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#19.戦うという意味


 振り上げた切っ先がライオネルの鼻先を掠める。


「……いい太刀筋だ」


 彼は半身下がった状態からガラ空きになった僕の体に向けて鋭い爪を突き立てんと突きを繰り出す。


 ーーガキッ!!


 その突きをなんとか間に合ったアグニールの刀身が遮った。僕は詰まった息を吐き出す。


(ファフニールと打ち合ってなかったら、すでに5回は死んでるな……)


 高速の差し合いの中、心うちで一人ごちた。


 間髪入れず、ライオネルが振り上げた脚を僕の横っ面に叩きつける。


「……ぐあっ!?」


 視界の外から振り下ろされた一撃に、たまらず距離を置く。


「楽しいなぁ! ロイよ!」


 ヤツは獣らしい鋭利で暴虐的な牙をむき出して笑った。


「この俺が致命傷を与えられずに戦える相手は久方ぶりだ。このヒリヒリするような命のやり取り……これこそが戦いというものよ!」

「悪いが僕は戦闘狂じゃないんでね」

「その割に貴様の目も輝いているではないか?」

「そう見えるならソイツは期待しすぎじゃないか?」

「一介の武人として、キサマと戦えることを嬉しく思うぞ!」


 そう言って再び僕の命を刈り取らんとライオネルは踏み込んだ。

 隆起した下肢が爆ぜるように地面を蹴り、強弓から放たれる矢よりも速い金色の尾が僕を襲う。


 僕は二段、三段と打ち込まれる突きを紙一重で躱し、アグニールを振り下ろす。ヤツはそれを事も無げに半身を捻って避ける。地面に打ち下ろされた質量のある大剣が薙ぎ払うようにライオネルの胴体を捉えた。


「くらえっ!!」


 斬撃がヤツの肚を確かに斬り裂いた思った刹那、僕は空を見上げる。獅子は僕のひと振りを飛び上がって躱すと金色のたてがみを翻して空を舞っていた。


「今のは危なかったな……」


 僕の顔に弾け飛ぶような衝撃が走った。


「……がぁ!?」


 繰り出された二段蹴りによろめくと、ライオネルの野太い牙がすかさず僕の喉元を食いちぎらんと唸り声を上げる。足掻くように黒い焔を振り回し、無理やりヤツを引き離す。


「おっと、そいつは危険だな」


 ライオネルは大きく飛び退いて薄気味悪く口角を持ち上げた。

 僕は肩でする息を抑え、アグニールから吹き出る黒炎の揺れるさまをジッと眺めた。灼ける左腕が痛みで疼き、生きているかのような黒い焔が火の粉を吹き上げる。


「ハァ……ハァ……」

「もう限界か?」

「そんなわけないだろ。ちょっと考えことをしていただけだ」

「ダフネ殿の話では貴様は青い炎を使うと聞いていたが、そっちは使わないのか?」

「奥の手はとっておくものだろ?」

「ふむ……」


 そう強がってみたもの、実際にはどうやって同時展開するのかも分からないし、なぜ黒焔が左手に纏わりついているのかも分からない。それにどちらの炎を使うにしろ、一撃すら与えられないうちは意味はないのだろう。


「そうだな、本気になれるようにいいことを教えてやろう」


 ヤツは言った。


「死闘の最中(さなか)にこういうこと言うのも野暮ではあるが……」


「なんだよ」


「おかしいとは思わんか?」


 ライオネルのいまいち要領を得ない問いかけに心がざわざわと波打つ。


「なにがだよ!」


 回りくどい言い回しに思わず声を荒げた。もしかしたら、コイツがなにを言わんとしているのかを理解してしまっているのかもしれない。嫌な予感が警告を発してがなり立てる。


「我らが対峙してしばらく経つが、お前の仲間たちはなぜやっては来ないのだ?」


 その言葉にハッとなり、僕はリコに呼び掛けた。


(リコ、聞こえていたら返事をしてくれっ!!)


 何度か呼びかけるが、返事がない。


(……リコ? ……なあ、リコ?!)


