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第4話 五人の円卓

五人で話す、と黒瀬は言った。


その言い方があまりにも事務的だったせいで、危うく町内会の打ち合わせかと思いそうになった。

もちろん現実は真逆だ。

参加条件を満たせなかったら存在ごと消える系の町内会なんて、行政サービスが終わってる。


場所は会社ビル一階のカフェ。

営業時間はとっくに過ぎているが、シャッターは半分だけ開いていた。


「入って」

「不法侵入じゃないのか」

「この街区では、今その言葉はあまり意味を持たないわ」


さらっと怖いことを言う。


店内にはすでに三人いた。


ひとりは白衣姿の女。

二十代後半くらい。髪をひとつに束ね、眠そうな目をしているのに、座り方だけは妙に緊張がない。


「あ、来た」


言い方が軽い。

この空気でそのトーンを出せるのは、すごいのか鈍いのか判断に困る。


もうひとりは大学生くらいの男。細身で、背筋だけはやたら真っ直ぐだ。

手元のスマホを何度も確認していて、落ち着かないのが丸分かりだった。


最後のひとりは、三十代半ばくらいの男。

ジャケット姿で、笑顔が営業スマイルとして百点満点に近い。

たぶん俺より営業向いてる。

たぶん信用しないほうがいいタイプでもある。


黒瀬が短く紹介する。


「保科澪。成瀬岳。桜庭真。全員、灰冠街区の候補者」


「どうも、保科です。救急あがり。いまはクリニック勤務」


白衣の女が片手を上げる。

軽い。けど目は周囲をよく見ていた。


「成瀬です。大学生です」


大学生は律儀に頭を下げた。

真面目そうだ。こういうゲームに一番向いてなさそうでもある。


「桜庭です。しがない経営者ですよ」


最後の男は椅子から立ち、笑顔で会釈した。


頭の中の数字は、五八パーセント。


しがない、の部分が特に低い。

まあ、だろうな。


「そして神代ユウ。営業」

「雑だな紹介」

「余計な修飾がいらないタイプでしょ、あなた」


否定しづらい。


全員の前に座ると、妙に喉が渇いた。

人数はたった五人。

なのに、ここにある空気は下手な会議室より重い。


黒瀬は立ったまま言う。


「結論から言うわ。この街区の候補者は、現時点で五人確認されている。外には結城を含む別勢力がいる。だから最初の選択は単純。一時的に組むか、今ここで疑い合って各個撃破されるか」


