表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/36

35,私は新たな夢を見る


 結果として――


 スイートポテトはとても好評だった。トスカーナ様やリベラート様はいたく気に入って、「これがお芋なの!?本当に!?」と目を輝かせていて可愛らしかった。


 二人は何度もおかわりを強請り、


「晩餐が食べられなくなりますよ。今日は晩餐の一品もレイーラが作ってくれると言っていたのに。貴方達、食べられなくなってもいいのね?」


とセヴェーラ様から言われ、ガーンとショックを受けながら我慢するほどだった。


「でも……確かにこれは手が止まらないな。レイーラ、本当に美味しいよ」

「お口に合ってよかったです」


 どうやらフィルミーノ様にもお気に召してもらえたらしい。私の好きなものが受け入れられた――それが嬉しくて、ほっと胸を撫で下ろす。


「本当に美味しいわ。そうねぇ……。せっかくだから、裏庭の空いているところにお芋を植えさせようかしら」

「確か、比較的簡単に育てられるんだっけ?」

「母様、お庭でお芋を育てるの?」

「わたくしも手伝っていいですか!?そうしたら、またこのお菓子をレイーラ様に作ってもらいましょうよ!」


 セヴェーラ様の提案に、芋の栽培方法を思い浮かべるフィルミーノ様。二人の言葉に、静かな疑問を口にするリベラート様と、楽しげに手を挙げるトスカーナ様。


 ――このままでは、公爵家の裏庭に芋畑が出来てしまう。しかも私のせいで。


 流石に景観が悪いだろうと、私は必死で四人を止めた。


 せめて敷地内ではなく、別の場所を用意してはどうか。伯爵家では、孤児院で栽培させれば主食にもお菓子にも使えていいのではと提案していると伝え……どうにか思い留まってもらえた。


 その後のシチューも絶賛された。ヒューイットにまで調理法を聞かれたくらいで、私は心の底から安堵していた。スープの味わい深さや甘みに気付いてもらえて、私も満足しながら晩餐を楽しんだ。




「今日は本当にありがとう。母上やトスカーナ、リベラートにも振舞ってくれて」

「いいえ。少し不安でしたが、美味しいと言っていただけて安心しました」


 私は家へと帰るため、公爵家の馬車に乗っていた。わざわざ屋敷までフィルミーノ様が付いてきてくれている。


 隣に座るフィルミーノ様に手を握られ、私はドキドキしていた。


「それにしても、料理をしている時のレイーラは、真剣な顔をしたり楽しそうだったり……。やっぱり見学させてもらって正解だったな」

「……恥ずかしいので、そんなふうに思い返さないでください」

「ふふっ」


 くすくすと笑うフィルミーノ様の横顔に、じとりと目を向けながらも愛おしさが募っていく。


「そうだ。――これを」


 そう言って差し出されたのは、細長い箱。開いてみると、そこにはネックレスが収められていた。


 細いチェーンに、キラリと光るエメラルド。


 箱からフィルミーノ様が静かにそれを取り出して、私の首に留めた。フィルミーノ様の瞳の色が、胸元で小さく煌めいている。


「今日の手料理のお礼に。といっても、私がそれを付けてほしいだけなのだけれどね」

「料理のお礼だなんて……。食材は公爵家が用意してくださったもので、私はただ作っただけですよ?」

「それでも初めての料理を、しかもあんなにも美味しいものを振舞ってくれたんだ。家族みんな喜んでいたしね。……多分、話を聞いた父上が、いつかレイーラに『私にも作ってくれないか?』って言い出しそうな気がするよ」

「こ、公爵様が……?」


 アルジェント公爵は、ずっと裏で協力してくださっていた。今はランディーニ侯爵と一緒に、解決に向けて奔走しているという。



 話によるとセズデスは既に廃嫡され、平民に落とされたそうだ。悪さをしないよう、領地で監視付きの生活を強いられているのだとか。誰も彼に手を貸さず、けれど非道な行いをしそうになった時だけ罰を与えられる――そんな毎日を送っているという。


 ランディーニ侯爵夫人も離縁され、生家に送り返された。けれど生家からもすぐに絶縁され、セズデスと同様に平民に堕ちたらしい。


(あの二人が平民として生きていけるはずないわ。きっと二度と会うことはないのでしょうね)


 デリツィラの生家であるアッバティーニ侯爵家は、なんと闇オークションの元締だったそうだ。違法奴隷商との繋がりも判明していて、家ごと断罪され処刑が確定している。


(まさかデリツィラの付けていたあの香水が、理性を鈍らせて人の欲望を煽る違法な品だったなんてね……)


 これまでほしいと願ったものを簡単に手に入れてきたデリツィラは、自分に靡く気配のないフィルミーノ様に強い苛立ちを抱いていたそうだ。


 婚約が決まり、ついに彼が自分に傅く時が来たのだと、ガーデンパーティーの日に例の香水を浴びるほど振り撒いていった。


 これで彼は自分の思いのまま――そんな愉悦感に浸っていたデリツィラだったが、フィルミーノ様の態度が変わることはなかった。


 貼り付けたような紳士的な笑みは崩れず、向けられる瞳に熱が宿ることもない。


 つまり――“全く意識されていない”。


 それはデリツィラの自尊心をひどく傷付けたのだろう。それをきっかけに、彼女はこれまで以上にフィルミーノ様へ異様な執着と嫌悪を募らせていったという。


 結んだばかりの婚約のため、簡単には解消されないだろうと高を括ったデリツィラ。違法な場所で以前から顔を合わせていたセズデスと遊ぶことで、自尊心を埋めていたらしい。


 更に、闇オークションの伝手を頼りに、フィルミーノ様の理性を奪うため、催淫剤や麻薬を取り寄せていたそうだ。


(怖すぎるわ。フィルミーノ様に香水が効かなくて、本当によかった……)



