#31.悪意のない天使たち
現し世に意識が戻ると外は明るくなっていて、アナとジルがすぐ側に立っていた。
「おはよう。アナ、ジル!」
「ロイ! なにがあったの!?」
「ロイさん、本当にアナタなのですね……よかった」
二人は心配そうな顔をして僕を覗き込んだ。
「急に凄い魔力を感じて飛び起きたら、出処がロイじゃない。寝てるようだったけど何があったの?」
「ちょっと夢の中で力が暴走しちゃってね……」
「アレが英雄の本質、本来の力だと?」
「二人がどう感じたかは分からないけど、そうだね」
「あんなものを抱えてアナタは平然と笑ってきたというのですか?」
「傍にいただけでも分かるよ。怨みや憎しみで頭が壊れそうになった……どうしてロイは平気なの?」
「平気なんかじゃないよ、ただ気にしても仕方ないから気にしないようにしてるだけ。
それに聴こえるのは恨み言だけじゃない……小さくても他人の幸せを願う声も確かにある。微かしか聞こえなくても僕はその声を大切にしたいんだ」
「ロイ、そゆとこが貧乏クジを引くのよ?」
「よくも悪くもさすが英雄といったところですね」
「まあ、普段はあんなに垂れ流しで響いてるワケでもないけどね。力を使うと聞こえる程度だよ」
二人は呆れたように嘆息すると肩を竦めた。
「それ、ほぼ常時じゃない……」
「そうですよ、慰めになってませんよ……」
「そう言われるとそうなんだけどね」
「まあ、ロイはロイってことね。どちらにしても私達のやることは変わらないわ、ロイが頑張れるように頑張るだけ!」
「アナさんに同意ですね。当の本人が問題ないなら部外者がとやかく言うことじゃありませんね」
二人から眉間のシワが取れるとリコがやってくる。
「だから私は不眠で無理をするなと言っているんですよ。負の淀みは知らないうちに蓄積してしまうものですよ、マスター」
「リコ……」
「なんです?」
僕は起き上がって彼女に近づいた。
「リボンがよれよれだぞ。ビシッと決める時は決めないとな!」
相変わらず不器用な結びのリボンを結び直して僕が笑うと、彼女はわなわなと肩を震わせた。
「人が真面目な話をしてるんですよ! もうっ!!」
「失礼な、僕だって大真面目だぞ?」
「そーゆーは見て見ぬふりしてください!!」
「気になっちゃってさ、ごめんよ」
「アナタには人の心がないんですかぁっ!?」
リコが顔を真っ赤にして怒っていると、アナ達は遠い目で虚空を仰いだ。
「まーた、やってるよ……このバカップルども……」
「毎朝、よく飽きませんよね……ホント……」
「えーと、昨日はボタンがズレてたんだっけ?」
「一昨日はスカートからブラウスがはみ出ててロイさん……手を突っ込んでましたね?」
「……世話焼き女房っすかね?」
「女性のスカートに問答無用で手を突っ込むのは些か疑問に感じますけどね……」
生気のない目で二人が部屋から出て行く。
「と、とにかくっ! もう無茶はしないで下さい!」
「イヤだっ!!」
「なんとかなるとは限らないんですよ!」
「それはそうだけど――……」
「いつもそう! 私の話なんて聞いてくれない!!」
「聞いてるってば!」
「聞いてないですぅ! 女はホイホイ引っ掛けてくるし、止めてもすぐ無茶するし、やらないで欲しいことはワザとか?ってくらい逆をやるし!!」
「リコだってファフニールと話する時だけ乙女の顔してるじゃんかよ! あれ、キッツいんだぜ?」
「いま、あの男は関係ないでしょう!!」
「僕だって好きで女の子に言い寄られてるワケじゃないんだぞ!! リコの馬鹿力でお仕置きされるのが一番痛いんだぞっ!!」
「ば、ばば……馬鹿力ですって?!」
「あ、それはごめん……」
僕達が言い合いしてるとアナが間延びした声で僕を呼んだ。
「ロイ〜、痴話ゲンカしてるとこ悪いんだけどさ〜」
「してない!」
「あそ。それはいいけどお客さん来てるよ〜」
「こほん……少し冷静さを欠いてしまったようですね……とりあえず頭を冷やしましょうか」
「ああ、そうだね」
僕達がリビングに出ると、クリスティーナさんが護衛を引き連れて立っていた。
「おはようございます、ロイ様。用件はお分かりですね?」
「はい、なんとなく察しはついてます」
「子細説明していただきたいと存じます」
「どう話したらいいか……」
僕が頭を抱えるとリコが言った。
「話を聞きに来たという割には、ずいぶんと物々しいじゃありませんか?」
「あれだけの禍々しい魔力を出されてしまえば、我々とて穏便にはいきません。民がみな震えております」
「彼は自身で乗り越えました。拘束などは不要です、お引き取りを……」
「アナタとは話しておりません、竜の魔女。立場を弁えなさい」
「クリスティーナ・フォンブラウン=バーミンガム、アナタこそ立場を弁えたらいかがです?
