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21,既につつがなく


 授業には出ず、宣言通り職員室で時間を潰した私とフィルミーノ様は、昼休みになると先に食堂へ入った。

 

 暫くすると、食堂はあっという間に観客で埋まった。朝の廊下での一件を立ち聞きしていた者達や、彼らから噂を聞いた者達が食堂へ詰めかけたようだ。

 

 ざわめきが渦巻く中――デリツィラとセズデスが食堂へ足を踏み入れ、私達の正面に立った。デリツィラは、朝以上に()せ返るほど甘い香りをまとっている。


(うっ……!なんでわざわざ香水を振り撒いてくるのよ!ここからでも臭うわ……)


 隣のフィルミーノ様を見上げると、同じように眉を寄せている。

 

 四人を中心に、食堂に集まった令息令嬢がぐるりと周囲を囲む。観衆だらけの中、真っ先に口を開いたのはセズデスだった。


「お前はこっちに来い」


 いきなり向けられた、私への命令。

 

 まさかいの一番に言われる言葉がそれとは思わず、私は目を丸くした後、「嫌です」とすげなく断る。

 

 セズデスは信じられないと目を見開いた。まさかこれまで支配してきたレイーラに拒否されるなど、思ってもいなかったようだ。


「お前は俺の婚約者だろう!?」

「……あれだけ人を散々馬鹿にしておいて、よく“婚約者”なんて口に出来ますね」

「俺が望んでなかろうが、お前は俺の婚約者なんだ!分かったらさっさと来い!!」


 容赦ない怒声に、何人かの令嬢がびくりと身を竦める。

 

 甘いマスクと柔らかな声で愛想よく笑うセズデスしか知らない人達にとって、この男の素顔を見るのは初めてなのだろう。怯える令嬢達からセズデスへと視線を戻すと、私はにこりと笑顔を向けて、パンッと手を打った。


「まぁ。私との婚約を望んでいらっしゃらなかったんですね?それなら好都合です」

「……は?」

「本日昼前に、私とセズデス様――いえ、ランディーニ様との婚約は、つつがなく破棄されております。――()()()()()()()


 最後の一言を、わざとゆっくり一音ずつ落とす。

 

 ざわりと空気が波打ち、セズデスとデリツィラの表情が目に見えて強張る。


「お前……何を言っているんだ?」

「何って、事実を述べているだけですが?セズデス・ランディーニ侯爵令息と、私――レイーラ・ヴァレンティとの婚約は、そちらの有責にて先程婚約破棄されました」

「寝惚けたことを言うな!俺とお前が婚約破棄?しかも俺の有責で?そんな話聞いてもいないし、書類に署名した覚えもない!」


 そう吐き捨てて、セズデスは鼻で笑う。しかし私は、何の感情も映さない瞳でひたと見据えた。


「ランディーニ様は、私がこんな大勢の前で虚言を言う愚かな女だと仰りたいのですか?」

「……っ」

「私達はまだ成人前です。本人の署名がなくとも、婚約破棄は成立するでしょう?必要な方の署名さえあれば」


 私が淡々とそう言うと、セズデスは口をわなわなと震わせ「まさか……」と呟く。


「えぇ。ランディーニ侯爵家ご当主――侯爵様の署名があれば、手続きは受理されます」


 私が静かに告げると、セズデスはぴしりと固まった。

 

「つまり、貴方が有責になる婚約破棄を、侯爵様は受け入れてくださった。それがどういうことか……お分かりですか?」

「ここで一緒に報告を。私とそちらのアッバティーニ侯爵令嬢の婚約も、同時に破棄させてもらっています。これが、君達用の書類の控えですよ」


 フィルミーノ様は軽い口調でサラリと自分のことを語り、書類を二人の方へと放つ。近くのテーブルの上を、二枚の書類が滑っていく。

 

 それは職員室にいる間、公爵家の使いの人が届けてくれたものだった。

 

 セズデスは呆然と立ち尽くし、突然話を振られたデリツィラは慌ててそれをひったくるように掴み取った。目を血走らせながら読み進め――「そんな……っ!?」と悲鳴を上げた。


