第14話 嘘を言わせる
勝ち筋が見えた瞬間、呼吸だけは少し楽になった。
問題は、その筋を通すまでにこっちが先に折れないことだ。
俺は高槻ではなく、椎名を見る。
「ひとつ確認したい」
高槻が笑う。
「どうぞ」
「この前、灰冠街区の外れで成瀬を狙ったのは誰だ」
椎名のまぶたがわずかに動く。
高槻が口を開くより先に、俺は続けた。
「桜庭さんの流した情報は、途中で一部だけ欠けていた。保管場所の情報はあっても、観測役の配置までは知らないはずだった」
黒瀬がそこで文書を一枚、机に置く。
昨日、わざと桜庭に流させた偽情報の控えだ。
本物と少しだけ違う。
「でも、現場にいた相手は成瀬くんの位置まで知っていた」
保科が低く言う。
「つまり、途中で別の経路から拾った」
高槻の笑顔が、初めてほんの少しだけ薄くなる。
「推理としては面白い」
「推理じゃない」
俺は椎名を見たまま言う。
「あんた、桜庭さんと直接接触しただろ」
椎名の数字が、五九まで落ちた。
高槻が横から静かに割り込む。
「椎名は昨日、私と一緒にいた」
数字、七二。
また半分だけ本当だ。
黒瀬がそこを逃さない。
「“昨日のどの時間まで”?」
高槻が一瞬だけ黙る。
その沈黙を、俺は待っていた。
「二十一時までは」
遅い。
それで十分だ。
「じゃあ二十二時十三分、搬入口の防犯カメラに映ってるのは誰だ」
椎名の目が初めて大きく揺れた。
もちろん、完全な映像なんてない。
成瀬の観測固定で残った断片と、桜庭の端末ログ、それに現場の時間記録を黒瀬が組み直したものだ。
でも、ここで必要なのは裁判じゃない。
“否定させること”だ。
高槻が椎名を見る。
ほんの一瞬。
その視線に命令が乗る。
俺には分かった。
椎名にも分かったはずだ。
「椎名」
高槻の声は穏やかだった。
「言ってあげなさい。昨日は私と一緒にいたと」
命令じゃない。
でも命令だ。
椎名の喉が上下する。
数字は五二、四八、四三。
保科が机の下で手を握る。
結果保留の準備だ。
黒瀬は文面を読み上げる。
「本交渉下において、参加者は自己関与の有無に関し虚偽を申告しない」
椎名は逃げられない。
ここで黙れば高槻が崩れる。
喋れば、自分が崩れる。
高槻が微笑んだまま言う。
「大丈夫だ」
最悪な慰めだった。
椎名が、口を開く。
「……昨日、僕は」
数字が、三〇まで落ちる。
「高槻さんと、ずっと一緒にいました」
言った。
その瞬間、会議室の空気がひび割れたみたいな音がした。
椎名の首筋に、白い亀裂が走る。
本人もそれに気づいた顔をしたけど、遅い。
高槻が初めて立ち上がる。
でも保科が先だった。
「止まれ」
彼女の能力が一拍だけ結果を遅らせる。
亀裂が広がりきるまでの、ほんの数秒。
その数秒の間に、俺は言う。
「今のは嘘だ」
領域がそれを拾う。
椎名の身体は、静かに崩れた。
森下のときみたいな唐突さはない。
紙が濡れてほどけるみたいに、輪郭から消えていく。
全員のスマホが震える。
`現在の生存者:92`
`消去済み:8`
高槻の笑顔が、完全に消えた。
「……見事だ」
褒め言葉なのに、声は冷えている。
「ありがとう」
そう返した自分の声が、少しだけ前より冷たく聞こえた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
やっと一度、相手に傷を返せました。
でも気持ちよさのあとに少しだけ冷たいものが残ったなら、ユウの勝ち方が変わり始めた感じも届いている気がします。
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次は、第1部の一区切りです。




