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#20.それぞれの想い

 

 僕は荒い息を整えるように動きを止める。


「ロイよ、段々と動きが良くなってきたな」


 ヤツも上がる息を抑えるように深く呼吸した。


「不思議なものだな……」

「なにがだ」

「種族は違えど同族よりも親近感を覚えるよ」

「まあ、そこはちょっと否定できないな」


 本気で打ち合って何度も命のやり取りをするうち、思考が分かってくるというか、純粋に戦いを楽しんでいるという一点に置いてコイツは悪いヤツではないんじゃないか?という気持ちにすらなってくる。


「お前はなぜ戦う?」


 僕は何気なしに尋ねた。


「無論、同族達のため……貴様ら人間という脅威から同族を守るためだ!!」

「そうか……」

「貴様とて同じであろう?」

「ああ!」


 僕はヤツの言葉を聞き、改めてアグニールを強く握り締めた。どこかでククルカンとかいうヤツに脅されでもしてるんじゃないか……とか、そんな甘いことを考えていた自分を恥じる。


 ライオネルの戦うという覚悟を聞いて、僕の頭は冷静に醒めた。


「悪かったな、野暮なことを聞いて」

「いい、俺も同じ気持ちよ」


 夏の粘っこい日差しを払うよう、ひと吹きの風が平原を撫ぜる。


「恨みっこ無しだ!」

「ああ、そうだな!」


 お互いが合図するもなく同時に踏み込むと、僕の剣先がヤツの肩口を裂く。焼き切れて焦げる血肉の匂いが僕の鼻先にまとわりつくと、ライオネルの手刀が僕の右肩を抉った。


「ぐっ……!!」


「よもや、一撃まで入れられるようになるとは……」


 一進一退の攻防を繰り返し、僕達は雑念をかなぐり捨てて打ち合った。


 ふと、どこからか風に乗って声が聞こえた。


(ロイ……)


 よく知ったその声は微かに、そしてどこか悲しく、風の中を舞う。



(……ごめんなさい…………わたし……よわっちくて…………)



 風を湿らせる痛々しい言葉を聞いて、僕は脇目も振らず叫んだ。


「アナああああああああぁぁぁ!!!!!!!」


 なぜ聞こえたのか、どうして僕はこんなに焦っているのか、ただひたすら慟哭が空を衝く。


「うっ、うう……」

「仲間が逝ったか?」

「くそ、くそっ!! クッソタレがぁあああ!!!」


 ライオネルは地面を叩く僕に詰め寄ると、思いっ切りに蹴り飛ばした。


「ぐぅうっ!!?」

「戦いの最中だろう、いちいち構うな……」

「お前……!!」

「安心しろ、お前もすぐに送り届けてやろう」


 僕はよろめきながら立ち上がり、ふつふつと煮立つ全身を黒い焔で染めあげる。肩から吹き出る黒血に焔が引火すると、一層激しく猛り狂う。


「……す、……お前達は絶対にぶっ殺す!!!」

「そろそろケリをつけようか、人間!!」


 僕は猛り狂う焔を自分の意志で撃ち放った。

 ライオネルはソレを飛び上がって躱し、僕はその隙をアグニールで強襲する。

 紙一重、ライオネルはその斬撃を掠らせるように体を捻り、僕の横顔に蹴りをねじ込む。叩き込まれたソレを意にも介さず、僕はありったけの力を込めて拳を振り抜いた。


「うるさいんだよぉおッッ!!」


 僕の捉えたヤツの顔面はいびつに歪み、鈍く軋むような音を立たてて弾ける。はらけた金色の毛が時を止めたように漂うと、ライオネルは吹き飛んだ。


「ぐおっ……!?」


 ヤツの体が地面を抉る勢いで何度も転げ舞う。

 黒い衝動が反射でその姿を追うと、僕は地面を蹴り飛ばし距離を詰める。


「これで終わりだぁあああああああぁッッ!!」



 直情的に真一文字で突撃すると、ライオネルの鋭利な爪が待ち構えていたよう僕の体に突き刺さる。

 それでも僕はお構いなしに燃えたぎるアグニールを掲げ、叩きつけるように大剣を振り下ろした。

 黒焔は灼熱を巻き上げてライオネルの胴体を寸断する。


「……見事ッッ!!」


 ライオネルは寸断される今際(いまわ)(きわ)、そう呟いた。


 引き裂かれた体は黒い炎の餌食となり、火の粉を吹き上げて灰になる。


 パチパチと爆ぜる音が僕の鼓膜を叩き、耳の中をやけに反響した。


 少しだけ目を伏せる。ほんの一瞬、その黙祷を終えた僕は重たい体を引きずった。


「ア、アナ……っ!!」


 戦いを終えたのに左肩が妙に疼く。


「頼む、間に合ってくれぇ!」


 流しすぎた血でクラクラする頭を殴りつけ、上手く動かない足を仲間の元へと向ける。


 薬指の指輪が微かに震える。


「な、なんだ……?」


 明滅する青い石からぼんやりと光が漏れた。僕が惚けたようにそれを眺めていると、唐突に青い閃光が世界を包む。

 どこかで見たことあるような、そんな焼き増しの光景に時が止まり、空も世界も群青に染め上げられた。青い世界でゆいつ、仲間がいるハズの場所から赤い光の柱が空を突き刺していた。


