第23話 平和の末
「処刑、ですか……?」
知っている言葉のはずなのに、異国の言葉を聞いたかのようだった。アルバスの様子は俺に助力を求めた時と殆ど変わらず、それが何よりも不気味に思えた。
「勇者様に捕らえていただいた盗人の処刑を行うのです。頻繁にすることではないですから、手際が悪くていけない」
「何故、どうして処刑など行うのですか。罪人は王国騎士団に引き渡す決まりだ、そうでしょう」
「それが正しい行いであることは私どもも承知の上です」
このやり取りの間にも三人の男がアルバスの背後を通っていった。よく耳を澄ませば宿場の外も騒がしい。
「だったら、」
「あの賊はヴェルデ村の者です」
ヴェルデ村。マシュの顔が頭によぎった。
「そ、れが、何だというのです」
「ここのところ事件が多い、とお話しましたな。犯人の大半はヴェルデ村の者なのです。あの村の者が幾人も、貧困によって賊に身をやつしている」
「ヴェルデ村の出身だから殺すと? 彼等は反省していたはずです。盗品も、全てではないでしょうが、戻ってきます。処刑は不当だ」
アルバスは明かりを厭うように目を細めた。
「見せしめがいります」
見せ、しめ?
到底信じられる言葉ではなかった。脅しでも冗談でも何でもいい、この言葉が本意ではない証拠を見つけたくて、俺はアルバスの表情を無遠慮に眺めた。彼の凪いだ瞳から得られたものは何もなかった。
「私どもは彼等を処刑する必要がある。二度とヨッダ村に手を出すまいと、ヴェルデの者に知らしめるために」
「そんな、どうか、考え直してはくれませんか」
「このまま賊を見逃したとてまた別の賊が来るだけです。村の恵みに留まらず、旅の者にも手を出されています。村の悪評を広めるわけにはいかない。……私にはヨッダ村の長としてこの村を守る義務がある」
アルバスは目を伏せ小さく首を振った。聞き分けのない子供にするような仕草だった。
「彼等に罪を贖わせなければならない」
二の句が継げなかった。唇がわななき、喉がつまり、肺がわしづかまれている。
その時、重い物が落ちたような大きな音がして、堪らず俺はアルバスを押しのけ宿の外に出た。事の発生地は直ぐに分かった。一方の空が篝火によって煌々と照らされている。
矢も盾もたまらず駆け出した。途中、手に刃物を持った村人を何人か追い抜いた。鋤や包丁。武器と言えるような物ではない。誰も彼もが日常の延長を纏っていて、とてもこんな凶行に加担する人間だとは思えなかった。
辿り着いた先は村の中央、集会用の広場だった。中心では村人らの手によって断頭台の組み立てが行われている。その横では俺が助け出したはずの盗賊達三人が鎖に繋がれ項垂れていた。祈るかのように、縋るかのように。
道の真ん中で立ち竦んだ俺の横を人々が通っていく。咄嗟に手を伸ばし、内の一人の足を止めた。
「処刑をやめてください。今すぐこれを、お願いします、やめてください!」
その女性は何も答えず、困惑した表情で目を逸らした。別の男性にも声をかけたが、彼は振り返りもしなかった。その間に女性も立ち去っていて、断頭台を囲う影のどれになったのかも分からない。
ただ、ただ、ただ、人が、人が、人が。
呆然とその場に膝をついた。背後からアルバスの声がした。
「ご理解ください勇者様。これも我らの平和を守るためなのです。貴方様によってもたらされた、この村の平和を守るために」
――俺がもたらした平和?
俺が貴方がたを救った末が、この光景か?
「折角ハイドが助けたのになぁ」
気づけば地面ばかりとなっていた視界の中に、革靴の先端が映り込んだ。見上げると、アドヴェンが俺のことを見ていた。
「俺、俺は、殺すために彼等を助けたんじゃない」
「ああ、そうだろうとも。俺は知っている」
「俺が助けたせいなのか? 俺が助けたから、彼等は死ぬのか?」
「ハイドのせいじゃない。ハイドはアルバスの願いを叶えただけだろう。決めたのはこの村の者だ」
「止めなきゃ。止めないと、なぁ、アドヴェン、どうすればいい。言葉は届かない。村人らに暴力を振るうわけにもいかない。止められない。助けられない。どうしよう、アドヴェン、アドヴェン」
裾を掴み縋った。一層燃え盛る篝火が、俺とアドヴェンの影を揺らした。「そうだなぁ」と口元に手を当てるアドヴェンは逆光。表情も、心の底も、俺からは見えない。
「いいんじゃないか、見捨てても」




