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#71.黒き英雄


「ファフニール、聞きたいことがある……」

「久しぶりに来たと思ったらそれかよ。まあ、来るだろーなとは思ってたぜ?」


 ファフニールは木剣を僕に放り投げると僕はそれを受け取った。


「英雄がなんで戦うか、知りたいんだろ?」

「ああ……」

「知ってどうするんだ?」


 僕が構えるヒマもなく、ファフニールが間合いを詰めて打ち込んでくる。僕は振り払いを受け止めてヤツの眼を見た。

 ファフニールは相変わらず、何処か人を小バカにしたような目つきで笑う。


「そういう時はな、体を動かして溜まってるもんを吐き出しちまえよ!!」

「なんで僕は戦わなくちゃいけないんだ! 世界は僕を選んだ、だけど僕には選ばれた理由も戦う理由も分からない!!」


 その笑いに怒りを憶えた僕は無心でファフニールに打ち返した。


「そうだな、分からねぇよな……」

「ここまで必死で来た、逃げたい時だってあった。何度も痛い目に遭ってさ、死にかけて……どれだけ頑張っても届かない!!

 なんで、僕なんだよ! 僕に特別なとこなんて何一つないのになんで背負わなきゃいけないんだよ!!」

「ああ、そうだな」

「ヴリトラを見ただろ、あんなのにどうやって勝てっていうんだよ! 認めたくなんてない、格が違いすぎる……もう負けたくないんだよっ!!」

「お前は本当によく頑張ってるよ、それは間違えねぇ……お前は強えよ?」

「気休めを言わないでくれよ!! また勝てなかったんだぞ!」

「差があり過ぎて絶望したくなるのもよーく分かるぜ? 意味わかんないまま、戦いの中に放り出されて選ばれたから頑張れよ……なんて納得出来ない気持ちも分かる、分かるさ……」

「お前に分かるのかよ? 黒の英雄って言われたお前に一般人だった僕の気持ちなんか分かるわけないだろ!!」

「俺だって特別なとこなんか何一つ無かったぜ? なんなら、今のお前よか弱かったくらいだぜ?」

「ウソだ! 今だってお前に一撃も入れられないじゃないか!!」

「そりゃあ、アレだよ……今のオレサマは最強だからな!!」


 ファフニールにぶん殴られた僕は痛みを感じることもなく、野に転げた。


「意味わかんないよ、そんな理屈……」

「お前が俺を最強にしてんだよ、分かれよ?」


 ヤツは僕の横に座り込むと、ただひたすらに広がる野原を見つめた。


「いい機会だ、英雄ってのと魔石の力ってのが何なのか教えてやるよ……」

「聞いたって僕はもう戦わないぞ? お前が最強だって話なら代わりに戦ってくれよ……」

「ああ、それもいいかもな」

「逃げんなって責めないのかよ……」

「あ? お前を責めるヤツがどこにいんだよ?」


 ファフニールは大きく息を吐いて、とつとつと語り始めた。


「英雄ってのがどういう理屈で選ばれるかは分からねぇ……ヴリトラやククルカンみてぇに最初っからスゲェヤツが選ばれてることもあれば、お前みたいな泣き虫ってこともある。

 俺だって、よく分かんねえうちに戦わされてアイリスのヤツは何回もぶっ殺してやろーかと思ったわ。

 お前だけでやってろ、巻き込むんじゃねぇよクソッタレ!!って、思ってたわ……マジで。

 アイツら、むちゃくちゃ強えじゃん? 俺は必要か?って思うさ、当然だよなぁ!!」


 彼がケタケタと笑いながら僕の頭を叩いた。


「……なにすんだよ」


「お前は俺と同じなんだよ、弱っちいけど必死こいてんだろ?

 俺だって必死だったさ。

 アイリスやリコに毎日ボコボコになるまで木剣でぶっ叩かれて、やべぇヤツらに殺されかけて……いま思うと何で戦えてたんだろうな、よく分かんねぇんだわ」


「だからなんだよ、僕はお前じゃない……思い出話するだけなら他所でやれよな……」


「結局のところ、英雄ってのも人間なんだよ。力を手に入れて喜ぶヤツもいれば、俺らみたいに呪いに感じるヤツもいるんだろーな。

 願いってのはそういうもんじゃねーの?

 笑ってほしいヤツが居るならソイツの為に力を使えばいいんだよ、俺は笑って欲しいヤツがたくさん居たから逃げる訳にいかなかったんだよ……それだけだ」


「こんな恨み言を聞いて、無謀な戦いを強いられて、逃げる訳にいかなかったから戦いましたなんてお人好しすぎるんじゃないか?」


「仕方ねぇだろ? お前だって聞いてるんだろ?

 誰かの幸せを願う声ってヤツをさ。そんなん聞いてたら、戦わずに逃げるなんてことは出来ないってお前だって分かってるハズだぜ?

 俺はアイリスに泣き言を聞いてもらってたからな、お前は俺に言えばいいんだよ」


 どこからか、足音が聞こえる。


「そうですよ。泣き虫ファフニールが英雄ファフニールになったのだって、この世界が紡ぐ時の悪戯だったんですからね?」

「おい、余計なこと言うなよ!」

「この人ったら、ホント毎日泣いてばかりだったんですからね?」

「ケッ……そんな泣いてねぇよ……」

「奮い立たせるのは何時だって自分自身なのです。泣き言が出るうちっていうのは、勇気が出せない時であって投げ出したい時ではないんじゃないかしら?」

「お前が言うと嫌味クセぇんだよ」

「そうかしら?」

「お前ら戦乙女ってのは、どうしてそうクソ真面目なヤツばっかなんだろうな?

