第十三話「サバイバルレース-後編」
青白い閃光が、水路の底を裂いた。
サンデイの右肩をかすめた一撃が、装甲の表面を焼き、火花を散らして後方へ流れていく。遅れて、コックピットに衝撃が伝わった。
アスカは歯を食いしばりながら操縦桿を切った。
「わわわわ、めちゃめちゃ撃ってきてる!?」
サンデイは水路の右側へ寄った。すぐ隣を走っていた天邪鬼も、それに合わせるように左へ振れる。二機は互いにぶつからないぎりぎりの距離を保ちながら、左右へ細かく蛇行した。
だが、攻撃は止まらなかった。
ファントムの姿は見えない。
音も聞こえない。
それでも、青白い閃光だけが、二機を正確に追ってくる。
『アスカ、スピードは落とすんじゃないよ!』
ノイズ混じりの通信で、マナが叫んだ。
『落としたら、一気に後ろの集団に追いつかれるからね!』
「わかってるけど!」
アスカはフットペダルを踏み込み続けた。
速度を落とせば狙われる。速度を上げても狙われる。避けるためには左右へ振るしかないが、振れば振るほど路面の荒れを拾い、サンデイの機体が揺れる。
後方からは、他の機体の駆動音が近づいてきていた。
ファントムに足止めされている間に、後ろの集団が追いついてくる。
それだけは避けなければならない。
アスカはゴーグル越しに周囲を見回した。だが、前方にも左右にも、ファントムらしい影はない。見えるのは、水路の灰色の床と、壁面を流れる古い補修跡と、青白い光の軌跡だけだった。
「こんなに撃ってるのに、薬莢も見えないし、発砲音も聞こえないなんて!」
『光学兵器だよ! 薬莢なんかあるわけないだろ!』
マナの声が返る。
「光学兵器!?」
『電荷を帯びた粒子を撃ち出してるの!』
「どゆことー!?」
『今説明してる暇ないっての!』
また閃光が走った。
天邪鬼が残った盾を前へ出し、強引に受ける。青白い光が盾の表面で弾け、焦げ跡が斜めに走った。
『ちっ、じわじわ削ってきやがる!』
クロウズが吐き捨てるように言った。
『あの白い野郎、喧嘩の仕方が陰湿なんだよ!』
その直後、射撃が止んだ。
一瞬だけ、水路の音が戻ってくる。
タイヤの唸り。機体の軋み。後方集団の銃声。天邪鬼の駆動音。サンデイの内部でファイアが補正をかける小さな電子音。
アスカは息を呑んだ。
「撃つの、やめた?」
『違う』
マナの声が低くなる。
『来るよ』
*
ファントムのコックピットは、驚くほど静かだった。
ナルミは、白いヘッドホン越しにアイスの電子音を聞いていた。
モニターには、サンデイと天邪鬼の機影が表示されている。実際の視界ではなく、ファントムのセンサーが収集した熱、動き、振動、通信ノイズの分布を統合したものだ。
マゼンタピンクの天邪鬼。
赤い胴体のサンデイ。
どちらも、予測より粘っている。
「射撃では止まらないね」
ナルミは静かに言った。
アイスが、ピピ、と短く鳴った。
「接近して仕留める」
ナルミがペダルを緩めると、ファントムはわずかに減速した。
相対的に、前を走る二機との距離が詰まっていく。
ファントムクロークは正常に作動している。光学迷彩は周囲の水路を機体表面に映し、音響妨害が駆動音を消していた。熱反応も最低限まで抑えてある。
通常のM.R.Vなら、ファントムを認識することはできない。
認識できなければ、避けられない。
「まず、天邪鬼」
ナルミは目を細めた。
白い機体の腕部から、薄いブレードが展開された。
*
『撃つのをやめた!?』
マナが叫んだ。
「さっきのライトニングを倒した攻撃は、こんな低威力の連射じゃない……」
アスカは、前方を睨んだ。
ライトニングは、ほとんど一瞬で解体された。いま飛んできていた射撃は、二機を削るための攻撃に見える。なら、決定打は別にある。
撃つのをやめたということは、次に来るのはそれだ。
「ヤバい。近づいてきてる!」
アスカの判断より早く、青白い光が天邪鬼の右側を走った。
それは射撃ではなかった。
閃光が、刃の形をしていた。
