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#70.星の軌跡

「また勝てなかった……クソッ……!!」


 原罪というヤツらは本当にどいつもこいつも強すぎる。ククルカンとの死闘を越えた僕なら届くと思った――……思っていた。

 現実は手も足も出ず、一方的な敗北だった。


 乗り越えるにはあまりにも高い壁だと痛感する。


「ロイさん、帰りましょう……」


 ジルが消沈する僕に声をかける。彼の抱えるリコを背負って重い足を動かした。


「あ……フェンリル……」

「いいです、私が持ちます。ロイさんはリコさんを……今のアナタには考える時間が必要でしょう?」

「そうだな、ありがとう」


 リコの温かい熱を背中越しに感じて安堵する。

 歩きながらアナに声を掛けた。


「なあ、アナ?」

「なに?」

「僕達はアレに勝てると思うか?」


 彼女は少しだけ考えるような仕草をする。


「無理じゃない? 少なくとも今は無理だと思うなぁ……ヴリドラの"人間を全滅させるのは簡単"って言葉は、そのまま真実だと思うな〜」

「やっぱり数の差っていうのは埋めがたいよな」

「数の差だけの問題じゃないわよ?」

「うん……」

「策っていうのは差を埋めたり、お互いが拮抗した状態で行うから策としてなり得るのよ。

 今の彼我の差を鑑みて、向こうは策を弄する必要も無ければ私達が何かを仕掛けたところで痛手になりもしない。

 それくらい絶望的な差があるわ、喧嘩を売ること自体が下策よ?」

「僕達に何が足りてない?」


 アナは大きなため息を吐いた。


「人はね、知恵を武器とする代わりにその多様性を捨ててきたわ。言い方を変えましょう、知恵というのはどんな手段も補えるほどの武器でもあるのよ。

 虫はまったくの逆……足りない部分を補う為に積極的に自己変革を繰り返し、多種多様な進化を遂げてきたわ。

 種だけで人間と同数いるとも言われるほどの多様性を持っているのよ。

 人とは真逆とも取れるわね、知恵を持たないことで個体として生き残る為に貪欲に発展してきたのよ」


 つらつらと語る彼女の言葉は平坦で抑揚のない声色だった。


「そうね、人が人たらしめるものがあるとしたら感情や知性……平準化された画一的な行動原理が人というものよ。

 虫ってのは、もっと単純。生き残る為に用いることの出来る手段を用いて自己すらも破壊できるそのシンプルさ、それこそが武器なのよ。そこに感情も打算もないわ。

 それ故にその虫に知性や統率が加わったとしたら、人と虫のどちらが種として優れてるのかなんてのは火を見るより明らかじゃない?」


「そんなに差があるのか……」


「私がヴリドラとして仮定して、人を根絶やしにしようと思ったら早くて3日……遅くても2週間足らずといったところでしょうね」


「具体的に行動するとしたら?」


「まず、飲み水に毒を撒く。

 もしくは、虫を使って感染症を蔓延させる。

 この2つだけで勝手に全滅するでしょうね。

 最後は同族同士の殺し合いに発展するわよ」


「そんなに人間ってのは脆いかい?」


「知恵を付けすぎたのよ、人間はさ。

 生きるってことがごく当たり前になりすぎてて本質を見失っているわ。

 やれ平等だの、隣人を愛すべしだのなんて言葉を使いたがる時点でまるでダメね。

 そんな考えをこねくり回してるのは人だけよ、生き物は生きること自体に向き合ってる。向き合えなかったら生命を生命とは言わないわ。

 そんなの、存在定義してるだけの数字と同じだわ。

 それがどういう意味かを考える必要があるんじゃなくて?

 私達は記号じゃなければ数字の羅列でもないわけだしさ、自分自身にとって不都合なことも受け入れることは出来るだろうし、認めてより良い明日を紡いでくってことも出来るんじゃないかしら?」


 アナの文学的とも哲学的とも厭世的とも取れる主張は答えとは言い難い答えだった。


「結局、どうしたら勝てるんだ?」

「それこそ自分で考えなさいよ?」

「考えろったって、今の言い様だと打つ手がないじゃないか……」

「そうね、置き換えましょう。

 リコさんを人そのもの、ヴリドラを真理と捉えて……ロイはどちらを選びたいかって話じゃない?

 世界を救済したいっていうアナタの願いを叶えるだけならば、別に人間は必要ではないでしょ。

 むしろ、悪徳とすら言えるわね……この世界において人間なんてのは欲を孕みすぎた病そのものよ。

 人間を絶滅させた方が、よほどこの世界の為とすら思えるわ。

 けれど、アナタは違うのでしょう?」

「ああ、不必要なんてものはこの世に存在しないと思ってる!」

「だったらやることは分かり切ってるじゃない?」


 アナはまた大きなため息を吐き出した。


「ヴリドラに人の可能性を提示する!!」


「そうね、種として頭打ちな私達に出来ることは可能性を見つけ続けていくことかもしれないわね。

 あえて言いもしなかったけど、人間にとって一番の強みは考えて内側を変革していけることなのよ。

 それは、どの生き物にも出来ないことだわ」


「アナってたまに神父様みたいなこと言うよね?」


「神学ってのは、そゆもんよ。

 神様なんてのは人が正しく生きる為の道しるべであって自身を正当化する免罪符ではないのよ」


「教会の人に聞かれたら怒られそうな発言だなぁ」


「ハッ? バッカじゃないの? 教会に愛されたくて神童やってるわけじゃないっつーの!

 今日のご飯を美味しく食べる為に神様に祈ってんのよ、間違えないでくんない?」


「宗教問題は繊細だからなぁ……ほどほどにね?」


「その価値観は否定するつもりはないわ。私の中ではナンセンスってだけよ」


「聖職者にあるまじきひねくれ者だな、キミは」


「幸せに生きたいとか楽して生きたいとか考えて生きることの方がよっぽど不信心よ!!

