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第十四話「アップデート」

 サマータイム本戦第一戦、サバイバルレースを突破してから、数日が過ぎた。


 チームサンデイのガレージには、朝から工具の音が響いていた。


 金属を削る音。ボルトを締める音。古いパーツを外し、新しいパーツを組み込む音。

 いつものガレージは、以前にも増して散らかっている。床には外された装甲板やケーブル、消耗した関節部品が並び、壁際の棚にはレイが届けた支援物資の箱が積み上げられていた。


 その中央で、サンデイは整備台に固定されていた。


 第一戦を突破した機体は、見た目以上に消耗していた。

 ファントムとの接触で負荷のかかった左腕、障害物エリアで傷んだ脚部、熱と振動で劣化した内部配線。走り切ったこと自体が奇跡に近い箇所もある。


 だが、キョウとセンジの顔に悲壮感はなかった。


 二人とも、目の下に薄い隈を作り、作業着を油と金属粉で汚しながら、それでもどこか楽しそうだった。


「センジ、右腕の可動域、もう少しだけ外へ逃がせる?」


「いける。けど、ブレード展開時に肘と干渉するぞ」


「じゃあ、展開タイミングをファイア側で調整させよう、アスカの操作時だけ先行入力を拾うようにすればいい」


「なら、こっちは物理ロックだけ見直すよ」


 キョウは端末に数字を打ち込み、センジはサンデイの腕部パーツに潜り込むようにして工具を動かしていた。


 レイはガレージの入口で、その様子をしばらく眺めていた。手には差し入れの袋を提げている。中身は冷えた飲み物と、片手で食べられるサンドイッチだった。


「お疲れさま。二人とも、すごい熱中っぷりだねぇ」


 レイが声をかけると、センジだけが顔を上げた。


「おはようございます、レイさん。」


「うわ隈できてるっ」


 レイは袋を作業台の端に置いた。


「差し入れ。食べながらやりなよ」


「助かります」


 キョウが端末から目を離さずに言う。

 自分も原稿作成に追い込まれたときは”こんな”かと思い、不意にレイは軽く笑い、ガレージの中を見回した。


 サンデイの周りには、まだアスカの姿がない。いつもなら真っ先に作業を覗き込み、わからないなりに口を出したり、ファイアと一緒にテストをやりたがったりするはずだった。


「アスカちゃんは?」


「外です」

 キョウが答える。


「ファイアとトレーニング中です」


「機体に乗らずに?」

「ええ。今は、アスカ本人の動きをファイアに覚えさせてます」


 レイは少しだけ眉を上げた。


「面白そうだね」


 そう言って、ガレージの外へ出た。


 日差しは強かったが、風は乾いていた。ガレージの横には、古いコンクリートの広場がある。以前は資材置き場だったらしく、今も地面には消えかけた白線や、錆びた固定金具が残っている。


 そこを、アスカが走っていた。


 正確には、走っているのではなかった。


 旧式のオフロード用自走ボードに乗り、広場に置かれた複数のターゲットを次々と巡っている。ターゲットは小さな円盤型の装置で、地面に固定されていた。どれか一つが光ると、アスカはすぐにそちらへ向かい、手で触れてから次へ進む。


 順番はランダムだった。

 まっすぐ進める位置に光ることもあれば、急旋回しなければ届かない位置に光ることもある。ときには、 今向かっているターゲットのすぐ横ではなく、わざと反対側が点灯する。


