第4話 俺はお前の保護者ではない
倒れていた四人の騎士は全員生きていた。
怪我の程度には大小があったが命に別状のある者はいない。最も怪我の重い一人以外は、拙い俺の気休め程度の回復魔法によって目を覚ましてくれた。
鹿に似た見た目の魔物に襲われた、と彼らは語った。
村付近の森を巡回中に遭遇し、見晴らしの良い沢まで誘導して交戦するも敗北。そして今に至る、とのことだ。
アドヴェンの凶行は欠片たりとも語られず、それどころか騎士らはこの場にいないアドヴェンの安否を心配するばかりであった。
貴方がたを襲った魔物を倒しに行った、という真実を伝えるのは憚られた。俺がこの沢に到着した時点では、アドヴェンは明らかに死んでいたからだ。
俺の躊躇をどのように受け取ったのか、騎士の一人は項垂れて、一つ大きな呼吸をした。
「……気を失う直前、私を庇うアドヴェンの背を見ました。見間違いでなければ、彼は、」
その騎士はアドヴェンの死体が転がっていた場所を見ていた。てらてらと光る夥しい血の跡は、騎士の頭に明確な答えを与えたことだろう。……それは誤答ではあるのだが、わざわざ訂正を入れる気はなかった。
左手に握りこんだままの彼の心臓を指先で撫でた。アドヴェンは、彼らに手をかけていなかったのだ。
項垂れていた騎士は姿勢を正し、持ち主なき血痕に向けて剣を翳した。
「叙任こそしていないが、彼は確かに騎士の一人として我々と共にあった。同胞として、彼の勇敢な死を誇りに思う」
隊長と思しき男がそんな言葉を告げるのを、俺はぼんやりと眺めた。
騎士らの言う誇りとやらを、俺は正しく理解することはできない。ただ、結果として、アドヴェンという魔物は彼らの命を救ったのだ。その事実を俺はどのように受け入れるべきだろうか。アルコールが抜けていたって、俺の頭は答えを出すことすらできやしない。
■ □ ■
「約束通り、戻ったぞ」
空の端がうっすらと白み始めた頃、アドヴェンは驚くほど気さくな声とともに俺の前に姿を現した。黒っぽい液体で全身を濡らし、無暗に鉄の臭いを振りまいて、しかし隣人と挨拶を交わすような調子で。
「……おかえり」
「ああ、ただいま! 悪さをした魔物は無事仕留めることができた。これでもう安心だな」
彼が担いできた黒い塊が地面に落ち、どさりと無遠慮な音を立てた。
鹿に似た魔物だと騎士らは言っていたが、アドヴェンが運んできた塊が鹿の姿をしていることに確信が持てなかった。大人三人分はあろうかという大きさのその塊は、鹿かどうかを判別できない程度に損傷していたためだ。
一体どのような攻撃を加えればこんな状態になるのだろうか。少なくとも一人の人間がこの短時間でなせる所業でないことは確かだ。
「騎士の方々は?」
「全員無事だよ。今頃村で治癒師の治療でも受けているんじゃないかな」
「よかった。貴方に頼んで本当に良かった。……そろそろ俺の心臓を返してもらってもいいか?」
安堵という言葉を表すためのような笑い方であった。俺の知る魔物の生態とはかけ離れた、あまりに人に似た笑顔であった。
「お前、どうして人間を守った」
唐突な詰問に、アドヴェンはまじまじと俺に目を合わせた。
「他人に心臓を預けてまで、どうして村を守ろうとした」
何も言わず俺を見下ろすその様子は、五感のすべてで質問を受け入れようとしているかのようだった。
「誤解でお前を詰って殺した俺に、どうして何も言わないんだ」
「……なんだ、そんなことか」
アドヴェンは少しだけ笑顔の性質を変えた。
虹の行先を尋ねる子供を慈しむ時、人間はこんな表情をする。
「騎士の方々にも、村の人達にも、貴方にも、とても親切にしてもらったから」
――これが魔物の持ち得る答えか。
納得なんてできないし、俺の理性は未だに彼を否定している。魔物なんてさっさと殺してしまうべきだと頭の半分が喚いている。
ただ、もう半分は。命を懸けて他人を救ったこの男に報いる奴がいてもいいだろうと囁くのだ。
「お前の心臓は返さない」
「そ、れは困るな……。俺も一応、死にたくはないんだが」
「お前みたいなのを自由に人里に出すわけにはいかない。だから、これは俺が責任をもって預かっておく」
「……それには一体、どういう意味が?」
「手綱」
たづな。アドヴェンはまるで意味を知らない子供のような調子で俺の言葉を繰り返した。
この男の面倒を見るのはさぞ大変なことだろうな。でも決めてしまった。
「連れて行ってやるよ。ルデウカ区域に」
「……本当に? ハイドが俺を連れて行ってくれるのか?」
「二度も言わせるな。お前の核は担保だ。人間のふりを徹底しろ。妙な行動を起こすな。俺の言うことを守れ。そうしたら、俺が責任をもってお前をルデウカまで連れていく」
夜が明けていく。おかげでアドヴェンの表情がよく見える。俺の言葉の真意を測るかのような、まっすぐな目。魔物にしてはよく笑い、人間にしては型に嵌った顔ばかり見せる男。
アドヴェンはたっぷり五秒の時間をかけて俺の発言を飲み下し、
「……なるほど。俺の保護者になってくれるのか!」
「違う。保護なんてしない。お前が人間に害を為したら即座に核を叩き壊すのが俺の役割だ」
「それでも構わない。ありがとう! ありがとう!」
踊りだしそうなほどの勢いで俺の両手をとったアドヴェンの肩越しに、昇り始めた朝日が見えた。
目指すは禁足地ルデウカ。瘴気の淀む場所。魔王の発生地。
勢いで決めた奇妙な男との二人旅を憂いる前に、とりあえず、なによりも、
「酒が足りない……」
離脱症状で痛む頭をどうにかするのが先決だろうか。




