17,宝石のようなお菓子
「お嬢様がおっしゃった通り、さつまいもを二本。念のため、予備でもう二本ほど買ってこさせました」
「ありがとう。さぁ、始めましょう」
料理長は、私とテーブルの上のさつまいもを交互に見て、本当にこれでお菓子を作るのか?という顔をしていた。
きっと予備のさつまいもだけでなく、クッキーやケーキを作る材料も一緒に買い足してくれていることだろう。そちらは是非とも料理長が別の美味しいものを作ってくれればいい。
私は料理をしても問題ないワンピースに着替えてきた。腕捲りをして手を洗う。材料が一通り揃っていることを確認して、調理を始めた。
まずは、さつまいもの皮を剥いて、後で潰しやすいよう一口大ほどのサイズに切っていく。
電子レンジがないため、切ったさつまいもは鍋に入れ、ひたひたになるくらいの水を注ぐ。火は弱火で、じっくり温める。
(甘く蕩けるようなさつまいもを作るコツは、低温で時間をかけること。早く火を通したくて強火にしたり沸騰させたりしたらいけないのよね)
暫く煮てから串を刺して、スッと通るのを確認したら、さつまいもをボウルに移す。温かいうちにしっかりと潰し、砂糖、バター、卵黄を加えて混ぜ合わせ、更に生クリームを少しずつ注ぎながら滑らかになるまで混ぜていく。
――ここでひと手間を加える。
出来上がったペーストをザルに乗せ、丁寧に裏ごしする。こうするとより舌触りが滑らかになるので、もったり濃厚なスイートポテトになるのだ。
(ペーストは完成したけれど、どうしようかしら……)
優里だった頃に見慣れていたのは、銀紙の上に乗っているぷっくりとしたスイートポテト。しかし、この世界にはそういった銀紙そのものが存在しない。
どう成形しようかと悩みながらキッチンを見回すと、丁度よい銀のトレーが目についた。
私はその上にクッキングシートを敷き、角までぎゅっと詰めるようにペーストを全て流し入れる。
くるりとひっくり返してクッキングシートを剥がすと、綺麗な一つの長方形が出来た。
「さつまいもの……板……?」
料理長がボソリと呟き、私は吹き出しそうになってしまう。確かにその通りなのだが、それはどうなのか。
それを包丁でサイコロ状に切り分け、下側を除く全面に解いた卵黄を塗っていく。焼き上がりに艶が出る、大切な仕上げだ。
「料理長、これをオーブンで焼いてほしいのだけれど……ん?」
コロコロとしたサイコロスイートポテトのタネが完成し、トレーを手に私が振り向くと、料理長だけでなく、周りの料理人達やエッダもぽかんとしていた。
さつまいもに砂糖や生クリームを混ぜて焼くなど、正気の沙汰ではないとでも思われているのだろうか。
「ほ、本当にこれを焼けばいいんですね?」
「えぇ。楽しみにしてて」
私は自信ありげに笑ってみせるが、周りはまだ半信半疑な顔をしていた。
それから、およそ五分後。
お菓子の焼けるいい匂いと共にオーブンから姿を現したのは、大粒の宝石のように天板の上でキラキラコロコロと転がるスイートポテトだった。
それを目にした途端、全員が声を揃えて「これは本当に食べ物なのか?」と呟いた。
スイートポテトは、温かくても冷めても美味しいもの。しかし、せっかくならばこの作りたてを食べたい。
いざ実食、と私は一粒をフォークの上にコロリと乗せ、少し口元で冷ましてからパクリと放り込んだ。
「んんん〜〜!これよ、これ!美味しい〜〜っ!!」
頬を両手で押さえながら、思わず身をよじってしまう。
「ほら!エッダも料理長も、食べてみて」
満足そうにしている私を見て、訝しみながらもエッダと料理長も試食する。エッダは一つを半分に切り分けて、料理長は豪快に一つ、スイートポテトを口に入れた。
次の瞬間、二人ともカッと目を見開き、信じられないといった表情で固まった。
滑らかなペーストは、一口目は舌にねっとりと絡みつくほど濃厚なのに、噛むほどに蜜のようにほどけていく。
気付けば跡形もなく消えているその不思議な口どけに、エッダは残りの半分を、料理長はもう一粒を慌てて放り込んだ。
「な、なんですかこれは……っ!」
「お嬢様!?さつまいもって、こんなにも甘くて美味しいものだったんですかい!?」
二人から詰め寄られ、キッチンは一気に賑やかになる。料理人達もみな、こちらを囲んで食べたそうにしている。
だが、全員に配ってしまっては、家族に食べてもらう分がなくなってしまう。
「それほど時間もかからないのに、凄く美味しいでしょう?失敗した時用に買っておいてくれた残りの二本も、せっかくだから作ってしまいましょうか」
「そうしましょう!お嬢様、今度は是非、私に手伝わせてもらえませんか?そのレシピを覚えさせてください」
「ふふっ、勿論よ」
そうして二回目は、手順を説明しながらではあるが、料理長と一緒に調理をしたため、更に短い時間で仕上がった。
生クリームは牛乳で代用出来るし、さつまいもそのものをしっかり甘く煮れば、砂糖だって不要だ。少し手間はかかるものの、スイートポテトは庶民でも手が届くお菓子になり得る。
庶民でも作れるということは、決して貴族らしい凝ったお菓子とは言えないのかもしれない。しかし、貴族だからこそ砂糖や生クリームを惜しみなく使えるという点では、同じお菓子の名を語っても、味は全くの別物になる。
(さつまいもは育てやすいと聞いたこともあるし、領地の孤児院や下町で育てさせるのにも向いているんじゃないかしら。平民にとっても貴族にとってもいい食材になると思うのよね……)
そんなことを考えながら、さて両親と弟はどんな顔をするかと期待に胸を膨らませた。
その日の夕食後。デザートだと言ってそれを運び込んでもらった。キラキラコロコロした見た目のお菓子に、三人ともが首を傾げている。
まずは食材を伏せたまま食べてもらい、三人から「美味しい」と高評価をもらってから、その主な食材がさつまいもであることを明かした。
「さつまいも……?芋なの?これが……?」
ベニートは目を丸くしながら、もう一粒口に放り込んだ。濃厚なクリームのような甘味が芋と聞かされ、三人とも首を捻る。
「庶民の食卓にも向いているでしょうし、少ない材料で甘味を用意出来ますから、平民でも“お菓子のようなもの”を味わえるかもしれませんね。……もっとも、ここまで砂糖や生クリームを贅沢に使ったものは、貴族にしか口に出来ないでしょうけれど」
そう口にしながら私も一粒ぱくりと頬張り、私は幸せそうに目を細める。イラリオは唖然としながらも、
「領地にさつまいもを普及させるか……」
と、小さく呟いていた。
家族用のスイートポテトを除いて、残りを使用人達にも配った。本当は少しだけプレゼントとして別に包んで、フィルミーノ様に渡せるよう準備をしようかとも考えたのだが――。
(公爵家のご令息なんて、絶対に舌も肥えているでしょうし……。シェフでもない私が、しかも芋で作ったお菓子なんて食べさせられないわよね)
私にとっては自信作だが、それとこれとは話が別である。
ここ最近お世話になりっぱなしの彼に、何かお礼が出来ないだろうかと頭を悩ませてみるも、これじゃダメだよねぇ……と、私は肩を落とした。




