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酔いどれ勇者は人でなしの保護者ではない  作者: 中島とととき


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27/32

第27話 今更


「ハイドがもう三日も酒を飲んでいない」


 唐突にアドヴェンが言った。明日の昼には王都フィデルカに到着するだろうと、そんな話をしている最中だった。


「確かに飲んでないけど。それがどうした」

「ハイドにとっては薬なんだろう? 飲んでいた方が辛くないって言っていたじゃないか。さっき通り過ぎた村に今からでも戻るべきだ」

「もう王都に着くんだぞ。勇者の立場を使うんだから、酔っぱらってるわけにはいかない」

「しかしなぁ」


 アドヴェンの視線が俺の手元に動いた。焚き火に干し肉を翳す手は常に小さく震えている。アルルテート行きの船内でもそうだったが、不調を理由に酒を勧められている状況はなんとも奇妙だ。酒は薬だとコイツに教え込んだ俺に全ての非があるのだが。


 ヨッダ村を出て約2日が経過した。道中に二つほど村があったが、どちらにも寄らずにひたすら進んできたおかげで王都はもう目と鼻の先だ。

 日暮れに運よく誰かの野宿の跡を見つけたため、今夜はここで休んでいこうと火を焚いた。当たり前のようにアドヴェンは焚き火を起こせなかったが、意外なことに野外調理の心得は持っている。アドヴェンが作った燕麦粥を食べるのもこれで四度目になる。


「そもそもどうしてルデウカ区域に行くのに勇者の立場が必要なんだ?」


 ルデウカに行きたいと言うくせに、アドヴェンにはルデウカの知識がほとんどない。彼がどうしてルデウカなんぞに行きたがるのかを、俺は未だに聞けていない。


「ルデウカ区域ってのは王都近くの孤島全域を指す言葉だ」


 正確には孤島周辺の海域も含んでいた気がするが、細かい定義なんてこの男は気にしないだろう。孤島かぁと呟く調子は軽く、まるでピクニックを想定しているかのようだった。もちろん、行先はそんな穏やかな場所ではない。


「孤島だから海を渡らないと辿り着けない。でも、なんの対策もない船で向かうと当然のごとく魔物に沈められる」

「どうするんだ?」

「王国騎士団がこの海域を越えられる特殊な舟を持ってる。くらましの魔法がかかった舟だ」

「なるほど! 勇者の立場を使ってその舟を貸してもらうんだな!」


 アドヴェンは合点がいったとでも言いたげに数度頷き、手元の燕麦粥を傾けた。断られるかも、という心配はこの男にはないようだ。俺も出立時はなるようになるだろと気楽に構えていた。酒が抜けた今は少しだけ不安を感じている。


 それからいくつか王都について尋ねられ、様々なことをアドヴェンに教えた。食べ物の話をすれば美味しそうだと言い、王城の話をすれば見てみたいと笑う。それでも、王都を観光したいかという問いにはあっさりと首を横に振った。興味がないのか、ルデウカ区域のことしか頭にないのか。

 いずれにせよ、王都に長居をしないでいいならその方が俺にとってもいい。


「ルデウカに着いたら、お前はどうする?」

「ん? なんの話だ?」

「願いが叶った後の話だ。あの村には帰れないだろ」

「死んだことになっているもんなぁ」


 からんと木製の匙が鳴った。空いた彼の右手が、考えている風に口元を覆う。答えは想像以上に早く出た。


「わからない!」

「……そうか」

「ルデウカ区域に行った後か。考えもしなかったな。ちょっと時間をくれないか、今から考えてみる」

「好きなだけ考えるといいよ。俺はもう寝る」


 小さく唸りながら考え込むアドヴェンに背を向け、草の上に横たわる。アドヴェンには悪いが、さっきの答えだけで俺は満足だった。これ以上の回答はいらない。わからないのは俺も同じだ。

 焚き火の熱を背中に感じながら、おやすみと呟いた。草の擦れる音にも負ける、そんな声量の言葉だったのに


「おやすみ、ハイド」


 ……ああ、やっぱりアドヴェンは魔物に他ならない。これもまた、どうしようもなく今更だ。


■ □ ■


 王都までの最後の行路でトラブルが起きる、なんてことはなく。俺達は無事昼ごろには王都フィデルカに辿り着くことができた。

 商人も観光客も移住者も、この都には様々な人間が訪れる。目深にローブを纏った男とやたらと大きい優面の組み合わせだって大して怪しまれることはない。


 それでもなんとなく後ろめたい気持ちがあって、俺は大通りを避けて歩いた。レンガ地の建物の隙間を幾度も曲がりながら、目指すは王都の北部である。折角の王都というのに王城にも寄らず、賑やかな商業区すら徹底して避けている俺に文句をつけることもなく、アドヴェンは路地裏でも元気だ。


「すごい、アルルテートよりもずっと建物が多い! 人の声もあちこちから聞こえているし、流石王都だ!」


 いつもの感じを適当に聞き流しながら、建物で四角く抜かれた狭い空を仰いだ。背の高い尖塔――フィデルカ北部城壁に備えられた防衛塔の一部が見えていた。目的の舟はあの塔の倉庫で保管されている。

 喧しいアドヴェンを引き連れながらフィデルカを縦断し三十分。辿り着いた尖塔の根本には、王国騎士団らしき二人の人影があった。丁度見張りを交代するタイミングのようだ。うちの一人、尖塔から離れ始めた方の騎士に、声をかけた。


「お久しぶりです。ノリーさん」

「……えっ? あっ」


 明るい髪を高いところで一つにくくった女性の名は、ノリーといった。顔と名は知っている。逆に言えば、それしか知らない。

 僅かにフードを上げた俺の顔を覗き込んだ彼女は、訝し気に細めていた目を大きく開いた。


「ゆ、……勇者様でありましたか。不躾な対応、失礼いたしました。私になにか御用でしょうか?」

「ルデウカ区域に行きたいんです。騎士団の舟をお借りできませんか?」

「ルデウカ……!? 舟、ですか?」

 

 前置きも何もない要求に、彼女は目をきょろきょろと忙しなく動かした。町の北端で人通りが少ないとはいえこんな道のど真ん中でする話ではないし、ノリーがどれほど権限を持っているのかすら俺は知らない。

 あまり人前に出たくないが故に直接北部の防衛塔まで来たわけだが、結局王城まで出向かなければいけないかもしれない。黙り込んでしまったノリーの様子にそんなことを考えていたが、ややあって彼女はパッと顔を上げた。不安げに、しかし心を決めた表情で。


「わかりました。こちらへどうぞ」


 ……何事も言ってみるもんだな。


 端で待たせていたアドヴェンを手招き、ノリーの後を追った。彼女の足取りは防衛塔内部、ではなく城壁のさらに外へと向いていた。


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