#46.帰らずの領域【ダンジョン:ブケファラス】
「クリス、手間をかけさせて悪かったね」
「いえいえ、おやすい御用ですよ〜」
「全員揃ったし、ダンジョンへ向かうぞー!」
「えいえいお〜!!」
「なんなの、この二人のテンションの高さは?」
「さあ?」
「まあ、私も少しワクワクしてますけどね……」
街を出て襲ってくるモンスター達を倒しながら北東に少し進むと森が見えてくる。鬱蒼と生い茂る木々は風でさざめくき、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ここからはモンスターも強くなってくるって話だから気を引き締めて行こう!」
森の中は昼間にも関わらず薄暗く、ジメジメとした空気が纏わり付いて緊張感を強くした。
茂みから小型のモンスターや中型のモンスターが飛び出して来るのを薙ぎ払いながら僕達は森の深くまで進む。
「地図で見てもどのくらいまで進んだか分からないな……」
黙々と枝や草を掻き分けて進むと、少し広くなった場所に出る。焚き火跡やテントの設営跡らしい痕跡が残っており、僕は地図を見た。
「今はこの地点か。進んでる方向は合ってるみたいでよかった」
辺りを見回してモンスターの気配がないことを確認し、僕達は腰を下ろす。
「日も暮れてきたし、今日はここまでにしよう」
「そうですね」
野営の支度をしているうちに辺りはめっきり暗くなり、森は一層不気味さを増していった。
「リコの力が無かったらこんなとこで野営したくないな」
「いつモンスターが襲ってくるか分からないですからね。加護があるとはいえ、気は抜けませんよ」
「……だな」
食事を終え、しばらくのんびりと焚き火の火種が爆ぜる音に耳を傾ける。
仲間達は寝息を立て始めていたが、僕は寝る必要も無いので見張りがてら一人でその様子を眺めていた。
「なにかすることはないかな……」
思わず、そんな言葉を零してしまう。
加護の外では魔物達がこちらの様子を窺うようにギラギラとした生臭い眼を向けていた。
ジルの村からエルフの里までファフニールと修行していたから、その新鮮な景色に少しだけ心が緩む。
「ホントに近寄ってこないんだな。不思議なもんだ」
そんな景色もすぐに見慣れてしまい、僕はふたたび手持ち無沙汰になる。
「ククルカンを倒すって決めてからここまで、やることもやらなきゃいけないことも多かったからな。
寝るってことを考えないくらい頑張ってきたけど、やることが無いと結構つらいんだな……」
最初はダフネに勝ちたいからエルフの里でククルカンを倒すに変わり、その大きな目的を達成して僕にはやるべき目標みたいなものが無くなってしまった。
残りの原罪を倒すことも世界を救うことも今の僕には実感が湧かず、考えなきゃいけないこともやることも山積みなハズなのに心にぽっかりと穴が空いたよう、虚ろな気持ちだけが僕の頭の上をフラフラと彷徨う。
「どうしたらいいってんだよ……」
そんな虚しい気持ちだけが静かな森の中で友のように語りかけてくる。
次第に東の空から薄紫色になっていき、木々の隙間から朝日が漏れた。
仲間達は眠たそうな目を擦りながら起床する。
「おはよう、みんな」
「ロイ。ずっと起きてたの?」
「ああ、いちお見張ってたけどこれと言って変わったことはなかったね」
「大丈夫? なんだか元気なさそうだけど?」
「え!? そんなことないよ!!」
「そう?」
こういう時ばかりアナは勘が鋭いから敵わないな……と思ってしまう。
支度を終えた僕達はダンジョンを目指してまた歩き出した。
一日中歩くと祠みたいな建造物が見えてくる。
「これか」
「地下迷宮型ですか、この感じは。もしくは空間転移型ですね」
「地下迷宮型?」
「ダンジョンは4種類あります。遺跡型と地下迷宮型と空間転移型、最後に巨大建造物型です。
いずれも人々のイメージから出来てますので中はトンデモ仕様なことがほとんどです」
「へぇ〜」
祠の前で人の気配を感じて立ち止まる。
「ん? 誰かいる?」
「お待ちしておりました。ずいぶん、のんびり来られたようですね?」
怜悧な顔立ちをした女性は憮然とした口調で僕達一行に言葉を投げかけた。
「アナタは?」
「私はギルドから派遣されてきたエマ・レディングと言います。専門は特殊技能系です。