彼が本気を出したら、それこそこの里など瞬く間に壊滅してしまいますよ?」
「だからこそです。今ここで脅威を排除できず、我々のいる意味がないとは思いませんこと?
彼が英雄なのか、否か……見極める必要があります」
「疑うのであれば何者であろうと私が叩き斬ります。ロイは誰の為に歯を食いしばって戦っていると思っているのですか?」
「アナタの言葉で引き下がれるほど、わたくしの民の命は軽くありませんことよ?」
「よほど首をはねられたいのですね、アナタは?」
リコがレーヴァテインを顕現させてクリスティーナさんを睨め付ける。ジルも柄に手をかけ、僕と彼女らを遮った。
「やめろ、二人とも!!」
「ロイさん、この人達がアナタに何をしようとしているのか分かっているんですか?」
「ああ、分かってる」
「ならば、引き渡すワケにはいかないでしょう!」
「それでも、止めてくれ……クリスティーナさんだって好きでこんなことしたいワケじゃない……僕自身にだって力を制御できるかなんて保証はないんだ……」
クリスティーナさんが無言で兵士に合図を送ると、僕の手に枷がはめられる。
「アナさん、止めなくてよいのですか?」
「私は今までもこれからもずっと、ロイがしたいことを見守ることしか出来ないからねぇ〜。
ロイがそう選んだなら私はロイを信じるよー」
「アナ、ありがとう……」
「絶対に帰ってきなさいよ、とーへんぼく……」
「ああ!」
「アンタの好きなカボチャのスープ、作って待ってるから!」
兵士が荒っぽく僕を拘引する。すれ違いざま、クリスティーナさんと目が合うと、彼女はどうとも取れない表情で目を逸らした。
里の大通りを歩く道すがら、訝しがるような怖がるような……そんな視線をあちこちから感じる。
しばらく僕は焦点の合わない目で空を眺めて歩いた。
大きな建物の前までやって来ると、そいつは鉛色の空を背負って僕を睥睨する。
薄暗い部屋に押し込まれ、バタンと扉が閉じた。カチャカチャと鍵のかかる音がする。
「ロイ・オックスフォード、しばらくアナタを拘留させていただきます。逃げようなどと考えた際には容赦なく斬り捨てさせていただきますので悪しからず」
クリスティーナさんの声がドア越しにくぐもって聞こえる。
「舐めてもらっちゃ困るな。逃げるつもりがあるなら最初っから君たちを全滅させてるよ?
