#74.捜し物
僕は自室に篭もり、本を読み耽った。どちらかといえば、魔術書や学術書……それから歴史に関する本などを読み漁って部屋の天井を見上げる。
僕に足りないものを考えた。
本を読みながら自分の思考を整理し、アナやリコ達の言ってることを何度も反芻して頭の上を綿毛のように舞う言葉や思考を掴んでは手放し、また掴む。
「きっと、今の僕に足りないものは識ることなんだろうな……」
自分自身のことも世界のことも願いという形のない何かの意味も、もっと知らなくちゃいけない。
「案外、知ってることなんてのは少ないもんだな」
勢いだけで歩いてきた足を止めて振り返ると見落としてきたものは沢山あった。
僕の右肩になぜ猟犬の徴があるのか、今でもよく分からない。
「答えはどこにある……」
頭の中を渦巻く耐え難い衝動を振り払うように僕は知識欲を満たしていった。
そんな日が続いたある日、アナが僕の部屋を訪ねてきた。
「アンタが専門的な知識を学ぼうとするなんて意外ね。そういうのは肌に合わないんじゃなかったの?」
「生活に必要じゃないこと知っても意味は成さないからね。
けど、今は違う。
僕自身がこの世界を知りたいと思った。まずは自分のことを知る。英雄とは何か、僕自身が何なのかを知らなくちゃいけない。それが出来なければ世界と対話するっていうのは出来ないと思う」
「殊勝なことね。対話なんて必要あるのかしら?」
「自分の意見を言うのは簡単さ。他人に意見を押し付けてみたり、自分の考えと違うものを無視するのだって一つなんだと思うよ。
でもそれは……それこそが人間としての自身を否定することになるんじゃないかな?
欲求はどうあっても拭うことは出来ないし、それが無くては僕達は発展していくことも進化することも出来ないと思う」
「そうね、欲を失えば発展は止まるわ。種としての進化は終わりを迎えることになるでしょうね。
だけど、人がみんな同じ視座に立つことなんて出来ないのよ?
そこを乗り越えないことには、世界の理を否定して新しい世界を見つけるなんてことは出来んじゃないかしら?」
「概念や思想を変える必要はあると思うかい?」
「イエスね。人は意識の集合体として向いてる方向がバラバラすぎるわ。
昨日まで愛する人だった誰かを次の日には殺すことも出来る、それが人間よ……アナタにその人の苦しみが理解できるのかしら?
悪と断罪して裁くことは簡単だわ。悪は排斥し、膿は搾り出して病巣さえ切り取ってしまえば体は正常に戻っていく。
人の営みだって同じだと思うのよね。
私は聖職者よ。その膿や病巣を生み出さない原因療法はずっと探し続けて居るわ。だからこそ言えるのよ、アナタのソレは綺麗事よ?
総数で見て、シンパを作り上げ、お互いの不文律に則って、ある種の闘争を続けることでしか、私達は命の重みを受け取ることが出来ないのよ。
そこに生まれた敗者を救済するのが、私たち聖職者の使命でもあり因果よ」
「キミは何の為に戦う?」
「イージーな質問ね、死にたくないからよ!」
「僕はまだその答えを見つけられてはいないんだ。だからこそ、今はこういう時間が必要だと考えてる」
「進展はあったんじゃないかしら?
少なくとも数日前のアナタよりは自身を見定められてると思うわ。
偉そうなこと言ってるけど私自身にも足りてない部分は沢山あるもの。
今日の話は少しタメになったわ、あまり煮詰めずに考えることね……方向性を見失うわよ?」
「ああ、そうするよ」
彼女はフンッと鼻を鳴らすと踵を返す。
「あ、言い忘れてたことがあったわ」
ドアノブに手をかけた所で彼女が唐突に言った。
「私が聖職者をやってんのは、ロイが褒めてくれたからよ」
「ふむ?」
「アンタは覚えてないかもしれないけれど、凄いって言ってくれた人が居たから私は神童を辞められなくなっちゃったのよ」
「今でも凄いって思うけど?」
「まあ、どーでもよかったわ。要するに、何かをしたいって思うキッカケってのはそんなもんよ!」
「アナは難しいこと言うな、いつも」
「それじゃ!」
僕が言葉を返す間もなく扉が閉まった。
それから、また一ヶ月ほどが過ぎた。
数日置きくらいに仲間達が代わる代わる様子を見に来ては問答をしていった。
「ジル、キミはどうして戦うんだい?」
「そうですね……」
彼は少し考えるように顎に手を添える。
ジルは僕と近い部分があるので何かを掴む手がかりになるかもしれない。
「私はとある人物に言われました。戦士とは己の為に戦わねば弱いのだ、と……それは一見して自分本位な言葉ですが、その本質は利他的だと私は思います」
「ふむ?」
「人の為にという言葉はとても善意的です。綺麗なものだと思います。私自身もそう思ってました。
しかし、それは言い換えてしまえば他人の所為にしているのですよ。
境遇や行いの責任を他人に押し付けて自分を保身してると捉えることも出来ます。
戦士とは闘争に限らず、自身の行いを真正面から受け止めることの出来る人物のことを指すのではないのでしょうか?
誰かの為に何かをするっていうのは、自分がそうしたいって納得するからするものでしょう?