ギルドからアナタ達のダンジョン攻略に協力するよう依頼を受けて昨晩からここで待ってました。
あれだけ派手なことをされるくらいなので、勇み足で駆け込んでくると思ったのですがアテが外れましたね」
「そういう話ならクライフさんも言ってくれたらよかったのに」
「ウチのギルドマスターはテキトーですからね。
私個人としては、アナタ達が愚か者でなかったことに安心したところです」
「というと?」
「ダンジョンというのは少し特殊ですからね。迂闊に踏み込めば即座に命取りになるような環境です。
きちんとした準備もせず即座に乗り込もうとするような手合いだったら帰ろうかと思っていたのですが、意外と慎重派のようで」
「そりゃあ、情報規制が敷かれるような所に無策で突撃したらマヌケだろ?」
「ええ、命を預けるに値します……」
横で「また女ぁ〜?」とか、「色仕掛けをしたら即座に首をはねましょう」とか、「私より腰つきがえちぃですね」とか、訳の分からない言葉が飛び交っているが、言及するのも面倒臭いので全部聞き流して会話を進めた。
「エマさん?」
「エマでいいです」
「えーと、エマはどうして呼ばれたんだい?」
「トラップ解除や解錠が私の専門なのでダンジョン攻略に最適な人材と判断されたのでは?」
「なるほど、安心して任せられる人材が仲間になってくれて心強いよ!」
「王国兵士だったこともあるので多少なら戦闘も行えます、一応」
「ダンジョン攻略の経験は?」
「ここのダンジョンも表層くらいなら潜ったことはあります。モンスターが強すぎて並のパーティだと奥までは行けないので深層は行ったことありませんが」
「経験者か。ホントに心強いな」
「では、行きましょうか……」
エマが身を翻して祠の中に入っていった。僕達も彼女の後ろをついて歩く。
「あ、その前に2〜3個の質問してもいい?」
「なんでしょう?」
「ダンジョン内に明かりとかは?」
「不思議なことにダンジョン内は明るいです」
「方向感覚などは?」
「マッピングも私が行いますので安心してください。表層部なら既に完了しておりますし」
「安全地帯とかはあるのかな?」
「本当に慎重派ですね。潜り始めたら表層部で何日とかかるのでそれなりの安全が確保出来そうなポイントは把握してます。
深層部も表層部と作りがあまり変わらないようなので基本は問題ないかと思われます」
「わかった、ありがとう!」
苔むした祠の中に入ると妙に湿度が高かった。
エマに言われた通りでダンジョンの入り口らしき階段は祠の中を明るく照らし、内側の壁には見たことも無い文字が刻まれている。
その不可不思議な光景は僕に高揚感を与え、同時に未知は不安も煽った。
ザリザリと響く足音と共に階段を降りていく。階段の壁にも祠に書かれていたような文字が書かれていた。
どれくらい降りたのだろうか、結構な長い距離を降りるとダンジョン内部に出る。
「これが……ダンジョン……っ!!」
そこには、まるで別の世界にやって来たような異様な景色が広がっていた。
それなのに、初めて訪れたダンジョンはどうしてだか前に来たことあるような気がした。
「ここ、地下のはずだよな?」
「不思議なくらい開放感がありますね」
「地下なのに草原もあるし、訳分からないわね……」
「空があるみたいに天井が高いですね」
「まるで夢の中に迷い込んだようですわぁ」
クリスの「夢の中」という言葉に、僕はこの既視感の正体が分かった。リコと初めて出会ったあの場所に雰囲気が似てるんだ。
「なあ、リコ?」
「ええ、そうですね。あの場所に似ています」
「ここも現世と幽世の境界?」
「感じる雰囲気は近いですね。現世よりも神を近くに感じます」
「あー、それ何となく分かるかもー」
入り口付近で僕達が浮き足立ったような会話していると、エマは何かを言うこともなくキョロキョロと辺りを見回していた。
「ごめん、お待たせ」
「いえ、初めてのダンジョンはどうですか?」
「何とも言えない不思議な気分だよ。面白そう半分、怖い半分って感じだね」
「そうですか、さすがに良い勘してますね」
「ふむ?」
「ダンジョン初心者は、この見慣れない世界に尻込みして進めなくなるか、実力を過信して命を落とすかが大半です。