保科がすぐに手を挙げた。


「はい。質問。結城って誰」

「外周で動いてる候補者。脅しと威圧で選ばせるタイプ」

「嫌なタイプねえ」


本当に嫌そうに言うから、少しだけ場が和む。


成瀬が恐る恐る口を開いた。


「あの……組むとして、どこまで信じればいいんですか」


いい質問だ。

というか、それ以外に聞くことがない。


黒瀬は即答した。


「信じない前提で組むの」


場がしんとする。

桜庭が楽しそうに笑った。


「率直でいいですね」

「現実的と言ってほしいわね」


黒瀬はテーブルに自分のスマホを置いた。

CROWNの画面が開いている。


「このゲームは、雑な口約束が一番危ない。だから最低限の不可侵契約を今ここで作る」

「契約?」

「言葉が力になるなら、文章は武器になる」


その一言に、少しぞくっとした。

こいつ、慣れてる。


俺が見ていると、黒瀬はちらりとだけこちらを見る。


「あなたもそう思ったでしょ」

「……何が」

「私がこの手の文面に慣れてるって」


頭の中の数字は、九一パーセント。


高い。

でも全部は話していない。


「法務畑なの。契約書の穴を探す仕事をしてた」

「納得」


納得はした。

同時に、味方だと頼もしくて敵だと最悪だとも思った。


黒瀬はその場で文面を読み上げる。


「本契約の成立から二十四時間、灰冠街区所属候補者五名は、互いに直接的な危害、虚偽告発、位置情報の故意漏洩を行わない」


桜庭がすぐ口を挟んだ。


「“直接的”って便利な言葉ですね。第三者を挟めばいいように聞こえる」

「だからまだ草案よ」

「なるほど」


にこやかだ。

にこやかすぎる。


頭の中の数字は相変わらず六割前後をうろついている。

この人、言葉の置き方が綺麗すぎる。


保科が頬杖をついて言った。


「位置情報の故意漏洩ってことは、うっかりならセーフ?」

「そこも塞ぐ」

「わー、仕事が細かい」


成瀬は緊張した顔のまま、小さく言う。


「でも、契約なんて本当に成立するんですか」

「するわ。少なくとも、ゲーム側が認める書式なら強制力が乗る」


そう言って黒瀬は、画面上に文章を打ち込んでいく。

途中で一度だけ、俺を見た。


「神代。あなたの役目は、誰がどこで濁ったか見ること」


全員の視線が集まる。

最悪だ。

能力を隠す暇がなかった。


保科が目を丸くする。


「え、なにそれ。便利」

「言い方」

「だって便利でしょ」


桜庭は笑顔を崩さない。

でも、真率だけが少し落ちる。


「嘘発見器、ですか?」

「そこまで便利じゃない」

「便利じゃないのに便利そうですね」


なんだその感想。


黒瀬がまとめる。


「完全な信用は要らない。でも、最低限の役割分担は必要。私は契約。神代は真率の確認。保科さんは?」

「まだ確定じゃないけど、ちょっとだけ“結果を遅らせる”ことができる」


成瀬が顔を上げた。

「遅らせる?」

「たとえばコップが落ちる直前を少しだけ伸ばすとか。たぶん、致命傷にも使える。まだ試してないけど」


軽い口調なのに、内容が全然軽くない。


「成瀬くんは?」

「僕は……見たものを少しだけ固定できます。写真みたいに」


固定。

それも強い。

証拠が価値になるゲームなら、かなり強い。


最後に桜庭が肩をすくめた。


「私は損失を別の利益に変換できます。要するに、損して得取れを能力でやる感じですね」


便利そうだし、絶対に厄介だ。


黒瀬が全員を見回す。


「じゃあ、最低限の文面を詰める。異論がある人は今言って」


十数分後。


何度も言葉を削り、足し、曖昧さを潰して、ようやく五人分の仮契約が形になった。

会議みたいでうんざりする作業だったのに、妙な緊張感のせいで誰もだれない。


最後に全員が文面を確認する。

それぞれのスマホに、同じ確認画面が表示された。


`街区内相互不可侵契約(暫定)`

`承認しますか`


俺は深呼吸して、承認を押した。


画面に白い紋様が走る。

ほかの四人のスマホも同時に淡く光った。


成立した。


たぶん。


その瞬間、俺の感覚に小さなノイズが走る。


桜庭。


こいつだけ、契約成立の瞬間に真率が大きく落ちた。


八割近かったものが、一気に四割台まで滑る。


何かを隠した。

もしくは、何かを決めた。


「どうしたの、神代さん」


保科に言われて、俺は顔を上げる。


「いや……」


言うべきか迷った、そのとき。


店内のスピーカーが、営業終了後の無音を破って唐突にノイズを吐いた。


誰も触っていないはずのレジ横モニターが点灯する。


黒い画面に、白い文字。


`助言する`

`その五人の中に裏切り者がいる`


保科が「うわ」と小さく漏らした。

成瀬の顔が一気に青くなる。


桜庭は笑顔のまま、何も言わない。

黒瀬の目だけが細くなった。


そして、俺の胸の奥で数字が揺れた。


誰かひとり。

この場の誰かひとりが、今この瞬間、ひどく綺麗に嘘を飲み込んでいる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


同盟が結ばれた直後なのに、いちばん安心から遠ざかった。

その嫌な手触りが残ったなら、この五人はいい並びになった気がします。


続きを見てもらえるなら、ブックマークや評価を置いてもらえると嬉しいです。

次は、同じテーブルについたまま疑いが始まります。

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