 アルジェント公爵だけでなく、彼女の実父であるアッバティーニ侯爵の署名もある。婚約破棄が成立している事実に、デリツィラはその場に崩れ落ちた。


「君達も知っているでしょう。最近城下で人気の喫茶店で、恋人限定のカップルメニューというものが流行っているのを」


 フィルミーノ様は突然周囲を巻き込むように、視線をぐるりと巡らせた。その問いかけに、ちらほらと「えぇ……」「聞いたことがあるな」と肯定を示す言葉が返ってくる。


 そこで二人は何か思い至ったのか、セズデスは目を見開き、デリツィラは顔色を悪くする。


(フィルミーノ様の言葉だけに頼らず、私もあの日のことを話さないと)


 フィルミーノ様の言葉に続けて、私もあの日の出来事を赤裸々に語り始める。


「私が買い物のため街に出たら、偶然そちらのお二人が、まるで恋人のように腕を絡めて喫茶店へ入っていくところを目撃したんです」


 私がそう言うと、セズデスは顔を赤らめて「お前!」と叫んだ。


「その日は弟の看病がしたいから来ないと言っていただろ!?嘘をついたのか!!」

「えぇ、嘘ですね。だから何ですか?」


 私は嘘をついたと素直に認め、逆に問いかけた。聞いていた全員がどよめく。


「だって、そうでもしなければ私に休みなんてなかったではありませんか。家で寛ぐことも、友人と茶会をすることも許されず、私の予定が不透明なだけで『何処で男を誑かしてきたんだ』と罵られ続ければ。嫌でも予定を断って、侯爵家に行かねばなりませんでしたから。しかも、呼び付けた本人がいない家に」


 私の言葉に、ざわめきが一層大きくなった。理解が追い付かない声が各自から漏れる。

 

「どういうこと?」

「呼んだのに家にいない……?」


 私は観客を見回し、少しだけ声を落とした。


「想像出来ませんか?この方は私を孤立させ、侯爵家に縛り付けておきながら、その裏で他の令嬢と遊んでいらっしゃったのですよ」


 私は演出のように顔を少し伏せると、同情的な囁きが聞こえ始めた。これまで散々レイーラのことを冷めた目で見てきたくせにと思いながらも、その声を遠慮なく利用する。


「私は伯爵家の娘です。婚約者がどれほど酷い人であっても、侯爵家と縁が出来ると喜んでいた父の思いを無下に出来ません。そう思って、耐えて、耐えて……過ごしてきました。けれど――」


 言葉を途中で区切り、私は後頭部をそっと押さえる。そこに包帯はもうない。けれど、多くの者はハッとした表情を浮かべた。多くが、あの怪我の原因に気付いたらしい。

 

「あの日、貴方に突き飛ばされ、怪我を負わされて――目が覚めました。こんな人が当主となる家門と縁が出来たとて、それの何処が我が家のためになりましょう、と」


 恐怖や侮蔑を孕んだ視線が一斉にセズデスへ集まる。

 

 もう苛立ちを隠す気がないらしく、セズデスは近くのテーブルをダンッと拳で叩き付けた。


「言いがかりだ!証拠もないくせに!!」

「証拠なんて、彼女を突き飛ばして逃げておいて、普通は出てこなくて当然でしょう……」


 フィルミーノ様はやれやれと肩を竦めた。


「では逆に、証言が嘘だという証拠を出せますか?」

「そんなものあるわけないだろう!無実なんだからな!!」

 

 声を荒げるセズデス。公爵令息に向けていい言葉ではない。


 それに対し、面白そうに「無実、ねぇ」と笑うフィルミーノ様。その姿は、完全にこの場を支配していた。


「そう言うと思って、証人を探しておきました。あの茶会の日は参加者が多かったですからね。この二人が並んで歩いているところを見た者も多いはずです。さぁ、こちらへ」


 フィルミーノ様がある方向を見て手招きをする。人の波が割れ、顔色の悪い令嬢が足取り重く前へと出てくる。


(確かに、あの人だわ)


 それはあのガーデンパーティーの日。


 自分こそがセズデスの婚約者であるかのような表情で並び歩き、レイーラを罵倒して逃げ去った――その時の令嬢だった。



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― 新着の感想 ―
セズデスに付き飛ばされて頭を打った時に、セズデスと一緒にいた意地悪令嬢! まさか名前も出なかったモブがここで引きずり出されて証人になるとは! 確かに彼女なら、あの時の事を全部見ているので証人たりうる存…
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