 品が良すぎてこっちは追い込まれんだよ、少しは自覚を持てよな?」

「うーん、そう言われても神の御使いですし?」

「ケッ、人だった時の可愛げはどこ行っちまったんだかな……」

「アナタこそ原罪になってからスレすぎなんじゃなくて? 姉さんの後を子犬のように追いかけてたクセに……」

「……あ?」

「……なにか?」

「それより、英雄ってなんなのか知りたいなぁー」

「コホンッ……願いの力に選ばれる素質というのは平たく言って都合のいい人間です。

 人々にとって祭り上げやすい人材と言いましょうか……自己犠牲の精神が強く無欲な人間が選ばれる条件としてあります。

 人が夢見る英雄なんていうのは、そうでなくては英雄とは言わないでしょう?」

「それはそうですね」

「私達はある種、アナタ方を監視する役目を持っています。キレイなままでアナタ達を地獄に叩き落とすという役割を担っております。

 原罪として成長するまで英雄を支え、人々の膿を英雄に吸わせ、世界を浄化したら英雄は煉獄へと堕ちる――……煉獄に堕ちた原罪は次の英雄が産まれるまでその業を背負い、魔物を生み出して人々の畏れを作り出す。

 畏れは神を生み出し、神は世界を管理する。

 これが今の世界の仕組みです。

 人類が誕生してから世界は二度の分岐をしました。

 まったくの未知を恐れ、日々を生きる生命としての人類……これはアナタ達が見たミティアの記憶にある始まりの部分になりますね。

 ここから知恵を手に入れ、神に対して畏れを失った人類同士の殺し合い……一番最初の大災厄は魔物によるものではなく、際限なく膨れてしまった人々の軋轢が生み出したものになります――……ミティアの最後に当たる部分ですね」

「ということは、レーヴァテインを振るっていた男が始まりの原罪……?」

「そうです、彼の名はラマンユ。始まりの原罪にして、偽りの英雄……掲げた罪の旗印は傲慢です」

「彼が傲慢を背負うことで人々は神を思い出し、竜は神の化身となり、竜の魔女は神の御使い……私達の原型となりました。

 この過程で人々にとっての大いなる災いである大災厄が発生する度に神の化身たる英雄は生まれ、戦乙女は神の御使いとして英雄を導くというロジックが生まれました」

「ん? それって逆じゃありませんか?」

「そうなんです。英雄は神の化身であり、竜は神の化身……始まりの原罪が龍を討ち世界の穢れを祓ったのですから順当に考えれば龍は災いであり悪の象徴なのです。

 ここに"竜"と"龍"の違いがあります。

 竜は神の象徴ですが、龍は災いの象徴なのです。前者は神代の頃に畏れていた神を指し、後者は神代を忘れた人々を戒める為の神罰という意味を持ちます。

 ゆえに竜の魔女は忌み名であると同時に、神聖なる神の御使いを指す言葉でもあるのです。

 そして、その竜の魔女は大災厄の始まりに竜を連れて降り立ったミティアという女性をイメージして形作られています。

 全ての人類の原点ともいえるミティアを神格化し、畏れ敬うことで聖女は生まれたのです」

「聖女が竜の魔女だとしたら……それって……」

「聖女は代々"リコリス"の名で受け継がれてきました。つまり、リコリスという戦乙女はリコリスという聖女でもあるのです。

 その神性を強める為の事件が英雄ファフニールの悲劇……というカラクリです。

 神の御使いである戦乙女どころか、英雄そのものすら殺めてしまう恐ろしき竜の魔女を作り出すことで忘れかけていた人々の記憶に竜の魔女とその神性を強烈に植え付け、最後の原罪が産まれるその時に竜の魔女を英雄が屠る――……そして世界は始まりの原罪へと回帰する。

 それこそが私達の考えた世界崩壊の回避方法だったのです。

 姉さんは終末が来たるその時まで英雄を監視し、世界を観測し、ミティアという概念の代わり身として世界を支えていたのです。

 姉さんは私達を殺めることを断固として拒否しました。ですから、ファフニールは私を殺し……ケモノに堕ちたファフニールは姉さんに斬られたのです。

 その計略の全貌はその代の聖女リコリスに告げ、やがて英雄ファフニールの悲劇は伝説となりました。

 姉さんは今の聖女リコリスと同期することで真相を知ったようですが、最後にアナタに斬られることでその罪を雪ぐつもりだったのでしょうね。

 私達の策はアナタに全否定されてしまいましたが、それは言い換えると神たる八柱の竜を全て討ち滅ぼし、人の時代を作るということを意味します。

 打ち込まれた原罪という楔を抜き、今の世界を作る神達を斃すことで神の呪縛から世界を解き放たなくてなりません。

 よしんば、人の時代を作り上げたとしてもそこに幸福があるとは限りませんよ?

 それこそ、ミティアの最後のように人と人とが殺し合うという結末を迎えるかもしれません」


 アイリスさんとファフニールが覚悟の是非を問うように僕を見やった。


「それでも、戦います!!」


 僕は何の為に戦っていたのか、ククルカンを倒してから忘れてしまっていた。この恨み言の中にもある優しい光のような言葉が僕の戦う理由だったハズだ。

 リコも救いたいし、この声の願いを叶えたい。

 それが僕の戦う理由――……最初は押し付けられた責任だったかもしれないが、今となっては当たり前になりすぎていて忘れていた。


「この世界にある希望を守りたい! それが僕の戦う理由ですっ!!」


 人からしたらバカな理由かもしれないが、僕にとってはそれが戦うということだ。


 空を見上げると、あの日の空のように雲が二つに割れていた。


ハジメマシテ な コンニチハ!

高原律月です!


竜の魔女、第71話になります。

少し状況整理も兼ねてテンポダウンさせてみました。この時間を使って世界観を掘り下げられたらと思います!


それでは、また次回〜 ノシ

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