第22話 仇
洞穴にいたのは三人の男だった。うちの一人は足に大きな怪我をしていたが、命に別状のあるものはいなかった。
ただ、三人とも栄養失調を起こしている。盗み出したものでバリケードを作ってしまったせいで、大半の食料に手を出せなくなっていたようだ。中身が脱穀前の大麦ばかりであったことも、運がなかった。
恐怖と疲労によるものか、俺が踏み入った時点では洞穴を出ようとする意志が見られなかったが、アドヴェンが顔を出した途端に彼らは安堵の表情を見せた。顔の良い男は得だな。あるいは俺が血塗れだったせいか。
水と食べ物をとらせ、簡単に傷を処置している間、彼らといくつかの話をした。ヨッダ村から食料を盗み出したこと。山を移動中に魔物に襲われ、洞穴に立てこもり出られなくなったこと。おおよそアルバスが語った経緯と同じことを、彼らの口からも聞くことができた。
途中、怪我をした男が震える声で言った。
「私たちを、ヨッダ村へと連れていくおつもりですか」
「そのように頼まれています。貴方がたは罪を償うべきだ。……盗んだものを返して、ヨッダ村の方々に謝罪をするんです」
男は小さく息を吐いた。受け入れてくれたのだと、言葉がなくとも理解することができた。
動けない一人はアドヴェンが背負い、他の者にはなんとか歩いてもらい、五人全員で下山できたのは夜の入り頃であった。
集まってきた村人らによって三人の盗人は村の中心へと連れていかれた。ヨッダ村には牢屋がないため、空き家に鎖で繋ぎとめておくつもりらしい。昼食時にアルバスの隣にいた男が指示役をしており、落ち着いたタイミングを狙って彼に事の詳細を話した。
「盗品までは持ち帰れず、今も洞穴に残っています。日の出ている時間に回収してください。周辺の魔物は殺していますが、くれぐれもお気をつけて」
「わかりました。明日以降に村の者を向かわせます」
「俺は元の量を知りませんが、恐らくほとんど残っているでしょう。……盗人らは、謝罪の意思を持っています」
男の眉が少しだけ動いた。俺の言葉の真意を測りかねている風であった。
「どうか彼らに、温情を」
「……勇者様は、お優しいですね」
本日はお休みになってください、と彼は今朝も利用させてもらった宿場の方角を示した。
すぐに村を出たい気持ち、すなわち酒を飲みたい気持ちは大いにあったが、流石に血塗れの服の不快感の方が強い。少し悩んだが、素直にご厚意に預かることにした。
「替えの服をいただけて良かったなぁ、ハイド。俺の分まであるだなんて、準備がいい」
「服が駄目になるくらいの状況を想定していたんだろうよ。良かったよ、服だけで済んで」
宿で体の汚れを落とし服を着替えたところで、今思い出したかのように急に疲労感が現れた。年単位で引きこもっていた体を昔のものと同じように扱っちゃ駄目だな。
ベッドに横たわり動かないでいると、無遠慮に扉が開かれる音がした。体を清めたアドヴェンが部屋に入ってきたようだ。
「さて、村はいつ出る? もう出るのなら、荷物は俺が整えよう。ハイドは休んでいてくれ」
「いや、今夜は泊まっていく。もうくたくたなんだ。朝になったら王都行きの行商人でも捕まえて乗せて貰おう」
「分かった。それまでにやっておくことがあれば言ってくれ」
「殊勝だな、相変わらず」
寝返りをうってアドヴェンを視界に入れた。彼は思いの外近くで俺のことを見下ろしていた。
「ハイドは優しい」
「……なんだよ、急に」
「見返りも求めず、他人を助けることに躊躇がない。今日助けた盗人はハイドに礼の一つも言わなかった。それでもハイドは彼らの罪の容赦を願った」
「彼らを助けられたって事実が俺には十分な見返りなんだよ。礼を言われるのは嬉しいけど、そのためだけに動くわけじゃない」
「……ハイドは他人を救うことが好きなのか?」
「……どうだろう」
アドヴェンの表現は正確ではない、と思った。
他人を救うのが好きなのではない。ただ見捨てられないだけだ。自分の力で守れる物がある時に守らないではいられないだけ。
目に映る全ての願いを叶えないと気が済まないのは、やらないことで失望されたくないからだ。俺を動かしているのは優しさではない。浅ましい自己保身なんだ。
でも、
「誰かを助けられたら嬉しいって思うくらい、構わないだろ」
「……あぁ、ハイドは優しい。その優しさは報われるべきだ。だから俺は、俺にできる全てでハイドを助けたいと思えるんだ」
アドヴェンは嘘をつかない。俺はアドヴェンを信じることができる。……俺なんかよりよっぽど純粋な、彼の優しさを。
「……ありがとう、アドヴェン」
「お礼はまだ早いぞ、ハイド! 俺はまだ何もしてないからな」
「あー、気持ちだけで十分だ。お前に任せると面倒事が増える」
そんな! とわざとらしく口元を押さえるアドヴェンが可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
これは本音だ。その気持ちだけで十分俺は報われたんだから。
やいやい何事かを主張するアドヴェンの声を聞き流し、そろそろ寝るかとまた寝返りをうった。その時、不意に扉が叩かれた。
来客だ。喧しかったアドヴェンが急に黙り込んだせいで、部屋の温度が一段冷えたような気がした。
扉を開けると村長のアルバスが立っていた。今度は一人だ。
「お休み前に失礼します。此度のお礼を言わせていただきたく」
「こちらこそ、お力になれて嬉しいです」
「勇者様は旅の途中と伺っております。お礼というには烏滸がましいですが、入り用の品がありましたら私どもに何でも仰ってください」
酒。と言えたらどれだけいいか。
扉前でアルバスと柔らかな押し問答をしていると、彼の背後の廊下を慌てた様子の村民が駆け抜けて行った。続いて昼食時にアルバスと同席していた男がこれまた忙しそうに大股で歩いていく。
「……なにやら慌ただしいですが、トラブルですか?」
「あぁ、いや、騒がしくて申し訳ない。トラブルと言えるほどではないのです。どうも準備に手間取っているようだ」
「準備、ですか」
ええ、とアルバスは緩やかに首を縦に振った。彼が目を細めると、皺の深さが際立った。
「処刑の準備をしております」