善意を押し付けるのは侮辱行為ではないかと……」
「僕は迷っているってことかい?」
「そういうことになるでしょうね。
人の暮らしを守りたいアナタと魔物の気持ちを理解出来てしまうアナタで揺れているのだと思います。
大局で見れば、ダンジョンでリコさんが仰っていた通り人を守ることが魔物を守ることに繋がりますし、だからと言って目の前にいる魔物を斬るというのは必要悪なのか……その線引きはロイさん自身が決めるべきことです。
私が世界の為に斬りなさいと言って魔物を殺めることを軽く出来たとしても、アナタの悩みを解決することはありませんよ……」
「自身の選択に責任を持つ、か……」
「今までが他者の選択に乗っかり問題を先送りにしてきただけではないのですか?」
「そうだな、耳が痛いよ」
「ここで原罪の誰かが虐殺などを起こせば、アナタはすぐにその身を投げ出してでも止めようとする意志の強さはあるでしょう……。
……しかし、その選択は他人任せなんですよ。
人として弱い、弱すぎます……」
「僕は弱いのか、そうか……そんな自覚すらなかったよ」
「アナタは原罪達に試されているのですよ。
彼らが行動を起こさないのはアナタを品定めしているからだと思います。
自分達と対等な立場なのかどうか、彼らは余すことなく見ているでしょうね……」
「ククルカンを倒しているというのにか?」
「獅子はネズミを襲うことはありません。
彼らからしてみれば私達はネズミなのですよ、歯牙にかけるほどの脅威も利益もないという訳です。
アナタ自身がククルカンを討ち果たしたなどと思ってないでしょう……?」
「ああ、ケンカに勝っただけの話だ。それは僕自身が一番分かってる」
「……でしたら、示してください。
アナタなりの答えと信念を。
彼らがケンカしたいと思えるだけのものを背負って下さい……」
ジルはどこか遠くを見るように虚空を見つめる。
「アナタの隣を歩けるように精進しますよ……」
彼は静かに部屋を出て行った。
その次にやって来たのはクリスだった。
「ロイ様、何か掴めましたか?」
「クリスの方こそ、エルフや精霊達の案件は進んでいるのかい?」
「ええ、その報告も兼ねております。
ダンジョン収益を元手に家屋を3つほど購入させて頂きました。そこに腕の立つ者、細工が出来る者を何名か呼び寄せましたわ。
腕の立つ者達で細々ながらワイバーンなどの希少モンスターの素材を集めさせ、半分の素材で精霊種の伝統工芸を作らせて半分はマージンバックでギルドに納品させる手筈まで整えてあります。
年間狩猟量などはこれから管理官と協議して決めて行く方針ではありますが大筋は決まりましたよ。
今からすることといえば流通ルートの策定ですね。こちらの希少性を理解し、適切な価格で取引きなど行うことが出来き、尚かつコネクションのある人材を精査している所ですわ……これが一番大変かもしれませんね。
専売の打診はすでに複数の商人から頂いているのですが、玉石混淆といったところでしょうか……しばらくは収益になる見込みはありませんね……」
「そうだな、収益化することも大事だが販路も整備しないとだな……」
「すでにこの街にほど近い集落にはこの事業が軌道に乗った際に補強出来るだけの人材は揃えておりますが、発注を取れないことには動かし難い状況ですねぇ〜」
「わかった、こっちの思索は行き詰まっていた所だし僕が直接見て回ろう!」
「よいのですか?」
「精霊族2万の将来と自分の悩み、どちらを天秤にかけるかなど分かり切ったことだ」
「迷いのあるアナタで精霊達の命を受け止めることが出来るのですか?」
「ああ、これは僕のしたいことだ。
逃げてる訳にはいかない……そうだろ?」
「ふむ……。でしたら、専任の者を呼び寄せて改めて今後の指針について話し合いを行う必要があると存じますが如何なさいます?」
「そうしてくれ。
それと、1週間の時間をくれないか?
1週間の間に現状の報告書類に目を通す、用意してくれ。後はそうだな……ノームで優秀な者と話がしたい。彼らは確か、道具作りや武具作りが得意だったハズだ」
「すでに呼び寄せております。今晩にでも話は出来ますが如何なさいますか?」
「さすがの手際だな。分かっていただろう?
彼らの好きな魚の香草焼きを用意させてもてなさそう。そこである程度の話をしたいと思う」
「良妻とは旦那様を適切なタイミングでお支えしてこそですよ」
クリスが軽く会釈をして部屋を後にした。しばらくして、大量の書類を抱えて男性のエルフがやってくる。
「我が王、例の件に関する書類を揃えましたのでお持ちしました。最優先事項でノーム族の文化形態の資料などもお持ちしましたが……どうなされますか?」
「もう用意してくれたのか! 助かるよ、アルフレッドさん! ノーム族の資料まで用意しているなんて!!」
「ウチの姫様から準備しておけと言われてましたからね。自分はただ、予め用意したものを持ってきただけですよ」
「クリスはホントに有能だなぁー」
「あの方は血筋でエルフの長をやってる訳ではないですからねぇ」
そんな会話をしているとミレーユさんが慌ただしくやってくる。
「兄さん、こんなところに! 姫様がお呼びですよ!」
「やれやれ……人遣いの荒い方だ……」
「頼りにされてるということですね」
「自分はこれにて失礼します。他にも書類などはありますが、この国の法令や慣例に沿って優先順位の高いものを仕分けしてありますので上から順に追って頂ければ把握しやすいかと存じます。
順位の低いものは後々お届け致しますね」
「分かった」
二人が慌ただしく部屋を出て行くのを見送ったあと、僕は山積みになった書類に手を付けた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女、第74話です。
くどくどした説明回はこれでラストです!
次回からはまた物語が動きます(の予定)
それでは、また次回〜 ノシ




