#30.過去
「今のアナタはファフニールの最後に似ています」
彼女は止まったままのファフニールに近づき、彼の頬を慈しむように撫ぜた。
「ファフニールは魔石の力と人々の力に応えて世界を救いました。ファフニールだけではありません……原罪達はみな、人々の願いのために戦い、そして裏切られたのです」
「どういうことですか?」
「魔石は願いと祈りの結晶です。願われ、力を押し付けられ、最後に辿り着く先は畏れです……脅威が去り、平穏となれば、その力は恐怖の象徴となるのです」
「そん、な……」
「膨れていく恐怖は猜疑心を生み出し、英雄達もまた押し寄せる狂気に耐え切れず壊れるか、魔石が持つ負の側面に飲まれてしまうか……いずれにせよ、あるのは滅びの道のみです」
「僕もいずれそうなるって言うんですか!?」
「いいえ、アナタは私達とは違います。私がこの人に殺されたのも、彼が姉さんを捨てたのも全てはアナタの為なのです」
「それはどういう……?」
「私とファフニールは姉さんに英雄殺しの汚名をかぶせ、400年という年月をかけてアナタを待ちわびました。
種明かしをしますと、私達は概念を逆手に取って利用したのです。姉さんを魔女に仕立て、悲劇の英雄ファフニールを作り上げれば、大災厄の収束後にアナタに向くであろう負のベクトルを全て姉さんに背負わせることができ、アナタが煉獄へと落ちるのを阻止することが出来るのです。
アナタが最後に姉さんを斬ることで世界は救済される……そういう筋書きなんですよ、これは」
「そんなの、あまりにもリコが可哀想じゃないか!」
「私達は人々の生み出した願いそのもので出来ています。人々の為に身を投げ出すのは至極当然です」
アイリスさんはファフニールから手を離し、こちらを向いた。
「二人が何も言わないのは、アナタは世界の希望であると共に私達の希望でもあるからなのです。
最後の原罪、アナタは私達を縛り付ける因果の鎖を断ち切れる最期の希望なのです。
ここであなたが概念に飲まれてしまえば、私達は永劫に囚われてしまいます。
ですが、アナタがこの結末を知ってしまえば私達に協力してはくれないでしょう?」
「する訳ないじゃないですか、そんなこと!!」
「英雄ロイ、でしたらここで選んでください。
姉を殺して人々を救う未来を選ぶか、私達や遍く全ての生命を皆殺しにしてでも姉を助ける未来を選ぶか―――、この二択です。
私に視える未来は、どちらかにしか分岐しておりません」
アイリスは右手に青い光を放つ石、左手に赤い光を放つ石を持って僕に問いかける。
「いい加減にしろぉおおお!!!!」
僕が声を荒げて彼女の両手を払い除けると、二つの石ころはころころと地面を転がった。
「もう選ぶだけなんてイヤなんだよ! 拾った石ころで人生決められてたまるかよ!! リコも救う、世界も救う! それが僕の答えだっ!!」
「アナタはなんの為に姉さんが泣きながらファフニールを斬ったと思ってるんですか!?」
「それこそ知ったこっちゃない! アンタ達だけで勝手に酔ってろよ!!」
僕がそう言うと、彼女は笑った。
「―――そう言ってくれると思っていましたよ」
アイリスさんが両手を重ね、祈るように空を仰ぐ。世界はまた青と赤に包まれていく。
「私の力を使えば時間をほんの少しだけ戻せます。ファフニールを斬り伏せる前に時を戻して、後はアナタ自身の力でその運命と抗ってください。
今ここで人々の作り上げた怨念を振り払えないようでは、行く先は破滅が終着点になります」
「ああ! 絶対に止めてみせるさ!!」
「英雄ロイ、世界を……姉を頼みましたよ……」
直視できないほどの光がアイリスさんを包むと、僕は思わず目を閉じる。
「アナタに父の祝福があらんことを!」
再び目を開けると、ファフニールが折れそうな剣で僕の斬撃を受け止めていた。
「いよいよ、やべぇな……剣がもたねぇ……!」
「もう十分です、ファフニール! はやく逃げてください!!」
このままだとファフニールが危ない。
(どうやってコイツを止めたらいいんだ! クソッ!!)
