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23,全ての悪役は裁かれる


「私達は、互いの婚約者の不貞をきっかけに喫茶店で知り合いました。私はまだしも、彼女は格上の侯爵家との婚約を破談に出来るだろうかと悩んでいました。ですから、『一緒に婚約を破棄させましょう』と持ちかけたのです」


 フィルミーノ様は場を少し和ませるように、にこやかな笑みを浮かべて話す。隣に並ぶ私を協力者だと示しながら。

 

「喫茶店の店員にも、嘘偽りなく証言してくれるよう確認を取っていましたから。不貞の現場をそれぞれの婚約者が見ていて、その時の会話の記録もあるのだから、丁度いいじゃないですか――とね」

 

 しかしその笑みには、獲物を追い詰めたような獰猛さを孕んでいた。そんなフィルミーノ様の演出に応えるよう、私も被害者らしい振舞いで訴えかける。


「フィルミーノ様が働きかけてくださり、アルジェント公爵様からランディーニ侯爵様に手紙を渡していただきました。私達は侯爵様と直接お会いして、経緯を全てお伝えしたのです」

「ですから、全ての裏取りは侯爵自ら行ってくださっています。侯爵はレイーラ嬢やご家族に謝罪され、婚約破棄に署名されたんですよ。君のような愚息の行いのせいでね」


 ここまで堂々と語られて、嘘だと思う者はもういない。食堂に集まった令息令嬢達の視線が、セズデスとデリツィラへ突き刺さっていた。


「おい、嘘だろ……?まさか、この間俺が閉じ込められていたのは……っ!」


 何かに気付いたセズデスは顔を真っ青にし、そして縋るように私を見た。その目を断ち切るように、私はフイと顔を逸らす。


(どうしてそんな顔が出来るのか、分からないわ)

 

 レイーラが理不尽な思いをしながら謝罪をし、泣いて縋ろうとも足蹴にしてきたのだ。それにきっと、他にもこの男に踏み躙られた女性は多くいるはず。


(許せるはずがないでしょう?私はあの子の過去を、全て見たもの。この体も……まだ覚えているの。どれだけ辛かったか、悲しかったか……!)

 

 一切取り合わない私の様子を見て、がくりと項垂れたセズデス。デリツィラは本当に泣き始め、喚き散らした。


「アルジェント様が悪いのですわ!わたくしとの婚約が決まったというのに、全然愛してくださらないからっ!」

「これまでの貴女の行いを見て、どうして愛してもらえると思うのですか?私の婚約者候補に名の上がった令嬢達を、手当り次第に攻撃するような人なのに」


 フィルミーノ様の声はとても冷ややかだった。しかし、デリツィラは髪を振り乱して反論する。


「それならどうして婚約を結んだのです!?わたくしを見初めてくださったからでしょう!?」

「いいえ。これ以上多くのご令嬢を傷付けられるくらいなら、貴女を公爵家の監視下に置いてしまった方がいいと判断したからです」

「なっ!?」

「貴女の行いのせいで、我が公爵家が水面下でどれほど対応してきたとお思いですか?それなのに、愛してくれないから?見初められたはずなのに?――自惚れるのも大概にしてください。私は、自ら伴侶に願ったこともなければ、貴女を愛したこともありませんよ」

「そん……な……」


 フィルミーノ様から直接的な否定を受けたデリツィラは、打ちひしがれたように床へ視線を落とす。

 

「私は公爵家の者として、務めを果たそうとしたまでです。けれど、婚約してからも行いを改めなかったのですから、相応の対応をするのは当然でしょう?」

 

 淡々と告げるフィルミーノ様の言葉を受け入れたくないのか、デリツィラは床に伏して頭を振っている。


 冷たい床に(くずお)れた二人に寄り添う者は誰一人いない。多くの取り巻きや異性から持て囃されてきた彼らは、あっさりと見切りを付けられたようだ。


 ――これでも私からすれば、十分手心を加えている。

 

 今暴いたのは、喫茶店での不貞行為と、ガーデンパーティーの日に負った怪我の真実。それに、レイーラがこれまで受けてきた非道な日々の、ほんの一部だけだ。

 

 ランディーニ侯爵が誠実な人でなければ、国を揺るがすほどの罪を叩き付けるつもりだったのだから。

 

 今回の関係者である当主三人を筆頭に、水面下でその問題の対応や処分をしてもらえることになっている。今ここで詳らかにしなくても、実際には多くの人間が何かしらかの処罰を受けるに違いない。


「さて」


 その場をまとめるように、フィルミーノ様が声を発した。


「昼休みという貴重な時間に、お付き合いくださりありがとうございました。そういうわけですから、私もレイーラ嬢も、己の悪評を言いふらすような婚約者から解放された――というお話でした。めでたし、めでたし」


 フィルミーノ様は殊更明るくそう言うと、(おもむろ)にパチパチと手を叩き始めた。周りも吊られるように手を叩き、いつしか食堂は盛大な拍手に包まれる。

 

