16,休日の過ごし方
週末、私は本を開いては閉じ、お茶を口にしてはそわそわと落ち着かず、ソファの上でもぞもぞと姿勢を変えていた。
そんな私の様子を見て、エッダは困ったように苦笑している。
(やることが!ないわ!!)
――そう。
私は今、ランディーニ侯爵家に行かず、その上何の予定もない週末を久しぶりに過ごしていた。
これまでレイーラにとっての休日は、基本的に二日間とも侯爵家で執務に費やすものだった。次の日を休みにするため、まる一日かけて執務を終わらせた、フィルミーノ様と出会ったあの日はとても珍しかったのだ。
自分が好き勝手に他の女と楽しんでいるというのに、セズデスはレイーラの予定が把握出来ないと「何処で男を誑かしてきた?」などと疑って問い詰めるのだから、たまったものではない。
そのため、いちいちセズデスに詮索されなくてもすむように、レイーラは二日とも侯爵家へ行くようにしていた。
あの日は前もって、「弟が風邪気味だから看病したい」と言って、次の日行かなくていいように執務を詰め込んだのだ。
二日とも通うようになって初めてのことだった上に、事前に理由を伝えておいたからか、セズデスも然程文句を言わなかったのだろう。
今週はそもそもセズデスが学園に来ておらず、頼まれてもいないのだから行く必要もない。
そうして起床し、身支度をして朝食を食べて――私はふいに、どうしていいか分からなくなってしまった。
(明日はフィルミーノ様が誘ってくださったから、あの日台無しになってしまった街へのお出かけに行くのだけれど……)
だからこそ、今日は家で有意義に過ごすつもりだったのに。いざ休日になってみれば、何をすればいいか分からない状態に陥ってしまったのだ。
本棚から適当に本を引き抜いて開いてみるも……仕事や勉強をしているようで気が乗らない。
(クズデスと婚約する前、レイーラは何をしていたのかしら……?)
そう思って記憶を辿ってみると、レイーラは次の日や茶会で会う友人達によく手紙を書いていた。季節や人柄に合わせて便箋を選び、一緒に添える花を悩む、微笑ましい姿が脳裏に浮かんでくる。
けれど、友人がほぼ霧散した今、手紙を書く相手などほとんど残っていない。
却下である。寧ろ傷を抉っただけだった。
では、私の時の休日を想像――してみても、結局レイーラと同じく、身勝手な彼氏に休日を捧げていたことを思い出しただけだった。
突然予定が空く場合は彼氏からのドタキャンで、そうなると大抵は他の女と会っているのだ。街に出て見付けるまで探し歩いた、愚かで苦い記憶ばかりが蘇ってくる。
再び却下である。二度と思い出さなくてすむよう、こんな記憶は川の底に沈んでほしい。
私は溜息を吐きながら、天を仰いでソファに沈み込んだ。
(馬鹿な男にばっかり時間を捧げてきた結果がこれ?いざ自由が手に入ったら、休日の過ごし方すら分からない空っぽな女だなんて)
そのまま、うーんと唸ってしまう。私の時に暇潰しとして利用していたものは、スマートフォンやテレビといった電子機器頼りだった。当然だが、この世界にそんなものはない。
レイーラは淑女として、編み物や刺繍くらいは一通り身に付けている。けれどそれは“好きで続けた趣味”ではなく、“貴族令嬢として必要だから叩き込まれた科目”だ。指は勝手に動かせても、心まで動くかと言われれば、正直自信がない。
レイーラの記憶があるから難なく出来そうな気はするが、それをして時間を潰すのもなぁと悩みに悩み――ふと脳裏に浮かんだのは料理だった。
私は、動画配信で出てきた美味しそうな料理を作るのが好きだった。バレンタインやハロウィンといったイベントのたびにお菓子を焼いていたのも懐かしい。
そして、実はレイーラも令嬢としては珍しいことに、自らクッキーやパウンドケーキを焼いて家族に振舞っていた過去があった。
「エッダ。お菓子が作りたいのだけれど、いつならキッチンに行っても邪魔じゃないか、聞いてきてもらえる?」
「まぁ、久しぶりにお作りになるのですね?料理人達、みな喜ぶと思いますよ。確認してきますね」
エッダはパッと顔を明るくして、嬉しそうに一礼して出て行った。
(何を作ろうかしら……)
私とレイーラ。そのどちらの記憶もあるからか、多くの種類のお菓子が脳裏に浮かぶ。その中でも何より求めてしまうのは、こちらの世界では見ることのない和菓子だった。
けれど、材料からして無理なものばかり。そもそも作り方の詳細など記憶しておらず、挑戦するのは現実的ではない。
(和食とか和菓子とか、思い出したら食べたくなるに決まってるじゃない!でも、どうやったら作れるのかしらね……)
おはぎや饅頭、最中など――食べられないと思えば思うほど、欲してしまう。
またもや自分で自分の首を絞めている気分になりながら、唇を尖らせる。頭を悩ませること数分、その中でも比較的こちらのお菓子に近しく、日本発祥の洋菓子を思い付いた。
そして私自身、どうしてもそれを食べたくなってしまった。
私は勢いよく立ち上がり、エッダの後を追うようにキッチンへ向かう。屋敷の使用人達が驚いたように振り返るが、今は気にしていられない。
キッチンに辿り着くと、ちょうどエッダと料理長が話しているところだった。
「料理長!」
「あれ、お嬢様。もう来てしまわれたので?」
「お嬢様?お部屋で待っていらしたのでは?」
「少し聞きたいことがあって。あの、さつまいもってある?」
「「……さつまいも?」」
エッダと料理人が、ぽかんと顔を見合わせる。お菓子が作りたいと言っていたはずなのに、芋の有無を聞かれたため困惑しているのだろう。
私が作りたいもの――それは、スイートポテト。
芋がお菓子になるという文化は、レイーラの記憶を辿る限り、未だこの世界にはない。
しかし、使っている材料や工程は洋菓子そのもの。こちらでもすぐ作れるはず。あれほど美味しいのだ。きっと作れば驚かれるに違いない。
「さつまいもはあまり使うことがありませんのでねぇ。安い食材ですから、すぐに調達は出来るでしょうが……」
「お嬢様、さつまいもをお菓子に使われるのですか?」
「そうなの。どうしても、どうしても必要なの!」
私が懇願するように頼み込むと、料理長は頭を掻いた。
「そんなに頼まれちゃあ、断れませんねぇ。昼食の片付けが終わった、三時くらいはいかがです?」
「大丈夫よ!ありがとう!」
嬉しくて思わず声が弾んでしまう。私はエッダと共に自室に戻り、約束の三時を待つことにした。
仕事や勉強のようで気乗りしないと思っていた読書も、時間を潰すには丁度いい。何度も開いては閉じていた本を手に取り、私は今度こそ本の世界に没入するのだった。




