12,おっかない味方
週末が終わり、月曜日。
私は怪しまれないよう、これまで通り登校した。切ってもらうつもりだった前髪も、そのまま先延ばしになった。
――全てを明らかにする時まで、相手に警戒されないように。
極力これまでと変化のないままでいるべきだろうと、フィルミーノ様に助言されたのだ。
セズデスはというと、変わらず他の令嬢を腕に絡めて歩いている。それがさもそれが当然のことのように、周囲から受け入れられている。
学園で連れているのは、まだ婚約者の決まっていない中位や下位の令嬢ばかり。周りからは、「婚約者があんなのだから、華のある令嬢を連れ歩きたくなるんだろう」などと囁かれている。
(クズデスも、令嬢も、周りの令息令嬢も……全員許せない。注意したくても出来ない人だっているんでしょうけれど、ほとんどの人達はレイーラを笑い者にして楽しんでいるようだもの)
嘲るような視線を浴びながらも、私はこれまでのレイーラらしく少し俯き気味に日々をやり過ごす。
しかし、私は顔を伏せてニタリと笑っていた。胸ポケットから小さな手帳を取り出し、さらさらと書き記していく。
セズデスを断罪するまでに少し時間が出来たため、私を馬鹿にしてきた者達のことも記録しておくことにしたのだ。
○月△日 音楽室からの帰り
ブラーガ子爵令息やポッツィ男爵令息が「いくら伯爵令嬢でもあんな女はゴメンだね」と言っていた。
一緒にいた黒髪でソバカスのある令息と、赤茶色の髪で小太りの令息もそれに同調していた。
○月✕日 授業終わりの帰宅前
モランド伯爵令嬢が「今日、セズデス様にウルディネ通りのカフェに連れて行っていただくの!」と嬉しそうに言っていた。
ルッチ子爵令嬢とベキス男爵令嬢が、「また?羨ましいわー!」「婚約者のあの人と一緒にいるところなんて全く見ないのに。まるで貴女が婚約者みたいね」などと、こちらを見ながら盛り上がっていた。
――といった具合に、名前が分かる相手なら名前まで、分からなければ髪色や体型などの特徴を書いて残していく。
私がレイーラになったあともこうして馬鹿にしてきた連中は、もれなくレイーラの頃から彼女を軽んじていた者達ばかりだ。
これが何かの役に立つかは分からないが、全てを明らかにするなら、ついでにこんな人もいたと説明する時の材料になるだろう。
自ら不貞行為を働く者や、それを容認する者達だ。皆等しく、あの男と一緒に裁かれてしまえばいい。
一週間が過ぎ、再びセズデスから執務を丸投げされた私は、先週同様、ランディーニ侯爵家へと訪れていた。
しかし、今日は何もするつもりはなかった。
――いや、今日も証拠集めをしようと企んでいたところを、フィルミーノ様に止められてしまったとも言える。
昨日学園から戻ると、フィルミーノ様の来訪を告げられた。どうやら進捗を知らせに来てくれたらしい。
フィルミーノ様はアルジェント公爵に事の次第を説明し、この件は一旦自分に預からせてほしいと進言してくれたという。
そして公爵であれば、王城でランディーニ侯爵に接触することも容易い。フィルミーノ様が準備した手紙を、公爵から侯爵に手渡してもらい、直接会うことが叶ったそうだ。
「信じられない、と大層驚いていらっしゃったよ。けれど、私が父にまで力を借りて侯爵を呼び出し嘘を吐く理由もないだろうと、最後まで話を聞いてくださってね。恐らく嫡男や夫人に悟られぬよう、水面下で動いてくださるだろう」
「そうですか……。ありがとうございます」
フィルミーノ様曰く、誠実な方だというランディーニ侯爵。我が子の行いを聞いて、どう思っただろうか。
