29,平穏には程遠そうな
次の日、私は休むことなく登校した。昨日の出来事のせいか、学園はひっそりとしていた。
教室に入ると、ずっとレイーラを心配してくれていた二人の令嬢達が駆け寄ってきた。
彼女達は「レイーラ様があんな凛々しく対応されるなんて」「わたくしとても驚きましたわ!」と嬉しそうに話してくれた。私は、自分の席の近くの窓を開けながら返事をする。
「巻き込んでしまうかもしれなくて、最近あまりお話し出来なかったけれど……これからも変わらず仲良くしてくださる?」
「勿論ですわ!」
「レイーラ様が悪くないのは一目瞭然でしたもの。こちらこそ宜しくお願いしますわ」
そうして和気あいあいと話していると、そこへ別の令嬢達が声をかけてきた。
「まぁ、それなら是非、わたくし達も仲良くしていただけません?」
「そうですわ。お茶会に呼んであげても宜しくてよ」
昨日の今日だというのに、令嬢達はまだ私を軽んじているのか、薄ら笑いを浮かべている。フィルミーノ様がおらず、私が一人なら何も出来ないと思われているのだろうか。
私は二人を庇うように前に出ると、「結構ですわ」とすっぱり断った。
「なっ!?貴女、アルジェント様に庇っていただいたからって、少し調子に乗っているのではなくて!?」
「では聞いてもいいかしら?影で好き放題、私を悪く罵っていたくせに、謝罪もなく受け入れてもらえるとどうして思えるの?」
「……っ」
じっと見つめると、令嬢達は言葉を詰まらせた。
「それに、本心では私と親しくなりたいなんて思っていないでしょう?貴女達は私を足掛かりにして、フィルミーノ様に近付きたいだけ。そんな人達、こちらからお断りだわ」
そう言って私がすげなく断ったことに、令嬢達は顔を赤らめて怒り始める。
「貴女、何様のつもり!?」
「本当に。仲良くして差し上げようと思っていたのに!」
「アルジェント様は何か誤解されているのよ!確かに、ランディーニ様の行いは悪かったのかもしれませんけれど、貴女にだって不貞されてもおかしくない理由があったのではなくて?」
「そうよ!ランディーニ様が浮気なさっていたとしても、貴女が愚鈍で陰湿だったのは事実でしょう?どうせ都合の悪いことは伏せて、アルジェント様に近付いたんでしょう!なんて卑しいのかしらっ!!」
そう言って令嬢達は思い思いに罵倒し始めた。
私の後ろにいる二人の令嬢は「ただの図星でしょう?」「卑しいのはそちらでしょうに……」と囁いている。そんな様子に堪えきれず、私は笑い声を上げた。
「ふふっ、あはは!」
教室の空気が一瞬だけ止まった。全員がぎょっと私に注目する。突然笑い出した姿を見て、目の前にいた令嬢達は気味悪そうに後退る。
それを見て私は静かに目を細め、先程開いた廊下側の窓に近付いて下を覗き込んだ。
「フィルミーノ様、どうですか?」
「うーん……。七割くらいしか書けなかったかなぁ」
「でも七割も書けていれば、おおよそは伝えられるでしょうし、始めにしては十分では?」
「そうかな」
そこには、頭が窓からはみ出ないようにしながら、フィルミーノ様が廊下に座り込んでいた。私に褒められて嬉しいのか、笑顔でこちらを見上げている。
そんな彼はというと――膝の上にメモを乗せ、速記の練習をしていた。
実は学園に向かう途中、アルジェント公爵家の馬車が近付いてきたのだ。
そのまま私は、途中からフィルミーノ様と同じ馬車に乗せてもらうことになった。昨日昼食もとらず帰宅したため、体調の心配をされ、今日からの学園生活の懸念点を伝えに来てくれたらしい。
私もある程度は考えていて、間違いなく手のひらを返したように擦り寄ってくる人間が多いだろうと話した。
「私が侯爵家の執務までさせられていたことは明かしていませんから、不貞をされた被害者だと理解していても、きっと『愚鈍で陰湿な令嬢だったからでしょう?』と考えている方々は多いと思うんです。そうなると、私を通してフィルミーノ様に近付くために『私と仲良くしなさい』と言ってきそうだと考えていました」
そう言うと、フィルミーノ様は心底嫌そうな顔をした。
この綺麗な顔がこんなにも歪む姿など、他の人なら滅多にお目にかかれないだろう。そう考えると、随分心を許してもらえている気がして、私は少し嬉しくなった。
「やっとアッバティーニ侯爵令嬢との婚約を破棄したのに?そうやって近付いてくる令嬢ほど嫌がられると思い至らない時点で、相手をしたくないのだけれど」
