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13,勝ち気な笑顔


 次の日、再びフィルミーノ様が伯爵家へ訪れた。

 

 ――まさかのランディーニ侯爵を連れて。


 事前に連絡が来たからよかったものの、以前フィルミーノ様がやって来た時のように屋敷がひっくり返っていたに違いない。慌ただしく準備をし、家族総出で出迎えた。


 話し合いの場には私と伯爵家当主としてイラリオが参加することになり、ビーチェとベニートは挨拶だけして部屋から出ていった。

 

 ビーチェが出ていく際、侯爵は「我が妻が心ない言葉を浴びせたと聞いた。妻に代わり謝罪する」と言われ、両親は揃って慌てふためいていた。

 

 ご本人にとっては、どれもこれも青天の霹靂だっただろうに――。フィルミーノ様が言っていた通り、侯爵はとても誠実な方のようだ。


 


「こんな堂々と我が家に侯爵様を連れて来て、大丈夫なんですか?」


 全員がソファに腰かけたのを見計らって、私は真っ先にフィルミーノ様に尋ねた。


「大丈夫だよ。侯爵は今、王城で仕事をしていることになっているよ。私の父上とね」

「アルジェント公爵様と、ですか?」

「そう。上位貴族のごく一部しか知らない“非常用の通路”から出てもらって、ここに来ているからね。そう簡単にはバレないよ。あ、王族だけが知る隠し通路とは別物だからね?」


 ……フィルミーノ様は、侯爵に一体何をさせているのか。

 

(あと、上位貴族が知る非常用の通路も、王家の隠し通路も何も教えてくれなくていいですから!これ以上厄介なことを増やさないでっ!)

 

 私がぎょっとした顔を向けると、フィルミーノ様が肩を竦め、今度は侯爵へと視線を移した。


「私が彼に無茶を言ったのだ。レイーラ嬢やヴァレンティ伯爵、伯爵夫人に謝罪したいと。今後のことも含め、話をさせてほしいとな」

「ということなんだ」

「妻とセズデスは、妙な動きをしないか見張らせてあるから安心してくれ。これ以上罪を重ねられては手に負えんからな」


 頭が痛いと、侯爵はこめかみに手を当てる。目の下には隈が出来ているし、どう見ても疲れが滲み出ていた。

 

 エッダを呼び、小声で指示を出す。疲労回復に効くお茶と、栄養補給になりそうなお菓子を用意させた。

 

 侯爵は「私の屋敷では何ら持て成しが出来なかったのに、すまない」と心苦しそうに呟かれて、私は静かに顔を横に振った。あの状況で持て成しどころではなかったのは、こちらも重々承知している。



「では、まず今後についてだけれど、婚約破棄はランディーニ侯爵が責任を持って対応してくれるとのことだよ。今の時点で署名してもいいとおっしゃってくださっている」


 フィルミーノ様がそう切り出すと、侯爵は無言のまま頷いた。


「ただそうなると、フィルミーノ殿の婚約破棄をどうするかという話が出てくるな。君達は二人ともが相手の有責で婚約破棄に至ったと知らしめたいのだったか?」

「私は公爵家の人間ですから、堂々と文句を言われることはないでしょう。特に相手の有責だと周知させたいのはレイーラ嬢の方なんです」

「ふむ……。そうなると、今ここで婚約破棄の署名するだけでは意味がないな」


 侯爵は指でテーブルをトントンと叩き、何やら悩んでいるようだった。


「君達は、我が息子セズデスの罪を知っている。レイーラ嬢は特に、知りすぎているとも言えるだろう。それらを公にされるのは……」


 きっとセズデスの悪行が世間に(さら)されることを恐れているのだろう。彼や夫人の行いのせいで、侯爵家の領地没収や降爵に繋がり兼ねないのだから。


(当主としては胃が痛いでしょうね……。話が公になることなく、穏便にすませたいはずだもの)

 

 ただ、そういう意味では、ランディーニ侯爵の気持ちを汲んだ方向に持っていくのは問題なかった。

 