『ッつ!?』
マナの短い声が響く。
天邪鬼の右腕に装備されていたトゲ付きの面盾が、根元から斬り飛ばされた。分厚い装甲板が回転しながら宙へ舞い、水路の床に叩きつけられる。
天邪鬼の機体が大きく傾いた。
片腕を失った反動で、三輪脚のバランスが崩れる。
『マナ!』
「わかってる!」
マナが叫ぶより早く、クロウズが機体制御に割り込んだ。
天邪鬼は横転寸前で車輪を滑らせ、そのまま機体を反転させた。前を向いていた胴体が半回転し、後ろ向きになる。三輪脚がぎりぎりで路面を噛み、天邪鬼はバック走行のまま加速した。
『ギャハハハ! 簡単に転ぶかよ!』
クロウズの笑い声がノイズ越しに響いた。
だが、天邪鬼が右腕を失ったことは変わらない。
次は、サンデイだった。
*
「次」
ナルミは冷たく呟いた。
ファントムの機体が、見えないままサンデイへ向かう。
赤いジャンク機。
あの不安定な機体が、ここまで来た。
シンカが注目していたパイロット。
ただの偶然なのか。それとも、本当に何かがあるのか。
ナルミは、その問いを頭の隅へ追いやった。
今は試合中だ。
必要なのは、観察と撃破。
「サンデイを止める」
アイスが、ピ、と応答した。
*
「……来る!」
アスカは操縦桿を握る手に力を込めた。
見えない。
けれど、来る。
さっき天邪鬼の腕を斬った何かが、今度はサンデイを狙っている。
コックピットの中で、ファイアの表示が急激に明滅した。
『熱源パターン、分析完了』
「え?」
『機動予測。モーショントレース開始』
アスカのゴーグルに、薄い線が浮かんだ。
それは、機体の輪郭ではなかった。熱の揺らぎ、排気の流れ、路面近くに残る微細な温度差。それらが、不完全な影のように重なっていた。
青白い閃光が、一閃する。
アスカは反射的に操縦桿を倒した。
サンデイが、わずかに沈む。
見えない刃が、サンデイの肩の上を抜けた。
装甲の端が薄く削れ、火花が散る。だが、直撃はしない。
*
「……避けられた?」
ナルミの目が、わずかに見開かれた。
ファントムのクロークは正常だった。
ジャミングも作動している。
センサー隠蔽も、熱量制御も異常はない。
それなのに、サンデイは避けた。
偶然。
そう判断するには、動きが早すぎた。
「アイス、再確認」
アイスが短く電子音を鳴らす。
異常なし。
それが返答だった。
*
「えっ、外した?」
『回避しました。加速します』
ファイアの声は落ち着いていた。
サンデイはそのまま加速し、前方でバック走行する天邪鬼へ追いついた。
『アスカ、どうやって今の』
「え、え? わかんないよ。ファイアが勝手に」
『ギャハハハハ!』
クロウズが笑った。
『ムシ野郎、お前、見えてんな?』
『はい』
ファイアは平然と答えた。
『熱源パターンを感知しました。私の第一プロトコルにかかりました』
「第一プロトコル……あ」
アスカは思い出した。
ファイアは、もともと火災報知システムに組み込まれていたAIOSだ。
その第一プロトコルは、火災検知。
煙、熱、微細な温度変化、異常な排気、燃焼の兆候を見つけるために作られた感覚だ。
ファントムは姿を消していた。
音も消していた。
だが、完全に熱を消しているわけではない。
どれだけ抑えても、加速すれば排気が出る。ブレードを振れば関節が熱を持つ。射撃すれば、機体のどこかに熱の変化が残る。
ファイアは、それを拾った。
アスカのゴーグルに、ぼんやりとした機影が描画される。
まだ輪郭は曖昧だ。白い機体の形が見えるわけではない。だが、そこに何かがいることだけはわかる。
水路の床に、熱の影が走っていた。
「見えた!」
『どういうことかは、今は聞かないよ』
マナが言った。
『アスカ、片腕やられたけど、今はチャンスだ。ファントムは、自分の動きが見えたなんて思ってない』
「うん。どうする、マナちゃん」
『ちゃん付けはあとで怒る』
「今じゃないんだ」
『今じゃない!』
マナはすぐに続けた。