少ない時間の猶予がとつとつと刻まれていき、僕は黒い檻を力任せに叩く。
(ちくしょう! ダメだ、もう時間が……)
諦めるように膝を折るとアグニールに目が止まる。
ゴブリン達の願いも村のみんなの願いも仲間たちの願いも背負ってきたこの剣が僕に呼びかけた気がした。
「ははっ……そうだ、僕は一番大事なことを忘れてた……そうだよな、アグニール……」
青い炎を撒き散らす粗削りの木大剣が黒い空間を切り裂いて吠える。怨嗟の声も憎悪に焚き付けられた怒りも全てを燃やす青い獄炎が振り払う。黒い檻を切り裂いた先に世界が望むボクが立っていた。僕はボクにツバを吐きかけ、押し退けるように肩を掴む。
「どけよ、ニセモノ……お前は僕じゃない。僕はボクだ、邪魔すんなよ……」
「イレモノが騒ぐなよ。俺が世界の望む英雄だ、お前は弱すぎんだよ……そろそろ役者交代の時間だろ?」
ボクは斜に構えるようにして僕を見下げ、仁王立ちしたまま動かない。そんなボクを僕は真っ直ぐに見返した。
「弱かったらなんだよ? 強けりゃ偉いのかよ?」
「力がなきゃ英雄なんて言えねーだろ?」
「なめんなよ、紛い物――……英雄ってのは想いを背負えるかどうかで話をするんだよ!!」
拳に蒼炎を宿してボクをぶん殴ると、ソイツは勢いよく吹き飛んでいく。
青い炎で焼けてくボクが最後に言った。
「だっせぇ負け方だけはすんなよ?」
「ああ、もう負けない!!」
「だったら、とっとと行けよ……英雄サマ……」
ボクを焼く蒼炎が覆っていた黒い影もそのまま焼き焦がし、僕は晴れた空を見上げた。
「ふぅ……やっと正気に戻ったか、兄弟……」
ファフニールは息を吐くと折れかけの剣を放り捨てて、呆れたような顔で僕を見やる。その後ろに立つリコと目が合った。
「ロイッ!! やはりアナタは英雄ですっ!」
「……ぶあっ!? おいっ!!」
「リコっ!」
「アナタなら必ず戻ってきてくれると思ってました」
「心配させてごめん」
「まったくです!!」
彼女は目が合うなり、ファフニールを押しのけて僕に飛びつき、強ばっていた顔を破顔させて珍しく甘い声を出しながら僕の耳元でしゃくりあげる。
彼女の安心したような声色に僕も胸を撫で下ろす。
「おいおい、俺の前でイチャつくなよ……胸くそ悪ぃな……ったくよ……」
「イチャついてなどいません!!」
「あー、そうかい! 振った女の情事なんざ、興味も湧かねーよ!! 勝手にやってろ、クソッ!!」
「アナタはなぜそう品がないのですかっ!!」
「うるせぇ、凶暴性はお前の方が上だろーがよ……」
二人の口論にモヤモヤしていると、ファフニールが意地の悪い笑みで僕を見た。
「妬いてんのかよ、お前?」
「別に妬いてなんかない……」
「おー、可愛い英雄ちゃまですね〜」
「くっそ、コイツがクラウスで叩き切られてから戻ればよかったな……」
ファフニールはリコの肩に手を回すと、イタズラっぽい笑い方をしながら言った。
「なあ、知ってるか? この女な、恋愛経験あるように見えてベッドの上は知らないんだぜ?」
「……は?」
「肉体がないから抱けなかったんだわっ!」
「あなた、なぜそれをいま言うのです……?」
「男はそーゆーの気にするんだよ、竜の魔女さん」
「そーゆーところ、ホント嫌いです!!」
ファフニールが余計にモヤモヤするようなことを口走るせいで僕がイライラしていると、彼は珍しく優しい顔つきで微笑んだ。
「安心しろって、リコはお前にゾッコンだよ……見てりゃ分かる。俺もアイリスの方が好みだしな!」
「400年前のアレは気の迷いです! 今だったらこんな男は熨斗つけて煉獄にポイっ! です!!」
僕が無理やり納得するように頭をかきながらそっぽを向くとファフニールが僕に声をかける。
「ロイ、アイリスに会ったんだろ? イイ女だったろ?」
「こくこく……」
僕が無言で頷くと、リコが眉を寄せながら顔を寄せてくる。
「初めて会った時のリコによく似てたよ。けど、アイリスさんの方が物腰が柔らかそうな感じだったね」