試したいなら試せばいい、今さら嘆くくらいなら英雄なんてやっちゃいないさ……」
「そう……ですか……どうか、ご無事で……ごめんなさい……」
彼女は聞こえるかどうか分からないほどの小さな声でそう言った。
ーー初日、溺死させられそうなくらい水責めをされる。酸素が薄くなるほどに僕の思考はぼやけていき、なぜこんなことをしているのだろうと思った。
ーー二日目、両手を縛り上げられると黒い皮の鞭が僕の体中を走り回った。ただ、ジッと口びるを噛んでそれを堪えた。
ーー三日目、足に石を乗せられ尋問された。拷問官がなにを聞きたくてなにを言いたいのか、ぼーっとする不明瞭な頭では理解することが出来なかった。変なことを口走って仲間に迷惑をかけてないか、それだけが心配だ。
ーー四日目。焼いた鉄の棒が体を炙る。焦げくさい匂いに吐き気がした。
ーー五日目、リコと話した。アナもジルも飲まず食わずで待ってくれていると聞いた。僕はご飯くらいは食べとけよ、と言った。
それから、幾日が経ったのだろうか……記憶がおぼろげになり日付の感覚も曖昧なまま、僕は乾いた口びるをひび割れた舌でなぞる。
扉の向こうに人の気配を感じて僕は薄い意識のまま見やった。
「……ロイ様、起きてますか?」
「……クリスティーナさんか……どうしたんだい?」
扉の向こうにいる彼女はしばらくの無言のあと、僕に問いかけた。
「なぜこんなことを……とは訊いて下さらないのですね……」
クリスティーナの声が掠れて震えている。きっとろくに寝てもないんだろうな。
「……英雄の力に目覚めた僕からククルカン達と同じ気配を感じた……そうだろ?」
「疑う者もいます、アナタがヤツらの仲間なのではないかと―――」
手枷から伸びた鎖がジャラリと鳴った。
「ははっ……そりゃそうだ……」
「私自身、アナタを信じ切れていないのです。
疑いたくはないのに……心は信じていたいのに……頭がそれを否定するんです―――……」
声を押し殺してすすり泣くような、そんな声が聴こえる。
「そんなクリスティーナさんを僕は信じてますよ」
「アナタは本当にお人好しですね……」
「立場を考えたら僕だって同じことをします。
みんなを守る為にどちらを選ぶべきか、悩むんだろうなって……」
リコと毎日やり取りしてアナやジルの安否も分からなかったら多分とっくの前に全部を投げ出していただろう。
戦うことを選んだのだって同じだ。
村のみんなを守りたい―――、だから僕は戦うことを選んだ。
今だって戦うのは怖いし、憎しみの声に飲まれそうな時もある。
村のみんなもジルの村もエルフの里も僕なんかで抱え切れるのか、いつだって不安でいっぱいだ。
「今日、精霊種のみなには先日の魔力暴走の件について話をしました。
リコ様達からもみなの前で釈明をしていただきました。
ティアマト様もお越しになられて説得して下さっております、今しばらくお耐えになって……」
「ああ、大丈夫。もう暴走したりはしないよ、それは僕自身が証明してみせる」
「ロイ様、私達の未来―――……アナタに託してもいいのですね?」
「ああ! 任せてくれ!!」
「どうかお体には気を付けて……」
クリスティーナさんの足音が遠くなっていく。ぼんやりと月を眺めながら、自身の行く末を考えながらその足音に耳を傾けた。
深い眠りが知らない間に僕の意識を奪い去っていった。
ハジメマシテ な コンニチハ〜
高原律月です。
竜の魔女、31話になります!
コミカルからブラックへと叩き落とすという荒業をやってしまいました(笑)
病んでんじゃないか、コイツ?というくらい脈絡なくダークサイドに落ちましたね((´∀`*))ヶラヶラ
ブラックすぎたので前半をちょっと明るくしたかったんです、継ぎ足しです。
明るくしようと思ったらコメディからブラックというサイコパスな話の流れになってしまったのです。でも、これは必要(`・ω・´)キリッ
話数を追う毎にロイ君が地味に成長してる気がします。
たかーらは嬉しいです。
打てば響くで成長してくれるもんだから、イジメのように過酷な生活を強いられるロイ君……( ⊃^;)ヒドイ、、、、
そろそろ、インフレやばい感じになってきて、どうやってバランスを取ろうか……そこもまた悩んでます。
それでは、また次回〜 ノシ