『ファントムは絶対また接近してくる。あーしの天邪鬼は右腕の面盾を斬られたけど、装甲はアンタのサンデイより分厚い。撃ちまくられても、少しは耐えられる』
「マナちゃんが盾になるってこと?」
『そうだよ。あーしが前で受ける。アンタは、天邪鬼の後ろに隠れな』
「でも、それじゃマナちゃんが」
『いいから聞きな!』
マナの声が強くなった。
『天邪鬼はこのままバック走行で前を向いたまま逃げる。アンタはその背中にぴったりつけて、一列になる。ファントムが痺れを切らして近接攻撃を仕掛けてきたら、アンタが横から叩く』
「このハサミで?」
『そうだよ。あの白いのをちょん切ってやれ』
アスカは左腕のシザーユニットを見た。
折りたたまれたハサミ型の刃が、いつでも開ける状態で待機している。
「わかった。このハサミで、ちょん切ってあげるよ!」
『この速度域の近接戦闘だ。一撃でも食らわせれば、バランスを崩すさ。そうなれば、後ろの集団と団子になるよ』
「なるほど!」
『行くよ!』
「おーよ!」
アスカはフットペダルを踏み込み、バック走行する天邪鬼の背後へ回り込んだ。
天邪鬼は後ろ向きに走っている。つまり、正面装甲と左腕の盾を後方へ向けながら、コースの先へ進んでいる形になる。サンデイはその背中側へぴったりとつき、天邪鬼の機体に隠れるようにして走った。
二機が、縦に並んだ。
奇妙な隊列だった。
マゼンタピンクの天邪鬼が盾になり、その後ろに赤いサンデイが潜む。
不可視のファントムを相手にした、即席の罠だった。
*
ファントムのコックピットで、アイスが短く細かい電子音を鳴らした。
ピピピピ。
ナルミは眉をひそめる。
「わかっている」
前方の二機が、隊列を変えた。
天邪鬼が盾になり、サンデイがその背後についた。明らかに、接近戦を警戒している。
だが、それはおかしい。
サンデイが本当にファントムを捉えたのなら、もっと違う動きをするはずだ。今の動きは、偶然避けたあとに防御へ入っただけにも見える。
ファントムクロークは正常。
見切られたとは考えにくい。
「ありえないわ」
ナルミは小さく呟いた。
シンカが見ている。
ファントムは、ここで止まる機体ではない。
「次で仕留める」
ナルミはフットペダルを踏み込んだ。
ファントムが大きく加速する。
*
準備エリアの通信ブースでは、モニターに映る映像が激しく乱れていた。
ジャミングの影響で、サンデイからの通信はほとんど途切れている。中継ドローンの映像も、ファントム周辺だけノイズが走り、時折フレームが飛んだ。
それでも、実況の声は会場全体へ響いている。
『先頭集団は、サンデイ、天邪鬼、そして不可視のM.R.V、ファントム! サンデイと天邪鬼は見えないファントムに追い詰められているが、ゴールまでおよそ二百メートル! この佳境、一体どうなる!』
キョウは端末を睨んでいた。
「ファントムのジャミングで、アスカと通信できない」
センジが苦笑いを浮かべる。
「はは……あいつ、無茶するんじゃねえだろうな」
「するよ」
キョウは即答した。
レイはカメラを構えたまま、モニターを見ていた。
「一応、ファイアと……奇遇にもマナちゃんも一緒にいるから、大丈夫じゃない?」
「たしかに...まだ少し安心できますね」
キョウは画面のノイズを見つめた。
その奥で、サンデイの動きが一瞬だけ見える。天邪鬼の背後に隠れるように走っている。
キョウは小さく息を吐いた。
「それと、たぶん」
「ん?」
センジが振り向く。
「ファイアは、ファントムが見えてる」
センジの顔が変わった。
「見えてるって、あの光学迷彩をか?」
「映像として見てるわけじゃない。たぶん、熱だ」
キョウは端末に残っているサンデイのセンサーログを見た。
「ファイアは火災報知AIOSだ。熱源検知だけなら、普通の競技用AIOSよりずっとしつこい」
レイが目を細める。
「なるほどね。学校の火災報知器が、八機電子の試作機を見つけちゃうわけだ」
センジは、少しだけ笑った。
