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第7話 固定された事実

疑う順番を聞かれて、困った。


正確には、答えたくなかった。


「……桜庭さん」


そう言うと、桜庭は少しも怒らなかった。

むしろ気まずい空気を和らげるみたいに笑う。


「でしょうね」

「開き直りが早いな」

「こういう場で“心外です”って言うと、余計怪しいでしょう」


頭の中の数字は、六一。

いやらしいくらい安定している。


保科が眉を寄せる。


「でも、怪しいで済ませて切れるほど情報ないよね」

「だから証拠を作る」

と黒瀬。


俺たちはカフェを引き払い、七階の会議室へ戻った。

雨音だけがやたら大きい。

世界のほうは何も起きていないのに、こっちだけが妙に早く回っている感じがする。


黒瀬はホワイトボードを引っ張り出した。

会社の備品をこんな使い方する日が来るとは思わなかった。


「整理する。結城は契約文の一部を知っていた。候補は三つ」


マーカーが走る。


「一つ、物理的盗聴」

「嫌」

と保科。

「二つ、外部から会話を拾う能力」

「もっと嫌」

「三つ、内部からの漏洩」


成瀬が飲み込む音がした。


「いちばん嫌だ……」

「同感」


黒瀬はそこで、成瀬に向き直る。


「あなたの固定、どこまでできる?」

「見たものが“そうだった”ことを数分だけ残せます。映像でも位置関係でも」

「音は」

「聞いた人の中なら、たぶん」


黒瀬は頷いた。

たぶんこの人の頭の中では、もう何手か先まで組み上がってる。


「じゃあ今から、昨夜ここにいた全員の動きを固定して再確認する」


「そんなことできるのか?」

と俺。

「完全な再生じゃないです」

と成瀬。

「でも、“誰がどこでどんな姿勢だったか”くらいなら追えるかも」


やってみると、本当にそれっぽいものが見えた。


会議室の中に、数分前の残像みたいな輪郭が重なる。

俺が座っていた位置。

保科が頬杖をついていた角度。

桜庭がカップを持ち上げたタイミング。


「すご」

保科が素で言う。


問題は、その残像の中に、決定的な動きがなかったことだ。


誰も席を立っていない。

誰も露骨にスマホをいじっていない。

少なくとも、俺たちの目に見える形では。


「物理漏洩の線は薄い」

黒瀬が言う。

「でも消えたわけじゃない」


桜庭がそこで静かに口を開く。


「じゃあ、能力か内部でしょうね」

「自分を候補に入れてるのは偉いな」

と俺。

「入れないと余計怪しいですから」


ほんとにうまい。

こういう人と営業先で席を取り合いたくない。


そのとき、全員のスマホが同時に震えた。


黒い画面。

白い文字。


`現在の生存者:95`

`消去済み:5`


息が止まる。


誰も何もしていない数分の間に、世界のどこかでまたひとり消えた。


保科が低く呟く。


「待ってくれないんだ」


黒瀬の顔は変わらない。

でも、マーカーを持つ指先だけが少し強くなっていた。


「だから急ぐ」


そのあと、黒瀬は個別に質問を始めた。


いつから候補者だと認識したか。

誰から最初に連絡が来たか。

自分の能力をどこまで把握しているか。


俺の数字は、そのたびに揺れる。


桜庭は一貫して濁る。

でも決定打がない。


問題は、保科の数字まで時々落ちることだった。


「……保科さん」


名前を呼ぶと、彼女は面倒くさそうに目を上げた。


「なに」

「何か隠してる?」

「あるよ」


即答だった。

全員が止まる。


「人に言いたくないこと、ゼロの人なんていないでしょ」


頭の中の数字は、七四。


高い。高いけど、核心は隠している。


成瀬が困ったように俺を見る。

俺だって困ってる。


黒瀬が口を挟んだ。


「神代。数字を信仰しないで」


鋭い言い方だった。


「あなたの能力は便利だけど、判決じゃない。揺れたから黒、ではない」


図星だった。

森下が消えてから、俺は少し数字にしがみつきすぎていたのかもしれない。


黒瀬は保科を見た。


「言いたくないなら今はいい。ただ、後で必要になる」

「了解」


そして最後に、黒瀬は俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。


「桜庭さん、嘘をつくときだけ丁寧になるわ」


俺は桜庭を見た。

営業スマイル。柔らかい声。隙のない姿勢。


たしかに。

うますぎる。


でも、その瞬間。


俺の数字は桜庭じゃなく、保科に強く引っ張られた。


五二。


思わず息を止める。


保科澪は、そのときだけ、何かを必死で飲み込む顔をしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


数字があるのに、はっきりしない。

むしろ数字があるせいで迷うこともあるんだと感じてもらえたなら、ユウのしんどさが少し近づいた気がします。


続きを追ってもらえるなら、ブックマークや評価を置いてもらえると嬉しいです。

次は、外の“大きい敵”が顔を出します。

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