「それでも念のために、手帳や書類の在処は伏せてある。机の手帳くらいは見付かってしまうかもしれないけれど、ベッドの書類にまでは中々気付けないんじゃないかな。まぁ、もし侯爵がこちらと敵対すると言い出すなら、父も本気で捩じ伏せに行くけれどね」
穏やかな笑みを浮かべているフィルミーノ様からえげつない言葉が飛び出し、私は何も言わず笑みを深めた。
「侯爵とはまた話し合う約束をしているから、もう暫くは誰にも気付かれないように、普通に過ごそう。君は明日もランディーニ侯爵家へ行くんだろう?」
「はい。相変わらず執務を頼まれたので」
「……もう無茶をして家探しなんてしないでよ。喫茶店での私や店員の証言と、君が手に入れた手紙だけでも、十分不貞は明らかに出来るんだからね?今週は何もせずに過ごすこと。いいね?」
――そう念押しされたことを、私はランディーニ侯爵家の玄関前で思い返していた。
(仕方がない。今日は大人しく執務だけこなして帰りましょう。はぁ……。クズデスのために働くだけなんて憂鬱だわ……)
自然と寄ってしまった眉間を、指先でそっと揉みほぐし、レイーラらしく首の角度を下げて控えめに歩き出す。
屋敷での出迎えは、いつも通りランディーニ侯爵夫人。当然のように、セズデスは不在。使用人達も婚約者の令嬢に対するとは思えない素っ気ない態度で、私は溜息をぐっと飲み込んで書斎へと向かった。
昼食をとり、変わらず書類を捌いていく。すると、明らかに屋敷内が慌ただしくなり始めた。
何かあったのだろうかと訝しみながらも書類に手を伸ばすと、扉の外から「お待ちください!お待ちください、旦那様!!」と叫ぶ夫人の声が聞こえた。
私がハッと顔を上げたタイミングで、ノックもなしに扉が開かれた。その先に立っていたのは――ランディーニ侯爵本人。
(えっ!?フィルミーノ様は、侯爵様が味方になってくださるとおっしゃっていたけれど……これはどういう状況なの?私、このまま捕まらないわよね……?)
ごくりと生唾を飲み固まっている私を、侯爵は一瞥する。そのまま左右に鋭い目を行き来させた。探し物が見付からなかったのか、後ろを振り返って夫人を見下ろす。
「何故セズデスの書斎で、令嬢が一人執務をしているんだ?」
問い質すような低い声。問われていない私まで背筋が伸びる。
それを正面から諸に受けた夫人は、体を震わせながら俯きがちにぽつぽつと弁明する。
「き、今日は……その、セズデスは、午後から予定が、そう!午後から予定があって。ですから、婚約者のレイーラが代わりに執務をしてくれていたんですよ」
「侍女の一人も控えさせず、茶や菓子の持て成しもせずにか?」
「……っ」
夫人は侯爵の迫力に腰を抜かし、その場で座り込んでしまった。遠巻きに眺めていた使用人達も、息を呑み震え上がっている。
侯爵は、ずんずんと私の元に歩み寄ってきた。きゅっと口を引き結ぶ私の耳元で、「話は聞いている。これまで本当にすまなかった」と小声で囁くと、
「いくら婚約者だとはいえ、まだ嫁いでもない他家の娘に執務を委ねることは出来ない。今日は帰りたまえ」
と、威圧するように諌める言葉を発した。
フリだと分かっていても、侯爵家当主直々のお叱りに震えそうになる。体をなんとか動かし、そそくさと侯爵家を後にした。
間違いなく味方のようだが、もうあの声と表情で叱られるのはごめんだと、身体を震わせて両腕を摩る。
(フィルミーノ様からは、悟られぬように動くだろうって聞いていたのに……!かなり堂々と問い詰めそうな雰囲気じゃなかった?大丈夫なの……?)
侯爵が怒りに任せて先走ってしまわないか――。最初とはまた違った不安を胸に抱え、私は屋敷へと帰るのだった。