「うちのファイア、いい拾い物だったな」
「借り物だよ」
キョウはそう言いながらも、目を離さなかった。
*
ファントムが迫る。
天邪鬼は左腕の盾を構えたまま、バック走行を続けていた。残った装甲が、青白い射撃を受け止める。盾の表面が焼け、角が削れ、火花が散った。
それでも天邪鬼は止まらない。
『接近しています』
ファイアが告げる。
アスカのゴーグルには、ぼんやりした熱の影が映っていた。
水路の底を、白く揺らめくような影が滑ってくる。
『残り、八』
アスカは左腕のシザーユニットを展開した。
刃が開く。
『七』
天邪鬼の盾に、また閃光が当たる。
『六』
アスカは操縦桿を握る手に力を込めた。
『五』
「よし、行くよ……!」
『オウ!』
マナが叫んだ。
次の瞬間、天邪鬼とサンデイが同時に動いた。
二機は駒のように半回転した。
バック走行していた天邪鬼が横へ逃げる。背後に隠れていたサンデイが、入れ替わるように前へ出る。
マゼンタピンクの盾の陰から、赤いジャンク機が飛び出した。
ファントムの熱の影が、目の前にいる。
「そこ!」
アスカは左腕を突き出した。
シザーユニット-T3が閉じたまま、槍のように前へ伸びる。
衝突の瞬間、サンデイの全身が震えた。
見えない何かに、確かに当たった。
金属が砕ける音がした。火花が飛び、青白い光が大きく歪む。サンデイの左腕に強い反動が走り、根元の警告灯が一瞬赤く染まった。
「当たった!」
『正面装甲の一部を貫きました』
ファイアが即座に報告する。
『光学迷彩、機能低下。再展開不能と推定』
空間がびりびりと揺れた。
ノイズが走る。
水路の背景に溶けていた何かが、剥がれるように姿を現していく。
白い機体だった。
流線形の胴体。狐耳のようなセンサー。背面に伸びる二本のスラスター。腕部に装備されたブレードと射撃機構。
ファントム。
その正面装甲に、サンデイのシザーユニットが深く突き刺さっていた。
*
「……!」
ナルミは、強い衝撃に身体を押しつけられた。
警告表示が赤く染まる。
正面装甲損傷。
クローク制御異常。
姿勢制御補正。
アイスが鋭く電子音を鳴らす。
ファントムの速度が落ちた。
ナルミは操縦桿を握り直し、機体を立て直す。サンデイの一撃は浅くない。正面装甲だけではなく、クローク投影系の一部を巻き込んでいる。
光学迷彩が剥がれる。
白い機体が、観客の前に晒された。
「見えていた……?」
ナルミは小さく呟いた。
モニターの端で、サンデイと天邪鬼が加速して遠ざかっていく。
その後方からは、乱戦を抜けてきた後続集団が迫っていた。
ナルミの目が細くなる。
「まだ終わっていない」
アイスが、低く電子音を鳴らした。
*
サンデイと天邪鬼は、ファントムを置き去りにして加速した。
『よし、アスカ! とっととゴールするよ!』
「そ、そうだね!」
アスカはシザーユニットを引き戻した。左腕の根元から異音がしたが、まだ動く。
天邪鬼の横に並ぶ。
マナの声には、疲労と興奮が混じっていた。
『光学迷彩なんてふざけたもの使ってるから、喧嘩の勘が鈍ンだよ!』
クロウズが笑う。
『後ろの連中にひき潰されちまえ、ギャハハハハ!』
ノイズが薄くなっていく。
サンデイと天邪鬼は、ファントムのジャミング範囲から抜け出した。
前方にゴールゲートが見えた。
水路の上に設置された大型の計測フレーム。両岸には中継ドローンが並び、観客席代わりの仮設デッキから歓声が上がっている。
後方では、ファントムが後続集団に飲み込まれようとしていた。
だが、アスカは振り返る余裕がなかった。
ゴールは目の前だ。
「行け、サンデイ!」
サンデイが最後の加速に入る。
天邪鬼も、三輪脚を唸らせて並走した。
二機はほとんど同時に、ゴールゲートをくぐった。
計測音が鳴る。
サンデイと天邪鬼は、速度を落としながら水路の先へ流れていった。
『はぁ……終わった。ったく、ゾっとしたね』
マナの声が聞こえる。
「あはは。マナちゃんがいてよかったよ」
