11,お転婆な令嬢と頼もしい令息
「レイーラ嬢だけでなく、伯爵夫人にまで悪意ある言葉をかけていたとなれば、ますます婚約破棄すべきでしょうね」
フィルミーノ様の言葉に、私は歪んでいた表情を解き、イラリオへと向き直った。
「本当は、私だけで戦うつもりでした。けれど今なら、フィルミーノ様が手を貸してくださいます。伯爵家だけではなく公爵家と立ち向かえる今なら、全てを詳らかにすることだって出来ます。私のことも、お母様のことも」
そう口にすると、ベニートも「父上!」と前のめりに急かす。眉間に皺を寄せていたイラリオは、膝に肘をつき、指を組んで顔の前で合わせた。
「……そう、だな。婚約でよい繋がりを得られるならと思っていたが、侯爵家に与するつもりは毛頭ない。だが、私には伯爵家当主として家を守る責任がある。まずは今後どうするのか、話を聞いてから決めさせてもらおうか」
そう言ったイラリオの表情は、父親ではなく当主としての顔だった。
どれだけ心の中ではこちらに肩入れしたいと思っていても、こちらの計画が杜撰で証拠も不十分であれば、恐らく頷いてはくれないだろう。
私はエッダに声をかけ、昨日侯爵家に訪れた時に持って行ったバッグを取ってこさせた。
「フィルミーノ様には喫茶店の時に軽くお伝えしましたが、セズデス様の不貞や素行不良の証拠は準備してあったのです」
「そんなことを言っていましたね。それがこちらですか?」
「はい」
私はバッグを開き、三つに分けてテーブルに並べていく。
本棚で見付けた複数の手紙。
机から出てきた手帳の書き写し。
ベッド下の収納に隠されていた書類の書き写し。
手際良く並べられていくそれを、三人は唖然と眺めていた。フィルミーノ様は、恐る恐るといった様子で私の方へと顔を向ける。
「……これは、どうやって手に入れたのか聞いても?」
「一昨日、久々に復学し学園に行った帰り、セズデス様から執務を頼まれたのです。そのため、昨日は言いつけ通りランディーニ侯爵家に赴いて、セズデス様の書斎で執務をしてきました。これはその合間に、セズデス様の私室から拝借したものですね」
私は飄々と返事を返す。そんな私の肩を掴み、心配そうな双眸がこちらを見つめた。
「き、君は!万が一誰かに気付かれたらどうなっていたか!なんて無茶なことを……っ」
「気付かれないだろうと踏んでの行動ですよ。ずっと従順に過ごしてきたおかげもあって、監視する者もいなければ、昼食以外に人が呼びに来ることもありませんでしたから。ふふっ、ご心配くださり、ありがとうございます」
レイーラとしても私としても、誰かからこんなにも真剣に心配されたのが久しぶりで、少し擽ったい。ついくすくすと笑ってしまう。
そんな私に拍子抜けしたのか、フィルミーノ様は「全く。想像以上にお転婆だったんですね」と深く息を吐き出した。
イラリオとベニートは、ヒソヒソと「本当にあれはレイーラか?」「お姉様、なんだか変わられましたね」と囁き合っている。
「とにかく、私が手に入れている情報はこれらです。手紙はあまりにも多かったので、数枚なくなっていても分からないだろうと踏んで、現物を拝借してきました。お相手が分かるものの中から、出来るだけ大物との手紙を選んだつもりです」
そう言って、まずは手紙の山を指し示す。次に、書き写したものへと手を滑らせた。
「手帳や書類は、流石になくなっていると悟られてしまうので、興味深い部分だけを書き写してきました」
「この量を書き写し……。いえ、会話さえも書き取れるレイーラ嬢であれば可能なのでしょうね」
フィルミーノ様は少し呆れたように苦笑する。
「本来なら金庫に入れて厳重に仕舞えばいいものを、高を括って都度金庫を開け閉めする手間を省こうとしたのか、侯爵様にバレないようにしたかったのか……。でもまさか私が暴くなんて、微塵も考えなかったのでしょうね」
私がにたりと口角を上げると、三人は揃ってぎょっとした表情を浮かべた。
それから三人は押収品へと手を伸ばし、確認を始めた。
作業を進める度、そこかしこから「まさか!」や「こんなことを!?」などの言葉が飛び交う。そんな中、私は静かにお茶を飲んで待つ。
