18,露わになる原石
次の日、フィルミーノ様が屋敷まで迎えに来てくれた。もう交流があることを隠す気はないらしい。公爵家の家紋の入った馬車でやって来たのを見て、私であっても多少は動揺した。
(なに、この装飾。“馬車”……なのよね?)
伯爵家の所有する馬車とて、質が悪いわけではない。貴族の使う立派な馬車――のはずなのだが。
(公爵家のものと比べると、我が家の馬車が見劣りしてしまうわ……。こんな美しい白い馬車があるなんて)
私は、あまりの豪華さに「今からこれに乗るのか……」と気が引けた。
エスコートされ、意を決して馬車へ乗り込む。エッダも共に来てくれることになっていて、御者台の方に座ってくれる。
外装も美しかったが、内装もとても豪華だ。椅子には柔らかなクッションが使われ、それらを覆っているビロードの生地も心地よい手触りをしている。
しかし、そんな素晴らしい馬車に乗せる女の服装が、こんなに野暮ったくて地味なワンピースだとは……。
こちらの申し訳ない気持ちを察してくれたのか、フィルミーノ様は何も触れず微笑んだ。
「まずは服を見に行くかい?」
「……はい、お願いします」
レースやフリルの装飾もない、実務的でワンカラーのワンピース。レイーラが持っている服はそんなものばかりだった。
婚約してからというもの、友人と楽しむような休日はなく、ランディーニ侯爵家で執務漬け。
(レイーラは、お洒落な服を着ていくところもなかったのよね。しかも、おめかししたってセズデスはほぼ不在なんだもの。何の意味もないものね)
仮に可愛い服を着て出かけていたとセズデスに知られれば、自分を棚に上げて不貞を疑われるのだ。お洒落をする気も失せるというもの。
今日着ているのも詰襟のワンピース。これでも襟元に少し花柄のレースが付いているだけ華美な方だ。
けれど、十六歳の伯爵令嬢が休日の外出時に着るには、あまりにも地味すぎる服だろう。
今日はフィルミーノ様に付き合ってもらって、前回買い損ねた化粧品や髪飾りを見ようと思っていた。
セズデスの罪を暴くなら学園になるはず。それなら制服があるし、雰囲気を変えるにしろ化粧品や髪飾りさえあればいいと考えていたのだ。
けれど――。
「待って。そもそもフィルミーノ様と出歩ける服なんて、一着もないんじゃ……」
そう気付いたのは昨夜のこと。出会った時も地味なワンピースだったのだが……思い出すのが遅すぎた。
エッダは「奥様にご相談なさってみては?」と聞いてきた。悩んだ末、私は首を横に振った。
「私が婚約者に蔑ろにされて、華美な服を一枚も持っていなかったと知らしめるには丁度いいわ。きっとフィルミーノ様も分かってくださるはずよ」
そこで私は、ビーチェの部屋ではなくイラリオの執務室へと向かった。これを機にきちんとした服を購入したいと相談すると、イラリオは気前よくお金を用意してくれた。
そもそも私に割り当てられた予算が数年ほぼ使われていなかったため、何かのためにと貯めておいてくれたらしい。
そういうわけで、私はレイーラのこれまでを補うべく、街へと繰り出したのだった。
フィルミーノ様が連れてきてくれたのは、予約していないと入れない超一流テイラー。公爵家の馬車が止まり、多くの視線がこちらに向く。
「アルジェント公爵家の家紋だわ……!」
「隣のみすぼらしいご令嬢はどなた?」
ヒソヒソと聞こえてくる声に、「レイーラはこれに耐えてきたのね」と俯いて唇を噛み締める。すると、フィルミーノ様が耳元で囁いた。
「堂々としていればいい。君は服装なんて取り替えられるものじゃない、本質的な美しさを持っているんだから」
と。耳を押さえて身を引いた私の顔は、間違いなく赤くなっていただろう。
(耳元で囁くなんて反則でしょう!それに、本質的な美しさって何!?全く分かりませんけど!?)