『次こそは、ほんとに敵同士だから!』
「はいはい!」
『ちょっと! そこはちゃんと怖がりなよ!』
気が抜けたせいか、二人は少しだけ笑った。
サンデイと天邪鬼は、ゆっくりと減速していく。
その時、通信が回復した。
『アスカ』
「あ、やっとつながったんだね。無事突破したよー! しかも一位!」
『これを見て』
「え、ちょ、反応薄っ!」
キョウからの通信と同時に、ゴーグルの表示が切り替わった。
後方グループのライブ映像だった。
そこでは、ファントムが戦っていた。
クロークは壊れている。白い機体は、もう隠れていない。
それでも、強かった。
迫ってくる機体の射撃を、紙一重で避ける。水路の壁を蹴るように二輪脚で跳ね、背後へ回り込む。接近してきた機体の腕を斬り、別の機体の進路へ押し込む。撃ち合っていた二機を誘導し、互いに衝突させる。
不可視でなくなっても、ファントムの機動は異常だった。
白い機体が、後方集団の中を切り裂いていく。
「これ、さっきの……」
『うん。ファントムだ』
キョウの声は硬かった。
『それと、ちなみにアスカは二位だよ』
「え?」
『天邪鬼の角のほうが、先にゴールラインを越えてた』
「なっ!?」
アスカは思わず天邪鬼のほうを見た。
マナの通信が割り込んでくる。
『ふふん。あーしの勝ちだね』
「今のはほとんど同時でしょ!」
『角まで機体の一部だよ。ルール上、あーしの勝ち』
「ずるい!」
『勝ちは勝ち!』
クロウズが大笑いした。
『ギャハハハ!、残念だったなムシ野郎』
『愛称を検知』
アスカは悔しそうに唸ったが、すぐに笑ってしまった。
勝ったわけではない。
けれど、突破した。
それだけで十分だった。
*
最終結果が発表されたのは、それから少し後だった。
一位、天邪鬼。
二位、サンデイ。
三位、ファントム。
一位と二位はほとんど同着だったが、三位のファントムとは一分以上の差が開いていた。
しかし、その結果だけを見てファントムを下に見る者はいなかった。
ファントムは、クロークを破られたあと、後方集団と激突した。トータルで七機を撃破し、なおかつ三位でゴールしたのだ。
それは異常な数字だった。
もしサンデイと天邪鬼があの場でファントムを止めていなければ、結果はまったく違っていたかもしれない。
そう思わせるだけの戦いだった。
*
帰りのトレーラーの助手席で、アスカは眠っていた。
ヘルメットを抱えたまま、口を少し開けている。さっきまで不可視のM.R.Vと戦っていたとは思えないほど、無防備な寝顔だった。
レイは運転席でハンドルを握りながら、ちらりと横を見た。
「よく寝るねぇ」
後部キャリア側から、センジの声が通信で入った。
『レイさん、あのファントムって何なんですか?』
「公式には、実はさっぱり」
レイは正直に答えた。
「登録情報はある。けど、メーカー名も詳細な型式も曖昧。普通の個人チームが用意できる機体じゃないのは確かだね」
『四大メーカー絡みですか』
キョウの声が聞こえる。
「ジャーナリストとしての推測なら、おそらくね。光学迷彩、ジャミング、二輪脚の高機動制御、荷電粒子系の射撃装備。どれも一個人が組めるレベルじゃない」
レイは前を見た。
「今日初めて、機体の全容が表に出た。調べれば、少しは尻尾が掴めるはず」
『四大メーカーね……』
センジが呟いた。
『冗談みたいなM.R.Vだったな』
『次の試合までに、サンデイを万全にしないとだね』
キョウの声は静かだった。
レイは眠っているアスカをもう一度見た。
その首元には、W-GEARが下がっている。ファイアの表示は消灯していたが、待機状態の小さな光だけが淡く点滅していた。
学校の火災報知AIOSが、八機電子の試作機らしき不可視のM.R.Vを見つけた。
その事実に、レイは少しだけ笑った。
「ほんと、サンデイは面白いね」
トレーラーは、夕方の道路を走っていく。
サマータイム本戦第一戦は終わった。
けれど、夏はまだ終わっていなかった。