「ロ〜イ? 浮気したらアナタも殺しますよ?」
「いや、僕がリコ以外に興味あると思う?」
「ゔっ……そういうのはズルいです……」
リコは真っ赤な顔を背けて仕切り直すように咳払いを一つした。
「アイリスから聞き及んだかは分かりませんが、私達はマスターが飲まれそうになった時の保険でもあります。
あの子の思念が出てきたということは話す時期が来たということなのでしょう」
「まだ聞かなきゃいけないことがあるの?」
「大災厄について、です。ちゃんと話したことはなかったでしょう?」
「ああ、そういえば……」
「大災厄は人間が増えすぎることで生まれる人理の防衛機構です。
実はモンスターそのものが恐怖・畏れ・妬み・嫉みなど人々の負の感情によって生み出されています。
それと対を為すように存在するのが、私達や英雄になります」
「ふむふむ」
「人は負の感情の方が大きくなりがちです。ゆえに人が増えすぎるとモンスターによる大災厄が生まれる。それを防ぐために人々の負の感情を背負って世界を再生する人柱が英雄の役目になります。
願いとは裏を返せば欲望ですからね。欲望に転じた願いは原罪となり世界の澱として蓄積されていき、英雄は人々の欲望を受け止めることで最後は悪として裁かれ、器だけを残して滅びます。
そして、眠りについた器が溢れることで大災厄は再び起こるのです。このサイクルを繰り返してこの世界は維持されてきました」
「ちょっと待って……なぜ、僕が最後なんだ?」
「それはこの世界が歪みによって崩壊しかけているからなんです。
人間社会そのものが限界を迎えてしまったということになります」
「止める方法はないのか?」
「それをアナタがぶち壊したじゃありませんか!」
「あ、まあ……そうだね……」
「神代回帰による理想郷の時代に逆行させようとしたのがファフニール達の計画でした。
アナタを神格化させて人々の拠り所にすることで、これまでの世界と同じサイクルに世界を引き戻そうとしていたのですが、否定されてましたからねぇ……私達も解決策は無しというのが現状です。
計画の根幹を担うアイリスがアナタに力を貸したということは、逆行させるのではなく巡行させる可能性に賭けたということでしょう」
「つまり、原罪達を止めて……なおかつ、世界中のみんなが幸せに思える今を作るってことが必要?」
「それさえも分かりません。どうしたら防げるのか、これから考えて行くしかないです」
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
僕が適当なことを言うと、二人が大きなため息を吐き出して頭を抱えた。
「どちらにしても今回の件を止められてなかったら、あの化け物が食い荒らして世界崩壊が確定していたしな……この甘ちゃんに賭けるしかないだろーな」
「原罪を皆殺しに出来ても、マスター自身が原罪となって終末を迎えていたでしょうね」
ファフニールが頭を掻きながらぼやけていく。
「とりあえずだ、今はククルカンを倒すことだけ考えとけ……それ以上をお前の頭で考えるのは無理だろ?」
「うん、無理だね!」
「即答かよ……世界を任せたぜ、英雄様……」
パラパラと崩れていく白い野原でリコが僕の手を握った。
「アナタならきっと大丈夫です」
「ああ! なんとかしてみせるよ!!」
僕がそう返すと、彼女の口びるが僕の口に触れる。
「ロイ、どこまでもお供します……例え、世界が終わったとしても……」
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です〜!
竜の魔女30話です!
ようやくここまできましたね、ある意味で節目ですね!
きっついのなんの((´∀`*))ヶラヶラ
リコとファフニールとアイリスの過去編をぶち込もうかと思いましたが、それは後日にしたいと思います←長くなりすぎて本編に戻れなくなりそうなので(笑)
それでは、また次回〜 ノシ




