19,愚かな婚約者達
テイラーでは、ひとまず最低限の三着だけ購入した。飾りが控えめな靴を二足と、バッグを二つ。包みが増えるたび、私は冷や汗を拭った。
(金銭感覚がおかしくなりそう……!レイーラの記憶があるから、貴族令嬢であれば普通のことだと分かるけれど。普段着のワンピースが平民のお給料数ヶ月分なんて!)
フィルミーノ様とエッダは「もっと買いましょう」と言っていたけれど、とんでもない。
優里だった頃は、特進クラスで勉強に追われていたため、短期のアルバイトくらいしか経験がない。それでも、お金を稼ぐ大変さは理解している。
(この感覚を忘れないようにしましょう。自分が汗水垂らして稼いだわけでもないのに、平然とお金を使う人間にはならないようにしなくちゃ……)
つい渋い顔をしながら、私は自分に言い聞かせていた。
それに、傍から見てプレゼントと疑われる量になることを恐れて、なんとかそれだけに留めてもらった。二人の目は物足りないと訴えていたけれど。
私は店員にお礼を伝えた。
「今日はありがとうございました。またこちらに伺いたいのですが、どのように予約すればいいですか?」
「いえ、ご予約は不要ですよ。次はこちらのカードをお持ちの上でご来店ください」
店員はにこやかに、特別なお客様限定だという顧客カードを取り出した。
「アルジェント公爵令息が直々にお連れになったお客様ですから。気兼ねなくいらしてください」
「……ありがとうございます。またお世話になります」
(気兼ねなく来るような店でもなければ、簡単に買える金額でもないのだけれど……)
思わず引き攣りそうになる表情筋を整えながら、金箔が振りかけられたような仰々しいカードを有難くいただいた。
そして、フィルミーノ様が一着だけと言って贈ってくださったのが、今着ている鮮やかな青いワンピースだ。
髪や目の色とも合っていて、鏡に映った姿を見た時、贔屓目なしにレイーラのために仕立てられたのではと思えるほど似合っていた。
それに合わせて、シルバーのパンプスとバッグも一緒にプレゼントしてもらった。
「ヒールは履き慣れていないだろうから、こっちのほうがいいかな」
と言って、ローヒールのものを選んでくれた。フィルミーノ様は、本当に心配りが出来る人だと感心してしまう。
そこでふと、レイーラの記憶が過ぎった。
(レイーラは何かのパーティーで高いヒールの靴をクズデスに用意されて、足元が覚束なくて馬鹿にされていたっけ)
その日レイーラは、結局一曲も踊ることなく壁の花にされ、足の痛みと惨めさを抱えたまま帰宅していた。余計なことを思い出してしまったと首を軽く振る。
そんな私にフィルミーノ様が手を差し出した。
「流石に長居しすぎたね。他を見て回る前に昼食にしようか」
案内されたのは、有名なホテルのレストラン。予約してくれていた店の個室でゆっくりしながら、とても美味しいランチを食べた。
その後も、アルジェント公爵夫人御用達の化粧品店に連れていってもらい、人気のジュエリーショップを紹介してもらい――彼に頼ってばかりの一日になってしまった。
フィルミーノ様がいるからか、誰もが嫌な顔一つせず丁寧に商品案内をしてくれた。おかげでとてもいい買い物が出来た。
(女の買い物って時間がかかるし、嫌になる男も多いでしょうに……。こんな紳士的に対応してくれる人、何処探したっていないわよ。本当にどうして……)
帰りの馬車の中で、盗み見るようにフィルミーノ様へ視線を向ける。
窓から差し込む夕日。その光に照らされて、透けるように艷めく髪や煌めく緑の瞳。整った顔立ちもあって、絵画から出てきたように見えた。
「……そんなに見つめられると、体に穴が空いてしまうよ?」
声をかけられ、私はどきりとした。外を見ていたから気付かれないだろうと思っていたのに、ばれていたようだ。
「私の顔に何か付いている?」
「いえ、なにも。ただ、その……アッバティーニ侯爵令嬢は愚かだな、と考えておりまして」
「君の婚約者の方ではなく?」
「はい。フィルミーノ様のような素敵な婚約者がいて、どうして他に余所見が出来たのかと……不思議でならなくて」
「んんっ」
フィルミーノ様は少し噎せた後、咳払いをして「失礼」と言った。変な所に空気が入ってしまったのだろうか。
「……生真面目で面白みに欠けると、確かそう言われていたね」
それは喫茶店で、セズデスとデリツィラが吐いた、各々の婚約者への悪口だ。私は憮然とした表情を浮かべる。
「生真面目の何がいけないんです?面白みに欠けるってなんですか?それで選ぶ男がセズデス様なら、確かに不真面目で危険な遊びが得意そうではありますよね。誠実さの欠片もなく、婚約者としては最悪でしょうけれど」