そのうちフィルミーノ様が指揮を取り、手帳と書類の書き写しを見比べ、その内容を照らし合わせ始めた。
更に、たまたま厳選した手紙の中に、その書類と関連する内容が混ざっていたらしく、驚きの繋がりまで明らかになっていく。
全てが終わる頃には三人とも顔色を悪くし、一日で数年分老け込んでしまったかのように、すっかり窶れていた。
「レイーラ嬢、君は大物ですね……。これだけの物証を前に、よくそんな堂々としていられますね」
「だって、これでほんの一部なのですよ?執務の合間にセズデス様の私室に忍び込んで、小一時間で拝借し、書き写したものだけですから。手帳や書類にも、まだまだ色々と書かれておりましたよ」
「「「……はぁ〜〜」」」
三人は揃って盛大な溜息を吐き、頭を抱えている。
「……これを持って、本当に一人で戦うつもりだったのかい?君の度胸には感服するよ」
とうとうフィルミーノ様は、丁寧な話し方をかなぐり捨てたらしい。少し荒っぽく前髪を掻き上げる。
親しみを感じる反面、丁寧に扱う必要がないと思われた気がして、少し複雑な心境を抱く。
「一対一で戦うつもりはありませんでしたよ。仮に私が敗れて修道院送りになるとしても、波紋の一つや二つが残せるように、学園の食堂か終業式のような多くの方が揃うような場所で明かしてやるつもりでしたので」
「「「…………」」」
三人は同じような顔で目を点にしている。小説や漫画なら、悪役が大勢の前で断罪されるのはお約束だもの。
「……ひとまず、手紙は間違いなく決定打になるね。けれど、手帳と書類の中身はどうしても書き写しだから、物証にはならないかな」
「そうですよね」
「だから、ここからは私が掛け合おう。――ランディーニ侯爵をこちら側に引き込むんだ」
「えっ!?」
フィルミーノ様の提案に、私は驚愕した。侯爵へ明かすことで、揉み消されるのではという不安が胸を過ぎる。
そんな私の心配を見透かしたように、フィルミーノ様はイラリオへと向き、ランディーニ侯爵について話し出した。
「ランディーニ侯爵は忠義に厚く、とても誠実な方です。まさか嫡男がこんな真似を行っていると知れば、間違いなく激昂されるでしょう」
フィルミーノ様は確かにそう言っていたし、レイーラの記憶からもランディーニ侯爵自身には嫌な感情は伝わってこない。問題は、夫人と息子だ。
「もし、この事実がレイーラ嬢によって公にされれば、侯爵家は領地の一部を没収され、爵位もそのままではすまされないでしょう」
「それはそうでしょうな……」
「ですが、侯爵自ら対象者の調査を行い、自分の手で息子を廃嫡するなどの対応をされれば、少なくとも爵位や領地は最低限守れるはずです」
私達に提案しながら、フィルミーノ様は「それに」と付け加える。
「私がこれらを知った以上、アルジェント公爵家が知ったも同然ですから。我が家を敵に回してまで、罪を犯した子供を庇い立てするとは考えにくいでしょう」
その言葉にイラリオは頷く。どうやらランディーニ侯爵に知らせる案に賛成のようだ。
それでもやはり不安が残る。私は眉を下げて、フィルミーノ様を窺う。
「大丈夫。私に任せて」
フィルミーノ様は胸に手を当て、柔らかく微笑んだ。
頼もしい言葉に私は瞳を潤ませ、「宜しくお願いします」と口にしながら、深々と頭を下げた。
【R8/3/29】感謝と追加のお知らせ
先日短編で投稿した『不仲と噂の婚約者が、紅茶をかけられた私を見てブチ切れました』ですが、多くの方にお読みいただき、"[日間]異世界(恋愛)-すべて"の2位や、"[日間]総合-短編"の3位をいただきました……!
また、ランクインをきっかけに他作品も多くの方にお読みいただけて、非常に喜んでおります。
皆様、本当にありがとうございます!
そして、嬉しいお知らせがあります。
先程記載した短編ですが、ご縁をいただき、イラストレーター様にイラストを描いていただけることになりました!(大歓喜!)
それに合わせて、続編の短編を執筆中です。
4月中の公開を目標に進めておりますので、是非そちらもお読みいただけましたら嬉しいです。