 焦燥する僕を見てライオネルは憐れむような嘆息を零した。


「あのメス共を追っていたのは俺一人ではないのだよ、隠していたわけでもないがな……」


 ヤツの言葉に耳を傾けず、後ろを振り返る。


「よそ見をするなぁあああ!!」

「がはっ……!?」


 ライオネルは振り向いた僕の後頭部を容赦なく蹴り飛ばした。

 僕は地面を何度か転げて立ち上がると、ヤツに一瞥もくれず走り出す。

 そんな僕の行く手を一筋の尾が遮った。


「どけよ!!!!」


「なら、俺を討ち果たしていくがいい!」


 焦る心と裏腹に鈍くなった僕の斬撃は虚しく空を切る。避けられる度に散漫になっていく雑な攻撃をライオネルは素手で弾いて、晒された僕の腹に当身を撃ち込んだ。


「ぶふぅ……!!」


「少し揺さぶりをかけただけでこの体たらくとは……青いな……」


「うるさい……っ!」


 八方塞がりな状況に嫌な汗が止まらない。


「どのみち、俺を倒さねば仲間の元へゆけぬぞ?」

「そうだな」


 僕は開き直るように大きく息を吐いた。


(思い出せ、ファフニールとの打ち合いを……アイツはこんなもんじゃなかった! コイツを倒せなきゃ、アイツらには届かない…………ッッ!!)


 相対する黄色い瞳に浮かぶ鋭い瞳孔を睨みつけ、ダフネの瞳を思い出す。


(アナと約束したんだ! 僕はもう、二度と負けないっ!!)


 燻っていた黒い焔が意志を持つかのように僕の左腕から吹き上がり暴れ狂った。蒼天を衝くように巻き上がる熱風が辺りを焦がし、草花たちが1片残さず灰燼へと帰す。


 地獄のようなその光景に獅子は目を細めて牙を剥き出した。


「越えたか……」


 僕は、ただひたすら……目の前の獲物を狩らんと双眸を見開き、全神経を集中させる。


「神殺しの英雄とはよく言ったものだな」


 バタつく衣服のけたたましい音も、逆巻く髪の毛の一本も、ヤツを喰らう為に呻きを上げて渇望、喘ぐ。


「御託はもう、たくさんだ……ッ!」


「さあさ、死会おう!死会おうぞ!!」


 疼く左肩の衝動に身を委ね、僕はアグニールと共に駆け出した。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ロイが向かった方向から人が駆けてくるわ!」


 アナが叫んだ。


「保護します! ジルさんはアナさんを見ててください!!」


 リコは駆け出して、あっという間に遠くなっていく。


「あの二人の走る速度どうなってんの?」

「良くも悪くも人外ってところですね……」


 残された2人は呆れるようにため息を吐いた。

 しばらくして2人の女性を引き連れたリコが戻ってくる。


「なんとか無事で何よりでした」

「助けてくださって、ありがとうございます!」


 女性たちはお礼をすると頭を下げる。そんな安堵に満ちた声を1つの言葉が遮った。


「安心するにはまだ早いんじゃなくて?」


 一行が予期せぬ声に振り向くと、ジャガーのような獣人のようなどちらとも取れぬ風貌をした魔物が立っていた。


「くっ、しまった……!?」

「アナさん! 逃げ……―――っ!!」


 リコとジルが顔をしかめて硬直する。


「リコさん、ジルさん!? どうしたの?!!」


 自分以外が石のように硬直した様子を見て、アナは慌てたように声をかける。


「あら? 1匹だけ神聖魔法師がいたのね。まあ、無駄よ……その子たちは私の石化魔法の餌食になっちゃったからね」


「一瞬でそんな高度な魔法をっ!?」


「だけど……神聖魔法師のアナタには効かなかったみたいね、クスクス……」


 魔物は弱者を前に侮るよう、嗤った。

 一人、難を逃れた少女は自分を嘲笑い泰然自若とする半獣人の卑しい両眼を鋭くにらみ返した。


「それくらいのこと、私がっ!!」


 アナは両手をかざして二人の石化解除を試みるが、不発に終わる。


「どうして!?」

「発動条件が分からないものを解除できる訳ないじゃない。

 それはアナタが一番分かってるのではなくて?」

「くっ……これだけのパターンで試してるのに……」

「必死になっちゃって可愛いわねぇ〜」


 必死に解呪しようとする彼女にジャガー女は悠然と近づき、その柔らかい頬に拳を叩きつけた。


 ーーバキッ!!


