第15話 九十二
椎名が消えたあと、会議室には妙な静けさが残った。
勝った。
たしかに勝った。
でも、手放しで息を吐ける感じじゃない。
成瀬の席が空いたままだからか、高槻がまだ目の前に立っているからか、それとも自分の言葉が少しだけ前より鋭くなったのを感じたからか。
たぶん全部だ。
高槻はスマホ画面に出た `92` を一度だけ見て、それから俺へ視線を戻した。
「初勝利、おめでとう」
「祝い方が最悪だな」
「このゲームにまともな祝辞はないよ」
それは、たぶん本当だ。
高槻は椅子を戻し、乱れていないネクタイを整える。
まるで会議が終わっただけみたいな所作だった。
「桜庭」
名を呼ばれて、桜庭の肩がわずかに揺れる。
「次はうまくやることだ」
脅しとも忠告ともつかない言葉を残して、高槻は会議室を出た。
追う必要はない。
今はまだ。
扉が閉まったあと、最初に大きく息を吐いたのは保科だった。
「……しんど」
「同感」
俺も椅子に座り込む。
足が遅れて震え始めた。
あの場では止まっていたくせに、終わった途端に身体だけ正直になる。
黒瀬が端末を閉じる。
「勝ち」
短い。
でも、その一言でようやく少しだけ現実味が出た。
桜庭は笑っていなかった。
珍しく、本当に笑っていなかった。
「……成瀬くんがいたら、嫌な顔したでしょうね」
その言葉に、誰も返せない。
返せないまま、会議室の空調音だけが鳴る。
俺は、成瀬のいた席を見た。
真面目で、怖がりで、それでも最後まで役に立とうとしていたやつ。
勝ったのに、そこだけはずっと欠けたままだ。
スマホが震える。
全員同時だった。
黒い画面。
白い文字。
`第一段階の収束を確認`
`次位階への移行準備を開始します`
`全体会議の開催を予告します`
保科が顔をしかめる。
「全体って、やな予感しかしないんだけど」
「百人規模の会議なんて、普通でも地獄だしな」
「そこに“消える”が乗るの、だいぶ終わってる」
少しだけ、笑いに近い空気が戻る。
たぶん必要なやつだ。
そこで俺の画面だけ、もう一度遅れて震えた。
他の三人には来ていないらしい。
黒瀬が気づく。
「何?」
「……追加通知」
開く。
表示されたのは、短いログだった。
`観測者候補:神代ユウ`
意味が分からない。
分からないのに、嫌な感じだけはよく分かる。
その下に、さらに一文。
`記録を継続せよ`
記録?
誰の、何を。
顔を上げると、黒瀬がこちらを見ていた。
問いただす目じゃない。たぶん、次も一緒に考えるつもりの目だ。
保科は疲れ切った顔のまま、それでもまだここにいる。
桜庭は許されていないのに、席を立たない。
成瀬はいない。
でも、成瀬がいたからここまで来た。
九十二。
その数字は、勝利の数じゃない。
削られたあとに残った数だ。
それでも俺は、そこで初めて思った。
逃げるだけじゃ、もう終われない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第1部の最初の区切りでした。
勝った感じと、全然軽くならない感じの両方が残っていたら、かなり理想に近いです。
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次は、もっと大きい盤面が動き始めます。




