22,暴かれていく罪
私とフィルミーノ様、そしてセズデスとデリツィラ。
その中間――裁判の証人席のような位置に招かれた令嬢は、顔を真っ青にし、体を縮めて立っていた。
フィルミーノ様はそんな様子もお構いなしに、令嬢へ問いかける。
「サデーロ子爵令嬢。正直に話してください。君達が彼女に何をしたのか」
「…………ぁ……っ」
子爵令嬢は呻くような声を漏らし、俯く。胸元で手を握り、カタカタと震えていた。セズデスに便乗して暴言を吐き、頭から血を流すレイーラを見て逃げ出した時とはまるで様子が違う。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかっただろうが、家名まで宣言されてしまって黙っていられるはずもない。
フィルミーノ様は、口を閉ざしたままの子爵令嬢に淡々と現実を突き付ける。
「黙っていても構いませんよ?ただし、その場合は、公爵家を敵に回す覚悟をしてくださいね」
「……っ!」
「頭から血を流して倒れていくレイーラ嬢を見付け、保護したのは他でもない私ですからね。貴女が話さないなら隠蔽、嘘を吐くなら偽証になります。そうなれば――貴女だけでなく、家族も罪に問うことになるでしょうから、そのつもりで」
子爵令嬢のヒュッと息を呑んだ音だけが食堂に響いた。そして耐え切れずに顔を覆い、項垂れた。きっと後悔に苛まれているのだろう。
フィルミーノ様は、決してレイーラが突き飛ばされたところを目撃したわけではない。けれど、意識を失い倒れていく姿を見たのは事実だ。
彼らが言いがかりだと主張してこちらが否定出来ないのと同様に、フィルミーノ様がその前から見ていたと言っても、誰もそれを否定出来ないのだ。
「わ、私は……!あの日、ヴァレンティ様をセズデス様と一緒になって非難して……っ。そうしたら、セズデス様がヴァレンティ様を突き飛ばしたんです!」
「なっ!?」
「私は見ていただけなんです!!でも、ヴァレンティ様が頭から血が出ているのを見て、怖くなって……セズデス様と逃げてしまったんです」
「デタラメだ!そんな証言、いくらでも言わせることが出来るだろう!そんなものは証拠にはならないっ!!」
セズデスは吠え、子爵令嬢の言葉を否定する。しかし、その声に同調する者は誰一人いなかった。
「証言であって証拠ではない。確かにそうですね。ですが、おかしいと思いませんか?レイーラ嬢は君の婚約者だというのに、あの茶会で侍女のように後ろを歩かされていました。多くの方が見ていたはずです。そうですよね?」
フィルミーノ様がそう問いかけると、みな頷かざるを得ない。セズデスは隣に彼女を置き、レイーラを後ろに従わせていたのだから。
「風で飛ばされたレイーラ嬢の帽子を拾った私も、その姿を見ましたからね。その後、君が彼女の腕を強引に掴んで連れ去りましたが……それから差程時間を開けず怪我をして倒れていく彼女を見付けたんですよ?」
「そ、それは……」
「それまでずっと後ろを歩かせていたのに、その一瞬だけ離れて別のところで談笑していたと?不思議なこともあるものですね」
フィルミーノ様の口は笑っているが、目は細めるだけで全く笑っていない。温度を感じない瞳に、セズデスは言葉を詰まらせる。
「それなら、どのくらい長い間そこで談笑していたのか、みなさんに確認してもいいですよ。一緒に談笑していた者達も、その周囲にいた者達も含めてね。その時間が証拠だと言われても、否定出来る自信があるのでしょう?」
「…………っ」
セズデスはもう言い逃れ出来ないと悟ったのか、目に見えて顔色が悪くなる。
「嘘でしょう?」
「令嬢にあんな大怪我を……?」
ヒソヒソと囁き合う声が広がっていく。そこへ、私が一歩前に出た。
「話を戻しますけれど、そんなこともあって、彼の婚約者として言いなりになっていることが心底馬鹿らしくなったんです。弟の看病だと嘘はつきましたが、自分のために休む時間も必要だと、気晴らしに街に行こうと思ったのです。それを非難されなければなりませんか?――他でもない、貴方に」
これまでとは違うレイーラの様子と、婚約者から理不尽な扱いを受けていた事実。長らくレイーラに向けられていた冷笑ではない、同情的な視線が寄せられる。
それを感じ取ると、更に周囲を巻き込むために、私は哀れな令嬢の仮面をそっと被ってみせる。