 私はこの後の流れを聞いているだけに、悪い人だと苦笑してフィルミーノ様へ顔を向けた。


「そうそう。君達二人のご当主からの伝言です。『午後の授業は欠席し、家に戻ってこい』とのことです。職員室にいる間、それぞれの担任にはその旨を伝えてありますので、速やかに帰るといいでしょう」


 婚約破棄を承諾させられたそれぞれの当主。彼らの待つ家に帰らなければならないセズデスとデリツィラの顔色は、更に絶望へ染まる。


(全部自業自得じゃない。それなら最初から他者を軽んじ、虐げる真似しなければよかったのよ)


「ところで……」


 フィルミーノ様は言葉を切ると、ぐるりと周囲を見渡した。


 観客達はこの見世物に満足そうな表情を浮かべ、まるで自分達は関係ないと言わんばかりに舞台を眺めている。そこに笑顔で鉄槌を下した。


「君達は拍手なんてして、何を楽しそうにしているんですか?」

「…………え?」


 フィルミーノ様のにこやかな顔から不穏な言葉が飛び出し、そのちぐはぐさのせいか、全員理解に時間がかかったらしい。間を置いて、各所から「え……?」と不安げな声が上がる。


「そうでしょう?アッバティーニ侯爵令嬢然り、サデーロ子爵令嬢然り、この間レイーラ嬢にわざと肩をぶつけていた令嬢然り……。多くの令息令嬢がランディーニ侯爵令息と一緒になって、悪びれなくレイーラ嬢を嘲笑していましたよね?」


 フィルミーノ様は、きょとんとした表情で首を傾げる。名前を挙げられた令嬢達は、ギクリと肩を揺らす。


「影で罵る程度なら目を瞑りましょう。けれど、彼女に直接手を出した者や、手は出さずとも口を出していた者は多くいるでしょう?なのに、まるで自分は関係ないという顔で、この断罪劇を楽しんでいるようでしたので。不思議に思いまして」


 次第に彼の言葉の意味に気付き始めた観客達は、息を呑んだり声にならない呟きをこぼしたりして慌て出した。先程まで断罪劇を喜んでいたとは思えないほど、顔色の悪い者が多い。


「君達は決して観客ではありませんよね?彼らほど大役ではなくとも、脇役として彼女を虐げる役回りを十分してきたではありませんか。――彼らと同じく、悪役として」


 フィルミーノ様の告げた事実に、空気が凍っていく。そこへ、私が追撃すべく付け足す。

 

「実はランディーニ様の不貞を見て、フィルミーノ様の協力が得られるようになったあの日から、周囲の方々にいただいた色々な言葉も全て記録しておくことにしたんです」

「いつ、どこで、誰が、誰に、何をしたのか、もしくは何を言ったのか……。私もこれを機に、自分が見聞きしたものはすぐ書き留めるようにし始めました。これはその時の状況がすぐ思い返せて、非常にいいですね」


 そう言いながら、それぞれ胸ポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 

 フィルミーノ様は私の手帳の表紙を目敏く見つめ、「それは何と書いてあるの?」と緊張感なく聞いてきた。そこに触れられると思わず、私は「……内緒です」と言葉を濁した。

 

 まさか勢いで書いてしまったアレを見られ、恥じることになるなんて……と、少し顔を赤らめる。コホンと咳払いして表情を整え、観客だった者達へ告げる。


「昼食や放課後に、堂々とランディーニ様と予定があるとおっしゃったご令嬢方。他にも、私を馬鹿にした発言をしたご令息ご令嬢方。――逃げられると思わないことです」

「後日、それぞれ誰が何をしたのか、簡単に記載された抗議文が該当者の家に届くはずです。公爵家と伯爵家、当主二人の署名付きのね。仮に証言しかないのだからと否定された場合、時間をかけて過去までしっかり調査させていただくことになりますから。嘘偽りなく話されることをオススメしますよ」


 私の静かに燃えるような怒りと、フィルミーノ様の不気味にも感じる笑顔に、思い当たる節のある者達は膝から崩れ落ちた。

 

「ち、違う……わたくしはっ」

「みんながアイツを非難していたから……!」

「だって、セズデス様が!」


 聞こえてくるのは謝罪ではなく、誰かに責任を押し付けるような悲鳴ばかり。


 その惨状の中で、フィルミーノ様が私に手を差し出した。

 

 不貞をしていたセズデスとデリツィラを断罪し、彼らとの婚約破棄を公開した後、レイーラを侮辱してきた者達にも許す気はないと宣言する――。

 

 それ以外に聞かされていなかった私は、きょとんとしながらその手に自分の手を重ねる。


「私達も今日は失礼します。君達は残りの昼休み、味わえるかは分かりませんが昼食をとって、授業に戻ってくださいね」

「……っ!」


 あまりにも辛辣すぎる嫌味に、私は吹き出しそうになる。フィルミーノ様は悪戯が成功したように笑って「行こう」と手を引く。

 

 セズデスやデリツィラが「待ってくれ!」「アルジェント様、どうかお話を!」と言い縋る悲鳴を切り捨てて、私達は食堂を後にした。



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