 アスカは文句を言いながら、それでも落ちなかった。


「うわっ、そっち!? ファイア、意地悪じゃない!?」


『ランダム指定です。意地悪ではありません』


「絶対ちょっと狙ってる!」

『否定します、私は介入していません。』


 アスカは身体をひねり、スケートボードの後輪を滑らせながらターゲットへ向かった。手を伸ばし、ぎりぎりで触れる。その瞬間、別のターゲットが点灯した。


「はいはい、次ね!」


 アスカは笑いながら再加速した。


 左手の手首にはW-GEARが装着されている。ファイアの表示が忙しく点滅していた。

 レイは少し離れたところで、しばらく見ていた。


「なんのトレーニング?」

 声をかけると、アスカはターゲットを触ったあと、大きく弧を描いて戻ってきた。


「レイさん、おはよー!」

「おはよう。元気だねえ」

「ファイアに、私の高速時の軌道のルート? 予測? みたいなのを学習させてるー。正直、よくわかってないけど」

『アスカの高速移動時の判断傾向を記録しています。』

「らしいです!」


 アスカは胸を張った。


 レイは笑った。


「なるほど。機体だけじゃなく、パイロットとAIOSもアップデート中ってわけか」

 レイはカメラを構えた。


「撮っていい?」


「え、今? 汗だくだから...恥ずかしい」


「青春っぽい、綺麗な汗だよっ!」


 レイがシャッターを切ると、アスカは照れくさそうに笑い、それから再びボードを走らせた。


 ガレージでは、キョウとセンジがサンデイを作り替えている。


 外では、アスカとファイアが互いの反応を学習している。


 第二戦の詳細が届くまで、チームサンデイは、それぞれのやり方でアップデートを重ねた。


   *


 さらに数日が過ぎた。


 ガレージの中央で、サンデイは新しい姿になって立っていた。


 シルエットは、大きく変わったわけではない。


 赤い旧式胴体。単眼のカメラアイ。不揃いな脚部。ジャンク機らしい継ぎ接ぎの雰囲気。それらはまだ残っている。


 だが、細部はまったく違っていた。


 胴体のコンダクトは、以前より前へ張り出して見える。

 カメラアイには大型の角型レンズフードが追加され、暗い奥で単眼レンズが光っている。


 エンジングリルはカメラアイの下だけでなく、左右側面にも増設されていた。後方へ伸びていた触角のような通信アンテナは短く切り詰められ、左側面後方へ移されている。


 赤い装甲には、太い白いラインが走っていた。


 新品のように綺麗ではない。傷もある。塗装の端も少し荒い。それでも、その白いラインは、サンデイにこれまでなかった速さの印象を与えていた。


 サンデイではある。

 だが、以前のサンデイではない。


「アップデートされたサンデイ……」


 レイはカメラを下ろし、目を細めた。


「サンデイ-ダッシュか」


 センジが得意げに笑った。


「へへ。自分史上最高の仕上がりですよ、コイツは」

「どれどれ、具体的な改修箇所を聞かせてよ」

「もちろんです」


 キョウが一歩前へ出た。


「まずは、これです」


 彼が指さしたのは、胴体右側面だった。


 コンダクトの側面から、二関節式の小さなアームが伸びている。その先端に、小型の機関砲が取り付けられていた。大きなレンズフードを持つカメラアイの横から突き出した姿は、まるでビデオカメラに取り付ける大型のガンマイクのようにも見える。


 砲身後部には、逆L字型の弾倉が装着されていた。


「小型機関砲、mic(ミック)-ガン。サンデイ初の中距離牽制用装備です」


「ついに射撃武装かぁ、アスカちゃん喜びそう」


 レイが感心したように言う。


「ただ、火力は控えめです。正面装甲を撃ち抜くようなものじゃありません。基本的には接近するときの牽制用で、制御はファイアが担当します」


 センジが横から続けた。


「アームで射角も調整できますし、相手を追えます。アスカが機動制御に集中してるとき、ファイアがこいつで関節とかセンサーを狙う。装甲は抜けなくても、関節部にまぐれで当たれば儲けもんですよ」


 センジは笑った。


 レイはサンデイの胴体を見上げる。


「胴体パーツの...コンダクト自体も、だいぶ印象が変わったね」


「カメラアイのレンズフードを大型化しました。ファントム戦で、センサー類の保護が重要だとわかったので」


 キョウは端末を見ながら説明する。


「それと冷却用のグリルを左右にも追加。ダッシュブースターの排熱対策です」


 センジが、今度はサンデイの背面を指す。


「コンダクト後方の上部と下部のパネルが展開して、中からブースターが出ます。直線加速専用ですけど、瞬間的な推進力はかなり出ますよ」

「そんなスペース、よくあったね」

「もともと、コンダクトの内部スペースって半分くらい空いてたんです」


 キョウが言った。


「レイさんが届けてくれたパーツでセンサー類を追加しても、まだブースターを組み込む余地がありました」


 レイは、サンデイの背中をカメラで撮った。


「で、一番目立つのは、やっぱり腕かな」


 サンデイの両腕は、これまでとは違っていた。


 以前のサンデイは、左右の腕がまるで別の機体から取ってきたように違っていた。右腕は歪なジャンクアーム。左腕は大型のレンチアームで、決勝トーナメント第一戦ではシザーユニットに換装されていた。


