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26,やはり罪は暴かれる


 優里はこれまでのことを書き綴り、諒一に読んでもらった。

 

 何度言っても変わらなかった蓮弥。自分の浮気を優里のせいだと罵り、貶めてきた言葉の数々。

 

 その上、川に突き落とされたあの日をきっかけに、恐怖からこれまでのように強がっていられなくなったと……。

 

 魂が入れ替わったことで、人格が変わったと言われるかもしれない。だから、その変化を周囲に納得させる理由として、諒一にはそう伝えたらしい。


 諒一はその手紙を読んでいる時、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、顔を(しか)めて苦しげな表情を浮かべながらも、最後まで読んでくれたという。

 

 そうしてまた返事を書くために、諒一は鞄から便箋を取り出した。後々本人から聞いたそうだが、優里に返事を書くためにわざわざ買ってきたらしい。

 

 楽しげに「可愛いでしょう?」と笑う優里に、私は「そうね」と微笑み返す。

 

 諒一が去った後、その手紙を読むと、そこには純粋に身を案じる言葉と、男である自分と関わっていて苦しくないかと気遣う言葉が綴られていた。

 

 そんなふうに、同じ空間にいながら一言も声を交わさず、手紙だけでやり取りする日々が続いたそうだ。



 諒一と接することで気持ちが落ち着いていった優里は、徐々に食事をとれるようになっていった。

 

 そして退院の前日、また返事を書き出そうとする諒一を見て、優里はついにベッドから降りて近付き、椅子に腰かける諒一に話しかけたそうだ。


「……助けてくれて、ありがとうございました。話を聞いてくれて、ありがとうございました」


 涙声で頭を下げる優里に諒一は手を伸ばし、けれど震わせてからその手を止めた。

 

 優里は顔を上げてきょとんとする。


「……危ない危ない、感極まって抱き締めそうだった。男が怖いのに、そんなことしたらいけないな。握手なら……大丈夫か?」


 そう言って笑う諒一もまた、何故か泣きそうな声だった。優里は溢れ出す涙と感情を止められず、気付けば大胆にも自分から諒一の手を握って泣いてしまったそうだ。



 少し経ってから泣き止んだ優里に、諒一は「警察に相談しよう」と告げた。

 

 優里は蓮弥に突き飛ばされて川に落ちたことを、その時はまだ家族にさえ打ち明けられていなかった。警察に言うなんて、優里にとっては更に大きな勇気の要ることだった。


「あの人は絶対に『自分はやってない』と言います。川に落とされた証拠なんて何もありませんし……」

「いや、あそこなら証拠があるかもしれないんだ」

「……?あそこなら?」


 意味深な言葉を残し、「一旦任せてほしい」と言う諒一に優里は頷いた。そして二人は連絡先を交換した。




 暫くして、退院した優里の元に諒一から連絡が届いた。

 

 優里は母を連れ、言われた通り警察署へと向かった。すると、そこにわざわざ諒一も来てくれたという。

 

 母は優里を助けてくれた人として諒一と顔を合わせていたため、「また何かお世話になっているようで」と恐縮していた。


 警察署に入ると、諒一が要件を伝えてくれる。先に被害相談の窓口で話をしてくれていたそうで、すぐに個室へと案内された。

 

 優里は諒一に背を押され、母と警察官の前で、何故自分が溺れることになったのかを語った。

 

 母は顔を青くし、体を震わせながらその話を聞いていたそうだ。全てを話し終わった後、警察官は「証拠なら見付かる可能性が高いですよ」と言った。


 優里が驚いて諒一へ顔を向けると、彼はほっとしたように胸を撫で下ろしていたという。


「あそこの川は、氾濫などの状況監視のためにライブカメラが設置されています。時間区切りの静止画ではなく、動画が撮影されているんですよ。鴨下さんが川に落ちた位置を考えると、その時の様子が映っている可能性は非常に高いです」

「そんなものがあったなんて……」

「それに、貴女と同じく下校中の学生もいたでしょうし、車通りもそれなりにある時間帯ですから。目撃者の証言やドライブレコーダーの映像も見付かる可能性は十分ありますね」

「な、言っただろ?」


 彼はにこりと笑顔を返してくれた。


「ど、どうして……?」

「俺、大学で自然災害とか社会災害について学んでいるんだよ。あの日は授業のレポート提出のために、近くの川の防災について書くかと思って歩いていたんだ」

「そうだったの?」

「うん。だから、カメラが設置されているのは調べて知っていたし、あの日から同じ時間帯にそこを何度か通ってみたけど、人通りも車通りもそれなりにあったから、証拠や証言が見付かるんじゃないかって思ってさ」


 諒一は、ライブカメラの映像データは数日から数週間で上書きされてしまうことも知っていた。だから前もって相談をしてくれていたという。


 安心したように、「学んだことがこんなふうに役立ってよかったよ」と眉を下げた。


「鴨下さんの証言が事実なら、少年は貴女を川に突き落として溺れさせ、それを見ていながら通報もせず、助けることなく立ち去ったことになります。捜査の上で判断されますが、可能性としては、もし殺す意思があったのなら殺人未遂罪にあたりますし、殺す意思まではなかったと言い張ったとしても傷害罪にあたります」

「殺人……っ」


 その時、優里の脳裏に過ぎったのは、魂が入れ替わる前――生きることを諦めて下ろされた手のビジョンだった。


「貴女が無事だったからといって許されることではありません。もし望まれるのでしたら、このまま被害届を提出出来ますよ」


 警察官にそう告げられ、優里の記憶にあるこれまでを思い返した。

 

 あの川に突き落とされた日から、諒一はずっと優里を気にかけてくれていた。だというのに、蓮弥が見舞いに来ることも連絡をしてくることもなかった。

 

 そんな蓮弥は今、自首することなく、何食わぬ顔で生きているのだろう。――あれほど傷付け続けた優里を、川に突き落としておいて。


 そんなことが罷り通ってたまるものかと、これまでにないほど強い怒りを抱いたという。


「あの空間ですれ違った本物の貴女は、涙を流しながら労わるような目で、私に手を差し伸べてくれていたでしょう?」

「だって、貴女がそんなことをされる謂れがないと思って……!」

「えぇ、私も同じ気持ちなの。貴女は自分の性格がきついと思っていたようだけれど、ずっと正しいことを言っていた。ただ少し不器用で、柔軟に生きられなかっただけ。そんな彼女を傷付ける人達が悪かったのにって……許せなかったの」


 そこで優里は決心し、被害届を提出した。両親にはそんな相手がいる学校に通うのは怖いと言い、警察の捜査状況を聞くまで、優里は学校を休むことにしたそうだ。




 ライブカメラの映像データは証拠として分析され、そこには諒一や警察官が言ったように、優里が不自然に川へ落ちていく様子が映っていた。

 

 拡大して解析すると、優里を川に落とした後、その場から走り去っていく姿も捉えられていた。


 他にも優里と蓮弥との関係や、蓮弥が日頃浮気を繰り返し、街中で優里が怒っていたことも見られていたため、蓮弥がどんな男であるかの証言はすぐに集まった。

 

 また、川に落とされた日、近くで喧嘩していた二人を見たという目撃情報や、ドライブレコーダーに映る二人の姿も、警察がすぐに揃えてくれた。



 数週間後、捜査の結果、警察が蓮弥の家を訪れ、彼は逮捕されることになったのだ。




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