だけの戦場が作られる。
通常のサーキットなら、機体重量や武装カテゴリ、AIOS補助規格まで細かく確認される。
けれど、サマータイムで問われるのはもっと単純だ。
機体が自力で動くこと。
パイロット保護機構が機能していること。
AIOSによる安全補助制御が働くこと。
そして、パイロットを意図的に傷つけるための装備でないこと。
それさえ満たせば、旧式でも、試作機でも、ジャンクでもいい。
だからこそ、サマータイムには毎年、奇妙な機体が集まる。
プロリーグではまず見られない改造機。
メーカーが表に出したがらない試験機。
誰かが廃材から組み上げた、名前も知られない機体。
そして今年、その中に一機の赤いジャンクM.R.Vが混じっていた。
チームサンデイ。
登録機体、RGB-123。
搭載AIOS、ファイア。
昨日アスカ、明日キョウ、今日センジ。
三人と一機の、最初の戦場だった。
トーキョー西部、H市。
かつて物流拠点として栄えたその場所は、今では半分以上が放棄エリアに指定されている。
ひび割れた高架道路。
途中で止まった大型クレーン。
苔と砂埃にまみれたコンテナ群。
そこに、夏の陽射しが容赦なく降り注いでいた。
空には、無数のドローンが飛んでいる。
観戦用。配信用。審判用。警備用。
丸い機体が羽虫のように空を埋め、廃墟の上に見えないリングを作っていた。
サマータイム。
トーキョーで一夏だけ開催される、年齢経歴不問、パーツレギュレーション無制限のサーキットトーナメント。
その地区予選が、ついに始まる。
「……すご」
サンデイのコックピットの中で、アスカは小さく息を呑んだ。
ゴーグルギア越しに見える景色は、ただの廃墟じゃなかった。
空中には観戦用の簡易AR表示が浮かび、参加機体の名前と番号が流れている。
遠くでは、観客用の中継車両や整備テントが並び、大人たちの声が飛び交っていた。
毎年恒例の無制限レギュレーションによるお祭り大会とはいえ、ここには確かに熱がある。
戦うための熱。
壊すための熱。
そして、見る者を夢中にさせる熱。
「ほんとに大会だ」
「大会だよ。しかも一番無茶なやつ」
通信越しに、キョウの声が返る。
「地区予選は十機同時のバトルロワイアル。最後に残った一機だけが地区予選決勝へ進める」
「シンプルでいいじゃん」
「シンプルすぎるんだよ...」
センジが割り込んだ。
「いいか、アスカ。サンデイはまだ調整不足だ。関節の応答もバラついてるし、脚部の変形タイミングも安定してない。正面からやり合うな、あと脚部の変形機構は咄嗟に使うなよ...とくにギアに負荷がかかった体勢でな。絶対だぞ」
「わかってるって」
「その返事、信用ならないんだよなぁ……」
センジのぼやきに、アスカは笑う。
ゴーグル内に、サンデイの機体情報が浮かぶ。
右腕、ジャンクフィスト。
左腕、大型レンチユニット。
脚部、歩行/車輪ハイブリッドパーツ。
AIOS、ファイア。
その表示の端で、赤い小さなタマムシのアイコンが明滅していた。
『周囲環境をスキャン中』
ファイアの声が響く。
『熱源多数。機体十。人間三十四。ドローン七十二。高温箇所、南東エリアに三。原因、発電機および臨時照明設備』
「そんなに見えてんの?」
『はい。私は火災報知機に組み込まれていたAIOSです』
「頼もしいような、そうでもないような」
『評価。戦闘用途には最適化されていません』
「それは知ってる!」
アスカは前方へ視線を向けた。
そこには、他の参加機体が並んでいる。
統一された装甲。
整備された関節。
用途に合わせて組まれた戦闘用パーツ。
機体ごとに形は違うが、どれも“戦うため”に作られていることが一目でわかる。
それに比べて、サンデイは明らかに浮いていた。
トラクターのエンジン外装みたいな角ばった胴体。
赤い塗装の下から見える汚れと継ぎ目。
右腕は歪な四本指の、センジが命名した”ジャンクアーム”。
左腕は巨大なレンチ。
脚部は左右で規格すら違う。
強そうというより、危なっかしい。
完成品というより、まだ途中の機械。
けれど、アスカにはそれがたまらなくかっこよく見えた。
「見られてるね」
「そりゃ見るだろ。なんだあの機体ってなる」
「かっこいいから?」
「たぶん、怖いもの見たさ」
「失礼なっ!」
その時、一機のM.R.Vが前に出た。
細長いシャープな胴体。
低く構えた脚部。
両肩には中距離戦闘用の火器ユニット。
腕部には取り回しの良いサブマシンガンが接続されている。
サンデイと違って、動きに無駄がない。
滑るように地面を進み、静かに停止する。
キョウの声がわずかに低くなった。
「……プロチーム“ラン&ガン”所属、谷町カクト。機体はドライグ。中遠距離型のフルカスタムMRVだ」