 今は違う。


 両腕が、同じ構造のパーツになっていた。


 歪な四本指マニピュレーター。外側に張り出した強化フレーム。内部に見える太いパワーユニット。そして前腕側面には、大型の刃が装備されている。


 その刃は、かつてのシザーユニットの片刃を思わせる形をしていた。ハサミの片側だけを取り出し、さらに両刃に研ぎ直したような、工業的で危険な刃だった。


「ジャンクツールズです」


 キョウが言った。


「ジャンクアームをベースに、壊れたレンチアームのパワーユニットを移植したマニピュレーター。それから、シザーユニットを分解して、両腕に近接攻撃に使うブレードとして装備しています」


 説明しながら、キョウはセンジへ視線を向けた。


「センジの力作です」


 センジは照れたように鼻の下をこすった。


「今までの腕は、作業用とか工具用のパーツをそのまま使ってる感じでした。でもこいつは違います。最初から戦うために組んだ攻撃パーツです。挟み切ることはできなくなりましたけど、そのぶん速い。刺せるし、斬れるし、すれ違いざまに引っかけて切り裂いたり。」


 センジはサンデイを見上げた。


「それに、両腕を共通にしたんで重量バランスもだいぶ良くなりました。前のサンデイは、左右で重さが違いすぎましたから」


「そうだね。見た目からして、だいぶ安定...バランスとれてそう!」


「ようやくですよ」


 センジの声が、少しだけ低くなった。


「ようやく、アスカとファイアにまともな機体を乗せられる」


 レイはその横顔を見た。


 センジはまだ中学生だ。けれど、今の表情は、メカニックのものだった。

 自分の作った機体に責任を持とうとしている人間の顔だった。


 キョウも同じようにサンデイを見ている。


「脚部のセッティングも改めました」


「そこも聞きたいな」


 レイが促すと、キョウは足元を指した。


「外見はあまり変わっていませんが、変形をよりスムーズに行えるように最適化したこととバランスを整えたおかげで左右の脚、それぞれで変形してモードを切り替えられます」

「左右の脚で別々に?」

「はい。片脚だけホイールモード、もう片脚は二足歩行モード、という動きもできます」


 センジが嬉しそうに続ける。


「アスカの無茶なスライドとか、急に踏ん張る動きに合わせるためです。今までは機体がついていってなかったんですけど、これならかなり追従できます」


「なるほどね、アスカちゃんのダイナミックな操縦に磨きがかかりそうだね。」


「そうです」


 キョウは即答した。


「普通のパイロットなら、扱いきれない不要な機構ですが、アスカならたぶん使えます」


 レイはガレージの奥を見た。


「そういえば、アスカちゃんは?」


「まだ来てないですね」


 センジが言った。


「今日は朝から姿見てないっす」


「珍しい」


 レイは少しだけ首を傾げた。


 アスカが新しいサンデイを見に来ない。


 それは、たしかに珍しかった。


 サンデイが直る日、変わる日、強くなる日。そんな日に、アスカが黙っているはずがない。


「連絡は?」


「今朝、軽くメッセージはありました。ちょっと寄り道してから行くって」


 キョウは端末を確認した。


「寄り道?」


 レイが聞く。


「それ以上は書いてません」


「……ふうん」


 レイはガレージの外へ視線を向けた。


 夏の空は、白く眩しかった。

 サンデイは新しい姿で立っている。

 キョウとセンジは、その機体を見上げている。

 ファイアは、W-GEARの中で新しい補正データを待っている。


 ガレージの中で、サンデイ-ダッシュの単眼が、静かに光を反射していた。


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