 そんな国の上位貴族である二つの侯爵家が絡んだ大事件に、国王陛下からは迅速な解決を求められているそうだ。


 ただでさえお二人とも元から多忙な方だというのに、ずっと王宮から戻れない日々が続いているそうで……大変心苦しい。


「それならせめて、今日作ったスイートポテトを差し入れていただければ……」

「無理だろうね。母上や二人が『嫌だ!』って言うだろうから」

「えぇ……?」


 トスカーナ様やリベラート様はともかく、セヴェーラ様まで?夫を労わってあげましょうよ……と苦笑してしまう。


「ねぇ、レイーラ。これからは何がしたい?」

「……え?」

「今まであの男のせいで、君の人生が消費されてきたんだ。私は君に、やりたいことが出来る人生を送ってほしいんだよ」


 フィルミーノ様にそう言われ、私は目を丸くしたまま、そっと自分の手へ視線を落とした。



 ――ただ、レイーラを貶めた罪を暴くために必死で。


 断罪が終わったあとは、優里に戻ってしまうかもしれない恐怖から、フィルミーノ様への想いに蓋をしようとした。


 想いが通じ合った途端、まさか婚約することになり、想像以上に公爵家の人達に受け入れてもらえて……。

 


 これまでは、ただ目の前のものに翻弄される毎日を送っていた気がする。優里の頃だって、あの男や周囲の声に振り回されてばかりだったから。


『私は君に、やりたいことが出来る人生を送ってほしいんだよ』


 こんな優しさを向けられて、私の頭に過ぎったのは――もう会うことのない、過去の私であり、親友の顔。


 セズデスへの復讐に燃えていた時よりも、優里に別れを告げてからの方が、あの子の存在を思い出すことが増えていた。


 あの子はどうしているだろうか。

 あの子ならこんな時、どうするだろうか。

 あの子がいてくれたら、どんな反応をしただろうか。

 

 あの子は――幸せにしているだろうか。


 そんな、問いかけることの出来ない疑問と願いばかりが募っていた。


「……おいで、レイーラ」

「……っ」


 その声に、私は体を寄せた。ぽろぽろとこぼれ落ちるこの涙の理由はきっと、言いしれない寂しさだろう。


「……フィルミーノ様、私の話を聞いてもらえますか?私が見た、夢の話を」

「夢?」

「はい。もう会うことのない、夢の中の親友について……」

「レイーラが親友と言うなんて。それは是非聞かせてもらいたいな」


 柔らかく笑ったフィルミーノ様は、馬車の壁をコンコンコンと三回叩く。すると、ガラガラと揺れる馬車の速度が少しだけ落ちた。


 私はフィルミーノ様の肩に寄りかかりながら、一人の姿を思い浮かべる。


(たったひと月ほどの間に、本当に色々あったわね……)


 ここ暫くの、短くも長く濃い日々を丁寧に伝えていく。そうして語るうちに、胸に浮かんだ願いは一つだけだった。


(かつての悲しみや痛み。二人で分け合った苦しみや怒り。鏡越しに重ねた手を……あの子の存在を、忘れたくない)


 あの子がこの世界にいたことを。

 あの子が踏み躙られながら耐えてきたことを。

 あの子が新たな出会いを経て前を向けたことを。


 あの子が私と同じように、相手の境遇に胸を痛め、そして、私に訪れた出会いや幸福を喜んでくれたことを――。


 私は決意を胸に、顔を上げた。


「……フィルミーノ様。私、やりたいことが見えた気がします」

「そう。私に何か手伝えることはあるかな?」

「それなら――」


 今は鮮明な記憶も、いつかは薄れてしまう。どれだけ嫌だと拒んでも、私はかつての自分の顔や声さえ思い出せなくなってしまうのだろう。


 けれど、いつだって彼女を思い出せるように。彼女を失わないために――。


 私は新たな夢を見る。それは、川底に沈むような、血の海に溺れるような、冷たく痛々しいものとは違う。


 暗闇に朝日が差し込み、温かな光に包まれた先で待つ、期待と希望に満ちた二つの未来を信じて。



 私は――筆を取った。





次回、いよいよ最終話です!

来週5/16(土)の更新で完結いたします。

最後までお付き合いいただけますと幸いです( .ˬ.)"

※完結後には、これまでいただいたご感想への感謝も込めて、活動報告を更新出来ればと思っております。

いつも本当にありがとうございます。


また、完結の前日5/15(金)には短編を一作投稿予定です。

 ▶短編・新シリーズ「恋落ち目撃シリーズ」

  目撃したそれは、はたして“恋”?

こちらもお時間がありましたら、覗いていただけますと嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