「……あぅっ!?」


 アナが痛切な声をあげると、年相応の可憐な顔が弾け飛ぶ。それでも彼女は歯を食いしばり、地面から離れた足を再び踏んばると動けない仲間を見据えて両手をかざす。


(うぅ、怖いよ……怖いし、痛いよ……ホント、なんなのよっ!?)


 少女は微か震える足に力を込め、目の端にためた涙を振り落として顔を上げた。


(だけどっ!! 私がやらなくちゃ!)


 魔物はひとしきりその様子を眺めていたが、見飽きたように呆れ声をもらした。


「無駄なのよ、諦めなさい?」

「イヤよ! 私は諦めないっ!!」

「ムカつくわね……聞き分けの悪い子はキライよっ!」


 ーーゴスッ!


「うぐぅ!!」


 アナの下腹部に拳が突き刺さり、たまらず顔を歪めてうずくまる。


「かわいそーにね、なまじ石化が効かないばかりにこんな目に遭っちゃって」

「うぅ……」


 魔物はいたぶるようにアナを張り倒して踏みつける。踏みつけられて地べたを這いながらも、アナは懸命にリコとジルの二人を見つめて手をかざし続ける。


「しつこいわね! この黄色いメスが!!」


「石化さえなんとかなれば……二人なら……」


「さっさと諦めなさいよ!!!!」


「いくらでも殴ってみなさいよ、アンタなんかに負けないんだからぁ!!」


 次第に暴行は激しさを増し、アナの手から力が抜けてゆく。


「ロイ……ロイ……」


「だれ、それ? 先に行ったオスのこと?」


 少女は力の入らない震える指先を伸ばしながら、無意識のうちに男の名を呼んでいた。


「ロイが、来るまで……わたし……頑張るか、ら……」


「それこそ不毛よっ!!」


「きゃああぁぁぁ!!?」


 ジャガー女は彼女のか弱い体を容赦なく蹴り上げる。そして無抵抗に転がるアナの顔を持ち上げ、意地の悪い笑みで語りかける。


「いいことを教えてあげる……っ!」

「あぐうっ……!?」


 ギリリと絞り上げられる首から喘ぎ声が漏れる。


「あのオスのとこには、私たち戦士の中でも指折りの男がいるの。アナタ達じゃ勝ち目なんてないのよ? 分かったら大人しくさっさと死になさい、このメスガキ!!」


 アナは震える口元をパクパクさせながら、掠れるような声を振りしぼる。


「ロイは……負けないわ……約束したから……」


「無駄なのよ! 人間種ごときが私たちに勝てるハズないでしょう!!」


「ロイは強いんだから……アンタ達なんかに負けたりしないんだから……」


 アナは霞んでくる意識の中で仲間を見やる。意識の遠くでジャガー女がなにかを吠え立てていた。


(リコさん……ジルさん……)


 いまだ微動だにしない二人に詫びるよう、目を閉じて涙を落とす。


(ごめん……なさい、私の……せいで……守れなくて……ごめんなさい……)




 ジャガーの(くら)く鋭い爪が振り上げられ、アナの薄くなっていく命を刈り取らんと迫りくる。



「ロイ……」



 地面に一雫の涙が染み込むと、彼女の体に鋭利な爪が突き立てられた。



















「……ごめんなさい…………わたし……よわっちくて…………」



















 やがて、ゆっくりと彼女の服に赤い染みが拡がる。


「しつこいメスだったわね……」


 ジャガー女は人形のようにぶら下がるアナの体から爪を引き抜くと、遊び終えたオモチャを放るかのように投げ捨てた。



 ーードサッ……。



 だらりと転げた少女の体は、動くこともなかった。


ハジメマシテ な コンニチハ!

高原律月ですー


竜の魔女19話が出来ました。


そして、ストックが無くなりました(震える声)

一話辺りも文字が多くなってしまい、追い付かなくなりました(´>ω∂`)


それでは、また次回〜 ノシ

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