「これは、一体?」


 よくよく目をこらして見ると、赤い柱のすぐ傍で小さな黒い影が揺らめいている。


 知らない声が頭に響いた。


「彼女を助けたいですか?」

「だ、だれだ!?」

「アナタが願えば叶わないものはないのです」

「彼女って、やっぱりアナになにかあったのか!?」


 女性のようなその声は僕の問いかけに返事することもなく、続けた。


「彼女はいま、安らかな時を迎えようとしています。アナタが願えば彼女を引き戻すことも出来ますが、それは彼女にとって良いものではないのかもしれません。それでも、助けたいと願いますか?」


 まどろっこしい言い回しに被せるよう僕は大きな声で言った。


「助けたいに決まってる!!」


「わかりました……」


 青い光が僕の指輪の中に収斂していくと、なにごともなかったかのように時間が動く。


「いま、のは……?」


 左肩の疼きが収まり、ライオネルに開けられた傷口はピタリと血が止まっている。


 重たい体を再び引きずって仲間の元へと急いだ。


「すぐ行くからな!! アナッ!!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「やだぁ〜、このメスのせいで汚れちゃってるじゃない〜」


 ジャガー女は自分の手についた返り血を毛繕いするように舐め取った。


「やっぱり、人間の若いメスの血は美味しいわね」


 あらかた舐め終わり、軽くノビを一つする。


「……さてと、どれから始末しようかしら?」


 魔物は動かない残りの4人に近づいていく。

 そして吟味するように顔を覗き込むと、リコの顔に爪を軽く突き立てて引っかいた。


「この子、生意気そうね……一番最後に殺そうかしら?」


 一人、ケタケタと笑いを零す。


「わたし、人間の顔って区別が付かないけどこのメスはきっとキレイなほうなんでしょうね……かわいそー、顔に傷付けちゃった。キャハハハハ!!」


 ジャガー女は爪に付着した血を吸い取りながら恍惚とした表情でリコの赤い瞳を見つめた。乾いた血のりがへばりつく赤黒い狂爪がその瞳に迫る。


「……おかしいわね」


 すんでのところで爪が止まると、魔物は首を傾げた。


「彼はなにをもたついてるのかしら?」


 自身と共に獲物を追っていた仲間が一向にやってこないことに気が付いた彼女は少し気がかりになる。


「万が一ってこともあるかもしれないわね、先にあちらの様子を見てこようかしら?」


 しっぽをはためかせ逡巡するように唸った彼女は思い立ったように踵を返した。


「この子達はいつでも始末出来るから後回しでいいわ」


 その刹那、魔物の背中を悪寒が走った。

 手練た彼女は宙に舞うと、身を翻して後ろの何かと距離をとる。


「ん? なにもないわね……?」


 不意に感じた戦慄と死の気配を捜して、用心深く首をあちこちに向ける。いくら捜しても、あるのは動かないお楽しみ達とさっき殺したメスの死体だけだ。


 嫌な予感が彼女の背筋を撫でる。


 確かに殺したハズだ、殺し切れてなくてもあの傷では遅かれ早かれ死ぬだけだ。現に死体は目を閉じたまま、ピクリとも動かないではないか……そう言い聞かせるように、ジャガー女は上手く吐けない息を押し出すように漏らした。