ほど良く緊張感を保ちながら不必要に怯えもしないというのはシンプルですが、未経験の領域では運命を左右するくらい大事な素質ですよ。
特に集団のリーダーというのは、そういうバランス感覚がもっとも必要だと私は思います。
実力云々なんていうのはオマケですね。もちろん、実力も大きく下回っていては話になりませんが」
「そういうものかい?」
「ここまでのやり取りで信用に足る人物だと判断しました。私の知っている情報を開示しましょう」
彼女はポーチから手書きの手帳や白紙の紙、それにコンパスを取り出して僕達に見せてくれた。
「この手帳は複数のダンジョンで見てきたトラップ系の種類と対処法が記載されています。軽く目を通してください。
類似トラップがあっても事前情報があれば対処しやすくなると思います。
方角が分かるだけでも現在地が把握しやすくなるのでコンパスも必須です。お持ちでない方はいらっしゃいますか?」
「コンパスは分断されてもいいように全員分用意したよ」
僕はポーチからコンパスを4つ取り出して仲間に手渡した。
「分断された時の決まりごとを各層で決めておきましょう。このダンジョンは一層ごとに上にある森とほぼ同じくらいの広さで拡がってます。
広さで言うと大体これくらいとして、階段を降りてきた方角と歩数で計算しますと初期位置が大まかにこの辺です」
「ふむふむ……」
「ですので、基本的には遠くから見える目印を基準点にして集合地点にするのがベストだと思います。方角はマッピングしながら割り出して行きましょう」
「この辺は終わってるって話じゃなかったっけ?」
「そのはずだったんですが……」
エマは言い淀みながら手書きの地図を取り出して広げた。
「内部がなぜか変化してるのです。これは私の手落ちでもあるのですが、今までこの様なことはなかったので原因は不明です」
細かく情報が記された地図と辺りを見比べると、確かに位置取りがまったく違う。
「これは初期ポイントが変化してこうなったのか、内部の造り自体が変わってしまったのかは歩きながら調べるしかないでしょうね」
「ちなみに今のとこモンスターが見当たらないことと一番端まで行くとどうなってるのかを知りたいな」
「いい質問ですね。そういうのは見落としがちなのでこちらから説明するつもりでした。
一つ目の質問はそれを見てください。そこのモニュメントがある付近はモンスターが寄ってこないんですよ。不規則に設置されているソレを頼りに休憩や作業時の安全地帯にするのがダンジョン攻略の基本中の基本です。モニュメントの形などは変わりますが、基本どのダンジョンでもあります。
二つ目の質問ですが、見てみる方が早いでしょう」
彼女を先頭に一番近い端まで早足で歩く。
「モンスターに遭遇しないうちに初期地点に戻りたいので急いでください」
端と思しき地点までくると、壁のようなものが急に行く手を阻んだ。
「こ、れは……?」
ちょっと前まで奥に続く景色があったのにいきなり遮られて僕達は驚いて立ち止まる。真っ暗なその壁を叩いてみると感触はあるが手応えがない。
「ダンジョンでこれが一番不思議なんですよね。少し離れた位置から見れば奥行があるのに、際まで来ると唐突にこの壁が出てくるんです」
僕達は足早に引き返す。帰りがてら、ダンジョンの入り口を見てまた驚いて思わず言葉が漏れた。
「入口が見えない!?」
「そうなんです。壁と同じで近い距離まで行かないと出入り口も分からなくなってしまうんですよ。
これが一番厄介で、ダンジョンに潜って死亡する理由のトップ3には入りますね」
「考えずに進み出したら出口も分からなくなってしまうのか……」
「モンスターも脅威ですが、それ以上に不透明すぎる仕様や罠が一番の敵ですね。一つずつ解析しながら進まないと命取りになります」
「ダンジョンは人のイメージが元になって作られているという説を聞いたことがあるんだけど……」
「ええ、私達もそう考えてます。そうでないと説明出来ない部分が多すぎます」
僕は見たことも経験したこともない世界の空を見上げた。
ハジメマシテ な コンニチハ !
高原律月です。
竜の魔女46話になります。
いよいよダンジョン内部に突入しました。
深部に辿り着くまでかなり話数を消費しそうなぺースですね(笑)
それでは、また次回〜 ノシ