「プロ!? いきなり!?」
「運が悪いな...」
「最高じゃん!」
「よくない!」
センジが悲鳴に近い声を上げる。
「ラン&ガンって、成績はそこそことはいえ...プロチームだぞ。スポンサーもついてるし、機体の整備レベルも違う。こっちは昨日まで歩くと転んでたんだぞ!」
「今日は転ばないかもしれないでしょ!」
「そこ、希望で言うな!」
ファイアが静かに割り込んだ。
『対象機、ドライグ。熱源安定。駆動系統、異常なし。武装部、待機温度上昇中』
「ファイア、戦闘解析できる?」
キョウが尋ねる。
『回答。専用戦闘解析モジュールは未搭載です。機体挙動の予測精度は低いです』
「じゃあ、何ならできる?」
『熱を見ることができます』
アスカはにやりと笑った。
「いいじゃん。火災報知機っぽくて」
『私は火災報知機に組み込まれていたAIOSです』
「うん、知ってる」
ブザーが鳴った。
低く、長く、廃墟全体に響く音。
空中のドローンが一斉に高度を変え、戦場を囲むように散開する。
観戦用ARに、カウントが表示された。
五。
四。
三。
「アスカ、最初は動くんじゃないぞ。乱戦に巻き込まれるからな」
キョウが言う。
「遮蔽物を使え。無理に仕掛けるなよ」
「わかってる」
「本当にわかってるのか...?」
「たぶん!」
「たぶんじゃダメだろ!」
二。
一。
開始。
次の瞬間、世界が弾けた。
十機のM.R.Vが一斉に動き出す。
跳躍する機体。
キャタピラで突っ込む機体。
遠距離からミサイルをばらまく機体。
廃コンテナの陰へ滑り込む機体。
金属音、射撃音、駆動音。
砂埃と排熱が一気に広がり、空気が白く揺れる。
「うわっ、ちょっ、待って待って!」
アスカが操縦桿を引く。
サンデイが一歩踏み出す。
だが、左右で重量の違う脚部が同時に沈み込み、わずかに機体が傾いた。
『警告。重心偏差』
「わかってる!」
銃弾が横をかすめた。
サンデイの足元で火花が散る。
「アスカ、右に逃げろ!」
「右ってどっち!?」
「操縦席基準で右!」
「わかってるって!」
サンデイは右へ跳ねるように動いた。
だが、脚部の反応がわずかに遅れる。
次の瞬間、横から突っ込んできた軽量型MRVの肩がサンデイにぶつかった。
「ぐっ!」
衝撃でコックピットが揺れる。
『装甲損傷。軽微』
「軽微じゃないって!」
「アスカ、姿勢戻せ! 倒れたら終わりだ!」
センジの声。
アスカは左腕のレンチを地面に叩きつけ、無理やり姿勢を支えた。
火花が散り、サンデイの巨体がぎりぎりで持ちこたえる。
「よし、セーフ!」
「全然セーフじゃない!」
その間にも、戦場は動いていた。
ドライグが、他の機体を次々と撃破していく。
撃つ。
移動する。
また撃つ。
それだけの動きなのに、何もかもが速い。
距離を取りながら相手の死角へ回り込み、武装だけを正確に潰す。
近づこうとした機体は脚を撃ち抜かれ、遮蔽物に隠れた機体は回り込まれて胴体を撃たれる。
八機が、次々に沈黙していく。
「……やば」
アスカがつぶやく。
「強すぎない?」
「プロだからな」
キョウの声は冷静だった。
けれど、その奥に緊張がある。
「まともにやったら勝てない」
「じゃあ、まともじゃなくやればいいじゃん」
「それはそうなんだけど、まともじゃないにも限度がある」
爆発音が響いた。
最後に残っていた一機が、ドライグの射撃を受けて沈黙する。
観戦用ARの表示が更新された。
残存機体、二。
サンデイ。
ドライグ。
「……え」
アスカは瞬きをした。
「もう二機だけ?」
「現実だ、さすがプロチームのフルカスタムMRVってところか...」
キョウが言う。
「一騎討ちだ」
ドライグが、ゆっくりとサンデイへ向き直る。
その動きに、無駄はなかった。
戦闘を終えたばかりだというのに、構えは崩れていない。
ドライグのカメラアイが、サンデイを捉える。
狙われている。
「アスカ、下がれ。コンテナ裏まで逃げろ。距離を詰められる前に――」
『異常検知』
ファイアの声が割り込んだ。
「え?」
『対象機体、熱源分布に異常』
ゴーグルの視界に、熱画像が重なる。
赤。橙。黄色。
その中で、一箇所だけ異様に白い部分があった。
『高温。局所的過熱。位置、右腕部主兵装銃身』
「銃?」
『推定。連続射撃による熱蓄積。冷却不全の可能性』
キョウがすぐに反応した。
「ドライグは八機をほぼ一人で落とした。撃ち続けたせいで銃身が焼き付いてるのか」
「つまり?」
アスカが聞く。
『推定。次弾射撃時、弾道の乱れ、または動作不良の可能性があります』
「チャンスじゃん」
「待て」
キョウが強く言った。
「可能性だ。確実じゃない。今突っ込んで、普通に撃たれたら終わる」
ドライグが腕を上げる。