(私やフィルミーノ様の望みは、相手の有責で婚約破棄が行われたと知らしめること。全ての罪を詳らかにすることではないわ)


 私は胸の近くで手を上げた。


「侯爵様、少し宜しいでしょうか?」

「なんだ?」

「色々と調べはしましたが、私は別に、全てに首を突っ込みたいわけではないのです。ですから、セズデス様の罪の一部だけを利用させてはいただけないでしょうか?」

「一部だけ?」

「はい。今分かっているセズデス様の罪は、大きく分けて二つあります」


 首を傾げる侯爵に向かって、私は手を前に掲げた。全員の視線が、ひたりとそこに集まる。


「一つは、不貞行為を働いていること。もう一つは、違法な闇オークションで女性を買い、暴行を繰り返していること」


 私は全員に見えるよう、説明に合わせて指を立てる。そしてピースになった指のうち、二つ目に挙げた中指に反対の手を添えた。


「二つ目の闇オークションについては、私やフィルミーノ様のような学生には手に負えません。寧ろ、深入りしない方が身のためでしょう。こちらに関しては、ランディーニ侯爵様やアルジェント公爵様、あとお父様といった当主の方々にお任せした方がよい問題だと思います」


 私の言葉に、フィルミーノ様も頷く。イラリオは「私は当主でも関与したくないがね」と背中を丸めてぼやいていた。さもありなん。

 

 侯爵は、黙って私の言葉に耳を傾けている。私は添えていた手を立てていた指と共に下ろし、次は人差し指に再び手を添え、先程よりも前に出した。


「私達が必要なのは、一つ目の不貞行為を暴くことだけです。その中でも、年齢を偽り、仮面舞踏会へと潜り込んで令嬢や夫人と密会をしているというのも、私達には不要です」

「……それも?」


 訝しげに問われ、躊躇いなく頷いた。


「セズデス様と、フィルミーノ様の婚約者であるアッバティーニ侯爵令嬢が、お互い婚約者のいる身でありながら不貞を働いていたこと。その他、婚約者ではない令嬢を連れ歩き、軽はずみな言動と婚約者を尊重しない態度。……あと希望を言えば、これまで私にしてきた行い、その点を全員に認めさせられればよいのです。何も、全ての罪を白日の元に(さら)したいなどとは考えておりません」

「それだけのことを知っているのにか?」

「はい。……ただ、罪は然るべき人がきちんと背負うべきだとは思っておりますが」


 侯爵は目を細め、こちらの心理を読もうと見つめている。


「それは、侯爵家にとって都合の悪くなる話を、我々大人に任せてくれる、と?」


 貴族達の多くは人の弱みに付け込んで、より優位に立とうとする。こんな格好の脅迫材料を握っておいて関与しないと言う、私の言葉は中々珍しいのだろう。


「はい。侯爵様が懸念されているのは、セズデス様や夫人が裁かれることではなく、それによって家門や領民に影響が出てしまうことですよね?」

「そうだな」

「家族の不祥事を、当主である侯爵様が責任を持たなければならないのは理解出来ます。しかし国にとっての有能な臣下が、愚かな家族のせいで失われてはいけません」


 私はまっすぐに侯爵を見つめ返す。

 

「夫人もセズデス様の所業を隠しておられたのですから、お忙しい侯爵様が気付けなくても無理はないでしょう。ですから、こちらは必要な罪だけを公にさせていただき、残りの罪は上手く水面下で清算していただきたいのです。……それに」


 私は一度言葉を切り全員の顔を見渡すと、とてもいい笑顔を浮かべた。


「侯爵様なら、身内のことでもきちんと制裁を与えてくださると信じています。だって、私のような小娘や伯爵家だけならいざ知らず、アルジェント公爵様やフィルミーノ様もご存知のこの状況で、口先だけなどという悪手は打たれないでしょう?」


 私の言葉と表情に、侯爵は目を丸くした。イラリオは私の勝ち気な態度に白目を剥き、フィルミーノ様は「ふはっ!」と吹き出している。

 

 やがて大きく溜息を吐いた侯爵は「……君に義娘になってほしかったよ」と、ぽつりとこぼしていた。



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