 辛酸も苦楽も全部ひっくるめて生命に感謝する!

 辛いことがあるから幸せなのよ、私達は!!

 それが私の信じる神の道よ……そう、私のね?」


「アナはどこまで行ってもアナなんだろーな」


「そうよ? 悪いことしてるかしら?」


「さあ? それを決めるのは僕じゃないからね」


「つまり、問答の答えはそれよ」


 それきり黙ったアナの言葉を噛み砕いて解釈するが、どう考えてもよく分からなかった。


「人それぞれってことだな、よく分かんないや」

「マスターらしい答えですね」

「リコ、目が覚めたのか!?」

「ええ、大分前から……」

「じゃあ、全部聞いてた?」

「ええ、そうですね」

「リコの答えは?」


 僕がそう尋ねると、彼女は小さな声でクスクスと笑った。


「聞きたいですか?」

「ああ」


 僕の耳元まで顔を寄せて彼女は言った。


「次に会った時はあのいけすかない女をぶっ飛ばす……ですっ!!」

「ククッ、それはまた大きく出たな!」

「ええ、当然ですよ。私って負けず嫌いなので!」


 喋る時に漏れる吐息が耳に吹きかかり、とてもくすぐったかった。


「まあ、実際問題として……あの化け物をどうやって倒すかだよなぁ……」

「今のとこ、まるで勝ち目ありませんからねぇ」

「戦ってはみたけど、ほとんど情報らしい情報も引き出せなかったしな」

「迂闊に手札を見せるほど愚かな女ではありませんからね。どこかのドスケベエルフとよく似てホントに腹立たしい限りです」


 突然と苛立ちの矛先を向けられたクリスが戯けるように首を傾げる。


「あら? 私は裏も表も無くてですよ?」

「その掴み所のない言い草とロイに色仕掛けをする所がそっくりです!」

「どっしりと構えれば良いではありませんか? 私は何度も言ってる通り、二番目を狙うだけですわ」

「やはり私の中でアナタは敵です、クリスティーナ!」

「私もアナタを友人だと思ったことはありませんわ、意見が一致しますねぇ〜? ツンツン……」

「……くぅ!! どさくさに紛れて寄ってこないでください。マスターにバカが伝染ります、ガルル……」

「きゃ〜、こわいですわ〜」


 クリスはそう言いながら動けないリコの頬を指でツンツンして遊ぶ。


「クリスティーナ! 全快したら覚えておきなさいっ!!」

「はいはい、よちよち〜むにむにでちゅね〜……ツンツン……」

「くっ! なんという屈辱……っ!!」

「さすがの魔女も瀕死でおぶられては形無しですこと……私も一度くらいは瀕死になってみようかしら?」

「その時はトドメをキッチリ刺してあげますから成仏するのですよ、クリスティーナ?」

「相変わらず野蛮ですわね、竜の魔女さん?」

「黙りなさい、ドスケベエルフ!!」

「では、黙っていい子いい子して差し上げますね〜……なでなで……なでなで…………」

「くっ……!!」


 これは喧嘩をしてるのか、微笑ましい戯れなのか、仲裁するかどうか悩んでいると街が見えてきた。


「もうちょいだな」

「こんな日に帰れる場所があるっていうのは良いことですね、ロイさん……」

「そうだな。帰りが遅くなってしまったからミレーユさんには怒られそうだけど……」

「そうですね……」


 すっかり暗くなってしまった夜に街の明かりがよく映える。いつぞやのように明かりを灯した船がフラフラと水平線をなぞっていた。


「エマ、今日はどうするんだ?」

「ギルドへの報告ですか?」

「ああ、するなら夕飯は遅くしてもらうけど?」

「こんな日くらいは仕事は忘れたいですね……」


 彼女がぎこちなさそうに笑いを浮かべる。その真意を図りかねているとアナが言った。


「当たり前のように家族扱いしてるけど、エマさんは助っ人よ? そろそろお別れじゃないの?」

「あ、そっか。ダンジョン攻略しちゃったもんなぁ……エマが居ないと不便なるな、正直……ずっと一緒に居て貰いたいってのが本音なんだよなぁ……」

「え、それって……」

「まーた、口説いてるよ! このスケコマシ!!」

「違うから! まとまりがないんだよ、アナ達が!! 僕がどれだけ苦労していることか……それを分かってくれるのはエマだけなんだよっ!!」

「や……止めて下さい……」

「はい、アウト〜! 有罪デス!!」

「なんでだよっ!!」

「特別扱いされたら期待しちゃうのよ! 分かりなさいよ!!」

「期待? なにを?」

「はぁ〜? とぼけないでよ、スケコマシぃ!」

「あ、アナさん……これ以上は……ね?」

「ダメよ! ロイは調子に乗ると勘違いさせてくるからね!! 天性の女たらしなんだからっ!」

「むしろ、アナさんが私の心を抉ってますけど?」


 エマが半泣きで肩をふるふるとさせると、アナが硬直した。


「……へ?」


 アナが青ざめながらこちらを見るので、「うん、僕は途中から気が付いてたけどね」みたいな顔つきでアナを見やる。


「アナ、たまに暴走しがちだからね?」

「はい、気を付けます……」


 賑やかな街の通りをそんな他愛のない会話をして歩いた。

ハジメマシテ な コンニチハ!

高原 律月です。


竜の魔女、70話になります。

なんとか形になった感じです、ハッキリ言って中だるみです……ごめんなさい。゜(゜´꒳` ゜)゜。


それでは、また次回〜 ノシ

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