第5話 交戦
太い枝でも踏んづけたのか、べきりと鈍い音と共に荷馬車が揺れた。レンガ地のように積まれた木箱が少しズレ、ただでさえ縮こめている体がさらに圧迫された。
「おい、積荷は崩れてねぇだろうな」
御者の男が振り返り言う。商人でもあるこの男の心配は専ら積荷のことばかりだ。無事を伝えると、商人は一つ鼻を鳴らしてぶっきらぼうに馬の手綱を引っ張った。
ひひんと高らかに馬が鳴く。ここは村と町とを繋ぐ商人の荷馬車の中であった。
無理を言って乗せてもらった立場だ。狭苦しいし居心地も悪いが、文句をつけるつもりはない。だから、俺がこんなにもうんざりしているのはひとえにアドヴェンのせいである。
「大きな羽根がついた建物がある。あれは何だ?」
「風車小屋だな。風の力で麦を挽くんだ」
「では、先ほどから道の端に刺さっている模様のついた石は?」
「里程標だろ。俺からは見えないけど」
「なぁ、今とても大きな鳥が飛んでいった! あれは何という鳥なんだ?」
「あー、トテモオオキイドリだ。大きいんだ、とても」
幌のほつれから周囲の景色を眺めているアドヴェンが、アレはなんだコレはなんだと絶えず俺に問いかける。初めて村の外に出た子供でもこんなに煩くないぞ。本当に物を知らない男だ。
アドヴェンの質問をおざなりに回答しながら、俺は持ち込んだ酒の瓶を呷った。昨夜の不可抗力で長く酒を絶っていた頭がアルコールの訪問に歓喜している。とても良い感覚だ、これで連れ合いが静かだったら言う事無しなんだが。
「手に刃物を持った男が遠くを歩いている。三人だ。あれは何をしている?」
「俺が知るわけないだろ。ここらの獣でも狩って食い扶持にでもしてるんだろうよ。山狩だ、山狩」
「しかし、この辺りはずっと平野で、あまり獣は見ていないが……。あ、こちらに来るみたいだ。獲物がいなくて困っているのかな?」
「かもな。もしくは、」
鋭い鞭の音が響いて、荷馬車を牽く馬が一つ大きくいなないた。いよいよもって俺にもたれかかってきた積荷のせいで酒が飲みづらい。
商人がこちらを振り向いて、焦りを含む大声を上げた。
「ちくしょう、盗賊が出やがった!」
「……だってよ」
「そうか、あれは盗賊か! 初めて見たな」
「あんたら、そんな会話してる余裕があんならなんとかしてくれよ! 追いつかれたら俺の積荷が奪われちまう!」
バシリと再び鞭がしなった。荷車を運んでいるとはいえ、人じゃ馬の速さには勝てないだろうよ。……などと俺はすっかり高を括って酒を流し込んでいたのだが。
突然荷車が大きく揺れて急停止した。崩れた積荷から鉄鍋が飛び出し、俺の頭を掠めて落ちていく。危ねぇ。
「くそっ、アイツら、道を塞ぎやがった!」
両足を上げて困惑を示す馬の前方には空の荷車が転がっていた。横合いの林から飛び出してきたようだ。
呆れた。盗賊というのは、ここまでして他人の財産を奪いたいものなのか。折角魔王が死んで平和な世界になったというのに。
「なぁ、なぁ、頼むよ! 助けてくれ! 俺はアンタらをここまで乗せてやっただろ!?」
「分かった。俺に任せてくれ!」
酒で機能の落ちた脳味噌がなんらかの結論を導く前に、隣に座っていた大男がやたらと元気な声をあげた。
「待て。お前、何をするつもりだ」
「そうだな。……二度と盗みが出来ないようにする」
「具体的には」
「えーと、……こうかな」
アドヴェンは転がった鉄鍋をひょいと拾い上げ、くたくたに曲げた。粘土細工と見紛う気安さであった。
駄目だな。
「……俺がやるから」
「しかし、ハイドは酒を飲んでいるし、」
「俺がやるって言ってるだろ。お前は幌を上げてるだけでいいよ」
「どっちでも良いから助けてくれよ! ようやくここまで成り上がったってのに、俺ぁ死にたくねぇよ!」
叫ぶ商人の首に刃を突きつける盗賊が一人。前方の荷車から降りてきたようだ。後方にはこちらに向かって駆けてくる盗賊が三人。
「荷台のお前ら、御者を殺されたくなかったら下手な真似すん」
口上は最後まで続かなかった。俺の投擲した元鉄鍋が、盗賊の顔を強かに打ち付けたためである。商人に当たらなくて良かった、どうも最近手が震えるもんで。
仲間が倒れる瞬間を見たのか、背後から怒号が上がった。まだ少し距離があるが、残りの盗賊三人衆とも直に接敵するだろう。
助けてくれと言われてしまったし。アドヴェンに任せると何をしでかすか分からないし。それから、……俺の個人的な恨みも出来たことだし。
俺は先程の衝撃で空になってしまった酒瓶を握りしめた。俺から酒を奪った報いを受けてもらわねばなるまい。
荷馬車の外に飛び降りた瞬間、酩酊でぐらりと視界が揺れた。思いのほか酔っている。きちんと手加減出来るか心配だよ、人間なんて普段相手にしないから。
どうか丈夫であってくれよと祈りながら俺は酒瓶を構えた。さぁ戦闘開始だ。