「ですが街に出てみれば、他の令嬢と恋人のように歩く婚約者がいるではありませんか。罵倒され、突き飛ばされ、病み上がりでも関係なしに婚約者のいない屋敷へ行かされて……。それを見た私が悲しみ、腹を立てるのは、そんなにもおかしなことでしょうか?」
胸元に手を当て、訴える。私の問いかけに多くが顔を顰め、セズデスを訝しむように目を細めた。
そこで、フィルミーノ様が軽く言い放つ。
「ちなみにね、実は私もそこにいたんですよ。婚約者に決まったはずの相手が、外で男と遊んでいるだなんて聞かされれば、確かめないわけにはいきませんからね。そこで懸命に何かを書き取っているご令嬢がいて、それがレイーラ嬢だったんです」
「少しでも証拠を残そうと、会話を途中から書き取っていたんですよね」
そう言うと、私はあの日書いていたメモの束を取り出した。全員が目を丸くし、紙束に注目する。
「彼らを友人と思っていらっしゃる方、気を付けた方がいいですよ。他人を軽視して馬鹿にするような発言の数々。たった一時間でよくこれだけ話せるものだと感心するくらい、お二人は他人を蔑むことに慣れていらっしゃるようでしたので」
私はそう口にしながら、付箋を付けていたところまで紙束を捲る。そのうちの一枚を私が、別の一枚をフィルミーノ様が手にする。
「アッバティーニ侯爵令嬢は、フィルミーノ様のことを『生真面目で面白みに欠ける』――そう、そう評して嘲笑していましたよね?それに『模範的でお決まりのような言葉と態度ばかり』とも言っていらっしゃいました」
「ランディーニ侯爵令息は、レイーラ嬢を『愚鈍で何も出来ない陰湿な女』と、そう言われていましたね。『俺が何をしようが反抗してこないという意味では、都合のいいハリボテの婚約者で助かる』とも」
明かされた会話に、その場がしんと静まり返る。
レイーラはずっとそう言われ続けていたため、みな知るところだろう。
しかし、デリツィラに至っては格上の公爵令息――令嬢達からも大層人気なフィルミーノ様に対してそんな言葉を向けたとあって、「アルジェント様、お可哀想……」と令嬢達の囁きが広がっていく。
「ですが私は、これほど丁重に令嬢として扱ってくださる方を他に知りません。アッバティーニ様のお言葉は、フィルミーノ様の心からの言葉や表情を引き出せなかっただけの、見苦しい逆恨みではありませんか」
「なんですって!?」
「まさか婚約者に選ばれたというだけで、フィルミーノ様が傅いて愛してくださるとでも思っていらしたのでしょうか。自ら歩み寄る努力もせずに?もしそうだとすれば、大した自信家ですね。……驕り、の間違いでしょうけれど」
私にとってもデリツィラは格上にあたる。けれど、そんなこともお構いなしに、デリツィラをキッと睨み付けて胸の内を明かす。
(フィルミーノ様にそんな言葉を向けるなんて、許せないもの……!)
「私としても、この数週間接しただけではあるけれど、私はレイーラ嬢の優秀さを感じました。それは君自身もよく知るところでしょう。ねぇ、ランディーニ侯爵令息?」
「……っ!」
「それに、陰湿?今の彼女を見てもそう言えますか?これほど美しいレイーラ嬢を日陰者にしたのは、紛れもなく君自身では?嘘偽りの評価で相手を貶め、家の権力を笠に尊厳を踏み躙り言いなりにするなど……実に不愉快です」
全員の前でそれを読み上げられ、更に吐き捨てられた言葉が二人に効いたようだ。
セズデスは何も言い返すことが出来ずに俯き、デリツィラに至っては、座り込んだまま顔を覆って泣き出した。私はそれを見下ろし、眉を顰めた。
「そうして泣けば許されると?『こんな大勢の前で非難されるわたくしって可哀想』とでもお考えですか?」
疎ましさを隠すことなくそう言うと、デリツィラは伏していた顔を持ち上げ睨んできた。その表情を見て、つい苦笑してしまった。
何故ならその目に光るものはなく、それに気付いたフィルミーノ様や周りの観客達も呆れた様子を見せたからだ。
「この期に及んで嘘泣きなんて」
「最低だな」
「ち、違うわ!誤解よっ!」
デリツィラは本格的にマズいと思ったのか、必死に否定し、訴えかけるように周囲に目を向ける。
けれど、もう遅い。これまで彼女へ向けられていた羨望も敬意も、全てが色褪せたように白けていた。