サブマシンガンの銃口が、サンデイへ向く。
ファイアのタマムシアイコンが小さく明滅した。
『警告。射線に入っています』
「ファイア」
アスカは言った。
「あの銃、熱いんだよね?」
『はい』
「壊れそう?」
『可能性があります』
「じゃあ、壊れる前に行く!」
「アスカ!」
キョウの声を置き去りにして、アスカはペダルを踏み込んだ。
ギィと鈍い音を立て、前傾姿勢へとなったサンデイの踵が変形する。
さらに金属が鳴り、ホイールが展開した。
「車輪モード!? そんな体勢で使うなって言っただろ!」
センジが叫ぶ。
「今使わないでいつ使うの!」
サンデイが走り出す。
走る、というより、転がり出す。
左右の脚部が不安定に揺れ、胴体が大きくぶれる。
『警告。転倒リスク上昇』
「転ばなきゃいい!」
ドライグが発砲した。
銃声。
しかし、弾道がわずかに逸れる。
サンデイの左肩をかすめ、赤い装甲片が弾け飛んだ。
「っ……!」
『損傷。左肩外装』
「外装ならいい!」
「よくない!」
センジの悲鳴。
ドライグはすぐに次弾を撃とうとする。
だが、銃口が一瞬だけ跳ねた。
熱で歪んだ銃身。
連続戦闘で蓄積した負荷。
ファイアだけが見ていた白い熱。
『対象主兵装、動作不安定』
「ほらね!」
サンデイが距離を詰める。
ドライグは後退しようとするが、そこはひび割れたアスファルトと散乱した瓦礫の上だった。
サンデイの走りは滅茶苦茶だ。
だが、その滅茶苦茶な軌道は、ドライグの予測を外していた。
「キョウ!」
アスカが叫ぶ。
「あと何メートル!?」
「七、六――いや、速い! 三!」
「センジ!」
「右腕、出力上げた! ただし一発だけだぞ!」
「一発で十分!」
アスカは操縦桿を握り込んだ。
ジャンクフィストの四本指が開く。
歪な指。継ぎ目だらけの掌。
本来、武器ではない寄せ集めの腕。
それが、力強く握られる。
鉄塊のような拳になる。
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
サンデイは車輪モードから、無理やり歩行モードへ切り替わった。
急制動。
機体が前のめりに沈む。
その遠心力を、アスカはそのまま拳へ乗せた。
ジャンクフィストが、ドライグの胴体へ叩きつけられる。
それは全重量が乗った衝撃。
金属がへこむ鈍い音。
ドライグの胴体が大きく歪み、脚部が浮いた。
サンデイ自身も反動で大きく傾く。
コックピットが揺れ、アスカの視界がぶれる。
『警告。姿勢制御不能』
「まだ!」
アスカは左腕のレンチを伸ばした。
巨大なレンチが、倒れかけたドライグの肩部フレームを挟み込む。
「掴んだ!」
「引け、アスカ!」
センジが叫ぶ。
「そのまま倒せ!」
アスカは操縦桿を引き絞る。
サンデイの左腕が軋む。
フレームむき出しのレンチユニットが、悲鳴のような音を立てる。
ドライグがバランスを崩した。
そして、地面へ叩きつけられる。
砂埃が上がった。
沈黙。
ドローンが一斉に高度を下げる。
観戦用ARが明滅し、勝者表示が空に浮かんだ。
勝者――サンデイ。
「……え」
アスカは呆然とした。
「勝った?」
少しの沈黙。
通信の向こうで、センジが笑った。
「……勝った」
キョウが続ける。
「勝ったよ、アスカ」
その瞬間、アスカは操縦席の中で叫んだ。
「っしゃあああああああ!」
サンデイの一眼カメラが、空を見上げる。
青い空。
回るドローン。
遠くで上がる歓声。
その全部が、急に近く感じられた。
『評価』
ファイアの声がした。
『極めて危険な行動でした』
「でも勝ったでしょ?」
『はい』
少しだけ間があった。
『結果として、勝利に寄与しました』
「でしょ!」
『記録します』
ファイアのタマムシアイコンが、ゴーグルの端で小さく瞬いた。
『高熱状態の武装は、戦闘継続能力を低下させる。危険を検知することは、勝利に接続する場合があります』
「お、学んでる?」
『はい。学習しています』
「じゃあ、もう一個覚えといて」
『どうぞ』
「面白いっていうのはね」
アスカは笑った。
「怖くても、前に出たくなること!」
ファイアは、しばらく黙っていた。
それから。
『不明です』
「えー」
『ですが、記録します』
キョウが小さく息を吐いた。
「……本当に無茶苦茶だ」
「でも、これぞアスカだな...」
センジが言った。
その声は、少し誇らしげだった。
サンデイは壊れかけていた。
左肩の外装は飛び、右腕の関節は熱を持ち、脚部の変形機構には負荷が残っている。
それでも、立っていた。
壊れた街で、壊れかけの機体が立っていた。
アスカは操縦桿を握り直す。
「次、行こう」
彼女の声は、夏の空へまっすぐ伸びていった。
「もっと面白いとこまで!」