フィルミーノ様はそう言って溜息を吐いた。それを聞いて「では、こういうのはどうですか?」と提案したのが、これである。
私が「フィルミーノ様」と言った言葉に、クラスメイト達はざわついた。立ち上がり、窓の下から姿を現したフィルミーノ様を見て、令嬢達は悲鳴を上げた。
「あ、アルジェント様……!?」
「どうしてそんなところに!?」
「やぁ、ごきげんよう。レイーラ嬢のように会話全てを書き切ることは出来なかったのですが、話は全部聞かせてもらいました。ランディーニ侯爵が直々に裏取りをされた上で、レイーラ嬢に非がなく、婚約破棄の申し出を受けられたと……昨日あれほど説明したというのに。それでも彼女をそんなふうに非難出来るなんて」
「そ、それは……っ」
私を罵倒していた令嬢達は、教室の中央で寄り添うようにひと塊になっている。
身を寄せ合って暖を取っている動物のように震えているが、決してそんな可愛らしいものではない。手心を加えるつもりもないので、私は黙りを決め込んだ。
「不貞をされてもおかしくないなんて、君達は理由があれば不貞を肯定するような物言いをするのですね。私はそんな考えを抱く人は信用出来ませんし、そうして他人を貶める人も許せないんですよ。――特に、私と共に戦ってくれた彼女に向かって、そんなふうに言うのはね」
「あ……っ」
令嬢達はもう何も言えない様子だった。へたりとその場に座り込み、何人かは俯いて涙を流し始めた。
「そうして泣けば許されるとお思いですか?『こんな大勢の前で非難されるわたくしって可哀想』とでも?昨日彼女が言っていた言葉を、今度は私が君達に言いましょう」
フィルミーノ様の容赦ない言葉に、令嬢達の肩がびくりと跳ねた。まさに昨日、そうして泣き真似を振舞ったデリツィラが最後どうなったかを思い出したのだろう。
「理不尽に非難され、傷付いてきたのはレイーラ嬢であって君達ではありません。私は君達も許す気はありませんし、これから君達が他人から非難を向けられることがあれば、彼女と違って自業自得であることを、ゆめゆめ忘れないでくださいね」
フィルミーノ様はにこりと笑みを作る。しかし、その瞳はとても冷ややかだった。けれどその後、くるりと私に顔を向けた時の瞳は、既に柔らかなものへと変わっていた。
「……やはり、暫く授業に参加するのはやめておかないかい?私が立ち去った後、彼女達や他の誰かにレイーラ嬢が襲われないか心配だよ」
そう言われて、教室を見る。令嬢達の顔を見ても、あまり反省の色はない。きっとフィルミーノ様に嫌われたことしか頭にないのだろう。
謝罪をする気配もない。ただ悲しんでいるか、悔しそうにしているかのどちらかだ。フィルミーノ様が危惧したように、彼が自分の教室に向かった後、彼女達に掴みかかられるかもしれない。
「……そうですね。学園内が落ち着くまでは、授業には出ずに自主学習の許可をいただいた方がいいかもしれませんね」
「一人は危険だろうから、暫く私も一緒にいられるようにするよ。学園の図書室なら受付に司書がいるし、誰が利用しているか把握しているだろう。静かに勉強するには丁度いいと思わないかい?」
ここまで私を案じて、出来る限り一緒にいようとしてくれる――そんな彼の言葉に、私は思わず目を丸くした。それと同時に、ある言葉が頭の中で蘇って、じわりと顔が熱くなる。
反応のない私を見て「レイーラ嬢?」と首を傾げるフィルミーノ様に、視線を逸らしながら「……なんでもありません」とだけ返した。
夢の中で優里に向かって「そんなの絶対に気があるじゃない!」と言った自分の言葉が、そっくりそのまま優里の声で返ってきたような気がした。
誤字報告をくださる皆々様、誠にありがとうございます!
今回、そんなところで言葉が抜けることある?といったミスがありました。申し訳ございません。
スマホとパソコンで執筆や確認をしているのですが、スマホで修正したはずのものがパソコンで反映していない……といった事故が時々発生し、過去データを遡ったり、データが戻らずどう手直ししたか失念して書き直すこともたまにあります。
さて、今回の私には一体何があったのか……(遠い目)
何にしても、私の確認不足です。ご指摘感謝いたします<(_ _)>
【完結保証】と記載している作品だけあり、完結まで執筆済・確認した前提で予約投稿をしており、余裕があれば投稿前に見返しているのですが、見返せない時も多々あり……。
お恥ずかしい限りですが、誤字脱字等、今後ともお気付きになられた場合は、ご指摘のほど宜しくお願いいたします……!