思いのままに捲し立てて、私はぷいと窓の外へと視線を移した。すると、くすくすと笑う声が聞こえてきた。
「どうしてレイーラ嬢が怒っているの?」
「今日一日で、フィルミーノ様がどれほどお優しい方か、よく分かったからです」
「……優しい?そうかな?」
「そうです!女性の買い物に嫌な顔一つせず、あれほど長く付き合ってくださるなんて。相槌を打って興味も持ってくださって。しかも、別の商品まで提案してくださるなんて……」
それはセズデスのこともであるが、優里の時の彼氏を思い浮かべてみてもそうだった。
自分の都合で連れ回すくせに、こちらが店を見たいと言えば、ずっとスマホを弄っていたり「早くしろ」と急かしてきたりするのだ。だから、今日ほど有意義で楽しい買い物は初めてだった。
「男の方にこれほど優しく接してもらったのは、記憶を遡っても家族以外に思い当たりません。そんな方を、あんなふうに貶すなんて……」
納得がいかず、つい悔しさの滲んだ声が出てしまう。
「それならランディーニ侯爵令息も、さぞ愚か者と笑われるだろうね」
フィルミーノ様はそう言って、少し悪い顔をして笑った。その珍しい表情に私は目を丸くする。
「セズデス様もですか?」
「そうだよ。婚約者の令嬢が、侯爵家の執務を全てこなせるなんて有り得ないことだよ。それをやってのける才女で、こんなにも健気で美しいレイーラ嬢を蔑ろにしてきたんでしょう?令息の面目は丸潰れじゃないか」
「そ、それは大袈裟では……」
「そんなことないよ。まぁ、愚かな男がどうなろうと知ったことではないけれど」
フィルミーノ様の言葉に、レイーラのこれまでの努力が無駄ではなかったと評価された気がした。
この身体の元の持ち主であり、虚ろな目で耐え抜いてきた哀れな少女。彼女の日々がフィルミーノ様に認められたようで、自分のことのように嬉しく瞳が潤む。
「フィルミーノ様、ありがとうございます」
「こちらこそ」
話している内に、気付けば屋敷に着いていた。
フィルミーノ様のエスコートで馬車から降りると、見違えたレイーラを見たイラリオとビーチェがフィルミーノ様に感謝を述べ始めた。
「お姉様、凄く綺麗!」
「ありがとう」
ベニートから褒められ、少し照れつつもレイーラへの正当な評価だと胸が温かくなる。
「それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
「本日は何から何までありがとうございました。ごきげんよう」
そう挨拶をした去り際、フィルミーノ様は真剣な表情で私に囁いた。
「明日、学園に彼が戻ってくるはずだ。――覚悟はいいかい?」
「勿論です」
「即答?全く……勇ましく凛々しい子だね、君は」
フィルミーノ様は私の頭を軽く撫で――その頭に一つ、髪飾りを着けた。
「……っ!?」
突然のことに顔に熱が集まる。フィルミーノ様は、悪戯が成功した時の子供のような顔で「プレゼントだよ」と笑った。
エッダが鏡を出して見せてくれたそれは、金の台座にパールが散りばめられ、リーフの形に敷き詰められた宝石がキラキラと輝く一品だった。
リーフには沢山のダイヤモンドが埋め込まれ、外側の列は葉を表現するようにペリドットとエメラルドがグラデーションになるよう並べられている。きっとジュエリーショップで密かに購入してくれていたのだろう。
「あ、ありがとうございます……!」
「どういたしまして」
あどけなさを感じさせる彼の表情があまりにも思いやりに溢れていて、私は思わず視線を彷徨わせた。
そんな私を見て、フィルミーノ様は殊更優しい表情を浮かべた後、「また明日」と手を上げて伯爵家を後にした。
お風呂から上がり、就寝前。私はドレッサーに映る姿を見て、再び闘志に火をつけるように、あの日のビジョンを思い返した。
「――決戦は明日」
私室で一人、あえて声に出し、決意を込めて誓いを宣言する。
レイーラの容姿をした、彼女とは違う眼差し。正反対の生き方をしてきた私達だからこそ、あのような者達に二度と屈するわけにはいかない。
「あの子を嘲笑ってきた人達に、必ず罪を償わせてみせるんだから」
そんな燃えるような思いを抱いたまま、昂る胸を抑え――私は眠りについた。
「――決戦は明日」
……とレイーラは申しておりますが、
投稿スケジュール上、20話は来週でございます!!
_(┐「ε:)_ズコー
せっかくなので、タイトルだけ公開します!
『20,役者は全員揃った』
――皆様、もうお分かりですね?(´^ω^`)ニチャァ
レイーラとフィルミーノ様は、はたしてどこまで準備しているのか。
誓いを叶え、 彼らに罪を償わせることは出来るのか。
来週もどうぞお楽しみに……!