狼狽える私を見たフィルミーノ様は、何故か嬉しそうにはにかんでいた。
それからはフィルミーノ様の客としてチヤホヤされた。用意される服は全てお洒落で、とても輝いて見える。年相応にレースやフリルの多い、可憐なワンピースばかりでとても可愛らしい。
……だというのに、鏡に映った自分にそれを当てられると、途端に何故か違ったものに見えてしまった。
元々長かったのに、そのままにされている前髪も相まってか、服の魅力が半減されてしまうのだ。店員達もどうにもしっくりこない様子で、鏡に映る私を見つめる。
(美しいアクアマリンの瞳も、見えなければ輝くはずもないわよね。それならいっそ……)
ふと思い立って、私は前髪を掻き上げた。そして真ん中で分け、横に流す。
するとそこには、記憶よりも少し大人びたレイーラが映った。それを見た店員達がざわつき、慌てて用意していた服を下げ始める。
「えっ?」
「お嬢様、どうしてそんなお綺麗な顔を隠されていらっしゃったのですか!?」
「まさか私達を試されていたのでしょうか?」
店員達に問い詰められるも、何のことか分からず目を白黒させる。
「試す……?な、何のことですか?」
「こっちじゃダメね。一から選び直さないと」
「腕が鳴るわ!」
「え?……えっ?」
店員達はハンガーラックを次々に下げていく。呆然とする私を見て、フィルミーノ様は笑いながら店員達の言葉を補足した。
「レイーラ嬢があまりにも美しい顔立ちだったから、みな驚いたんだろう。可愛らしい服よりも上品な服の方が似合うと思って、服を総入れ替えするつもりだろうね」
「えぇ?」
彼の言葉に店員達の様子を見回してみる。準備されていたフリルやレースの多いドレスは下げられ、少し大人びたワンピースが並び始めていた。
唖然とする私の前髪をさらりと分けて、緑の瞳が覗き込む。
「思い付きだったのかもしれないけれど、いいんじゃないかな。その髪型、とてもよく似合っている」
「なっ!?えっ……!?」
「ほら。今度はちゃんと着替えておいで」
フィルミーノ様はそう言うと、私の背中を軽く押した。それからは店員達の思うまま、私は着せ替え人形にされることになったのだ。
「本当にお似合いでしたね!」
「気品があって、どれも素晴らしかったですわ」
店員達が楽しそうにキャッキャと盛り上がっている中、一旦元のワンピースに戻った私はゼェゼェと息を切らし、ソファに沈んでいた。そこに、フィルミーノ様がとんでもない発言を放つ。
「本当によく似合っていたよ。せっかくだから全部買ってしまおうか」
「ちょ、ちょっとお待ちください!いくらなんでも買いすぎですし、払えません!」
待った!と手を翳し、慌てて止めに入る。けれど、彼はキョトンとした表情で、
「……?私が払うのだけれど?」
と、さも当然のように首を捻る。
私はぶんぶんと首を横に振り「いけません!」と少し声を荒げた。フィルミーノ様の手を掴み、部屋の隅で声を落として話しかける。
「確かに私達は喫茶店で二人の不貞を知り、情報交換を理由に出かけたとしても非難はされないでしょう。ですが、婚約者でもない私がフィルミーノ様からこれほどの贈り物をされたとなれば、こちらの不貞も疑われ兼ねません」
「あぁ、そうか……。失念していたよ」
「今日はあくまでセズデス様から虐げられ、着るものも粗末な私のために、フィルミーノ様がお店を案内してくださった……という体に留めませんと」
そう言い聞かせると、フィルミーノ様は少し残念そうに「分かったよ」と納得してくれた。
「ならせめて、一組だけ贈らせてくれないか?それなら構わないだろう?」
「あの、こちらが有難くいただく側なんですよ?……ありがとうございます、フィルミーノ様」
そうして二人は微笑み合いながら、再び服を厳選しに向かった。
なお、フィルミーノ様は途中から参考のためにエッダも呼び、二人があれもいいこれもいいと熱心に選び始め――
私は途中から離脱し、店員達を巻き込んで大盛りに上がるフィルミーノ様とエッダを遠い目で見ながら、静かにお茶を飲み待つことになるのだった。
レイーラの一言
「もう知らない。なるようにしかならな……これ、以前にも言ったわね?」