「ふぅ……私らしくないわね……」


 彼女は安心を得ようと死体に近付く。


「念のため、首を食いちぎっておきましょ」


 のんべんだらり、変わるはずのない結果に呆れつつもその足は確実に死体へと向かう。


「ぴくっ……」


 注視して見ていた死体の指先がほんの僅かに動いたような気がした。


「危ないわ、やっぱり生きてたのね……」


 女は喉元を食いちぎらんと飛びかかる。瞬間、身を焼くほどの熱量を巻き上げる煉獄のような黒炎に彼女は弾き飛ばされた。


「きゃああああああぁぁあ!!?」


 数瞬の出来事に女は狐につままれたよう唖然とする。黒い炎を発したソレは静止したまま、動かない。


「なんなの、なんなのよっ?!!」


 焦燥するように震える彼女の声だけが木霊する。


「くすっ……」

「ひぃ……っ!?」


 耳元で聴こえた囁くような笑い声に、女は思わずしゃがみ込んだ。


「……狩られる側になった気分はどう?」


 自分以外は誰も居ないハズの場所で、どこからか若い女の声が聞こえる。


 この声、聞き覚えがある……そう思い、ある所に視線を向けた。


 地べたに放り捨てられたように横たわるソレは一向に動く気配もない。いや、動くはずがないのだ。


「クスクス……」


 鳴り止まない笑い声に、彼女は錯乱したかのように声を荒げた。


「小バカにしてぇぇえええ!!」

「クスクスクスクスクス……」


 女が鋭利な爪を闇雲に振り回すと、笑い声は嘲笑うかのように女の耳元で響き続けた。


「出てきなさいよっ! コソコソと忌々しい!!」


 自分で矛盾したことに気が付く。


(アイツは動いてない、死んでいる……それならば、いま私に話しかけているこの声はなんだ……私は誰と話して何と戦っているのだ?)


 女が考えれば考えるほど恐怖だけが膨れ上がっていき、奪われた思考で半狂乱になって踊り狂う。


「人間ごときに愚弄されてたまるかぁあ!!」


 彼女は突然に自らの爪を腹に突き刺した。


「フーッ……フーッ……!!」


 荒い息を抑えるように大きく呼吸を繰り返す。


「なーんだ、もう気付いたのね」


 睨みつけた死体の口元が突然と動き出し、こちらを向いてその双眸を開いた。青かったはずのその瞳は赤く光り、右目に青い炎を宿したその顔貌は、おおよそ人間とは思えない異形のなにかのようだった。


「小娘ぇ〜、なにをしたァ〜!!?」


 見据えた少女は幼子のようにくすくすと笑った。


「精神操作よ。石化魔法も扱えるアナタなら、なにをされたか……アナタ自身がよく分かってるんじゃなくて?」


「おのれぇええ……!!」


「痛かったわよ? 散々に殴られたあげく、お腹に爪まで刺されて……死んじゃうかと思った」


「どこから!? いつからっ!!?」


 少女はむくりと起き上がり、傷の痛みを気にする素振りもなくスカートの裾を払った。


「ずっとよ、ずっと……」


「ふざけるな! 私がお前を殺すまでお前はなにもしていなかった!! いいえ、出来なかった!」


「賭けだったわ、石化を瞬時に行えるほど精神魔法に精通している相手だもの。

 知識はあるし知恵もある……少しずつ分からないように精神魔法をかけるのは骨が折れたわよ?」


「そんな芸当っ……!!」


「……出来っこないって?」


 少女の周りに跳ね飛んでいた乾いて赤黒くなった血が黒い炎を上げてチリチリと燃えた。


「出来ちゃうのよねぇ〜、それがさ〜」

「タネは割れた! もう一度殺すまでよっ!」


 ジャガーは血走った黄色い目をアナに向けて飛びつく。


 不敵に笑う少女は言った。


「だって、わたし……」


 魔物の鋭い爪がアナの体を刺し貫いて、ぬらりと赤くきらめいた。


「天才、ですもの!!」


 その一瞬、二人は入れ替わるようアナの突き立てた剣がジャガー女の胸を刺し貫いていた。


「……ガッ、ハッッ!!?」

「さようなら、いい夢を……」


 驚きと怨嗟の入り交じった眼差しがアナを見つめる。


「侮った時点で私は負けてしまっていたのね……」


「ほんとのほんと、ギリギリだったわ」


「大したものだったわよ、アナタ……あれだけ殴られて死にかけて……娘が生きていたらアナタと同じくらいの歳だったわね……ああ……なぜ思い出すのかしら……」


「……最後に一つ、聞いてもいい?」


「な、によ……?」


「アナタのお名前は?」


 アナがそう問いかけると、消えゆく彼女はクスリと笑った。


「イザベラよ、可愛いお嬢さん……」

「私はアナ、アナスタシア・サウスポートよ」


 イザベラの体の大半が光に解けて昇華していく。


「おやすみ、イザベラさん」

「ええ……おやすみ、アナ……」


 イザベラが最後に落とした一雫の涙をすくい上げるよう、アナは差し出した手を自分の額に当てた。

ハジメマシテ な コンニチハ!


高原 律月です!!


竜の魔女21話になります。

話のルート分岐をどうしようか悩んだのですが、この感じで落ち着きました(笑)


さすがにアナさん退場は作者の都合的にとても痛いのでどーやって回避しようかと悩みました。


それでは、また次回〜 ノシ

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