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酔いどれ勇者は人でなしの保護者ではない  作者: 中島とととき


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第2話 在りたい自分でいられない


「ルデウカ区域に行きたいんだ」


 ……俄かには信じがたい話だが。あれからもアドヴェンはしばしば俺の前に現れて、決まって同じ言葉を口にした。


 「俺の家の前で待つな」。「俺の後ろをつけてくるな」。これらの言葉を忠実に守ったアドヴェンは、代わりに沢や酒場への道すがらに現れるようになった。

 一番守ってほしいのは「二度と俺に頼み事をするな」の部分なんだけど。こっちは守ってくれないんだな。それほどまでにルデウカなんぞに行きたいっていうのか?


 ルデウカ区域はこの村から遠く離れた場所にある。平和な時代となった今なお魔物の目撃情報があるような危険区域だ。そのような場所に行きたがるなんてよほど大事な用があるに違いないが、俺が叶えてやる義理なんてない。ないはずだ。……ないよな?


 頼み事なんて聞きたくないから、毎回毎回丁寧に無視してやっているというのに。アドヴェンは気を悪くした様子も見せず、毎日毎日俺の目の前に現れやがるのだ。誠実な表情を浮かべて、ただひたすら、ひたむきに、諦めることなく。


 真面目で勤勉? とんでもない見誤りだ。この男は異常である。


 今日も今日とてアドヴェンは来た。毎度毎度の無法にうんざりして、馴染みの酒屋の主にあの男について尋ねていた、丁度その帰りであった。


 「彼は物を知らないだけだ。記憶喪失らしいじゃないか、多めにみてやれ」。「確かに変わった男だがそれ以上に素直で真面目だ。変な言動だって、指摘してやればすぐに直すぜ」「余所者のくせに、村のために働いてくれている。良い奴じゃないか、何が不満だ?」。


 妙だ変だという文句を探しに来たというのにこの始末。アドヴェンの人となりを否定しようもんなら、逆に俺の方が村から叩きだされかねない勢いだった。これらの評判が本当なら、俺はアイツにつきまとわれてないはずなんだが。


 話を聞くのがあまりに苦痛だったので、俺は早々に店を出た。その矢先の不審者である。

 店明かりに照らされたアドヴェンの顔は、何がそんなに楽しいのか、小鳥の群れでも見ているかのように朗らかであった。お前の前にいるのはアルコール不足で死にそうになってる男だけのはずだが?


「今日は話を聞いてくれるか?」


 俺は無言で買ったばかりの酒瓶数本をアドヴェンに押し付け酒屋に戻った。こいつに荷物持ちをさせればあと数本多く酒が買えると気づいたからだ。折角現れた不審者なんだ、利用できるときにするのが礼儀ってもんだろう。


「これを運べば良いのか?」

「あー……、よろしく」

「もっと買ってもいいぞ。俺は力には自信があるから」

「いい。持ち合わせがない」


 計十一本の酒と奇妙な大男をつれて俺は家路を歩いた。太陽が沈み月が昇る境目であった。

 アドヴェンは何も言わないで、ゆっくりと俺の四歩後ろを歩いている。諾々と従うこの大男の頭の中がさっぱり分からないし、分かろうとしたくなかった。それなのに、冷えた夜風が俺の頭の酩酊を取り去っていこうとしている。


 酔いが醒める瞬間が嫌いだった。素面の脳味噌はいつだってろくでもないことばかりを考える。それは後悔だったり、諦観だったり、罪悪感だったりする。


 アドヴェンの願いを叶えなければ、とぼんやりと思った。

 良くない思考だ。早く酒を飲んで理性を止めないといけないのに、家路はまだ長い。両手も塞がっている。


「……なぁ、お前、そんなにルデウカに行きたいのか」

「ああ、そうだ。でも俺一人では難しい。……俺は知らないことが多すぎるから」


 だろうな。しつこく他人に付きまとってはいけない、という常識すら持ってないようだし。


「だから助けてほしいんだ。貴方は持っているんだろう、ルデウカ区域の通行証を」


 俺は舌打ちを返事とした。ああ、持ってるよ。それを知ってるのは村長だけのはずだったんだが。


 ルデウカ区域は禁足地である。

 魔王の発生地であり、酷く濃い瘴気の淀む場所。魔王亡き今でも魔物が跋扈し、およそ人間の住める環境ではない世界。


 むやみに命を散らさぬように。あるいは余計な真似をさせないために。国はルデウカ区域への立ち入りを厳重に制限している。この場所に足を踏み入れるには通行証が必要だ。俺はそれを持っている。


「俺は金を持っていないが、できる謝礼はなんでもする。だから、連れて行ってはくれないか」


 叶えないといけない。そんな思考が頭を過った。


「……嫌だ」

「……理由を聞いてもいいだろうか。それが俺に解決できることなら、なんでもする」

「もう誰かの頼みを聞きたくないから」


 絞り出すように吐いた言葉は、想定よりもずっと小さな声に感じられた。アドヴェンは「そうか」とだけ言って、それきり黙り込んだ。満足したのかもしれないし、諦めたのかもしれない。

 

 よく動く表情とは裏腹に、アドヴェンの言葉は淡白だ。字面だけは丁寧だが抑揚が少なく、言葉から感情を読み取ることが難しい。ちぐはぐで、奇妙で、変な男だ。

 でも、どうしてか、同情や労わりといった優しさが一切含まれていない彼の言葉が、俺の罪悪感を救ってくれたような気がした。


「……明後日、この村に王国騎士団の小隊が来るんだ」

「王国騎士団?」

「王都が擁する武力部隊だよ。魔物を殲滅するための。治安維持のために定期的にそこらの村を廻ってるんだ」


 最も、魔王が死んだ今、魔物なんかより人間相手の方が多いらしいが。平和になったら人間が暴れ始めるなんて、なんて皮肉な世界なんだろうか。


「騎士団に所属している人間はいくつかの特権を持ってる。例えば、危険地域への立ち入り、とか」

「……俺も騎士団の一員になれば、ルデウカ区域に入れるんだな!」


 アドヴェンの表情が知りたくなって、俺はさも気紛れですよといった体で背後に視線を向けた。笑顔だ。パッと明かりがついたような、期待に満ちた顔。それでようやく、この男が喜んでいるのだと確信を持つことができた。


「明後日やってくる騎士らに頼み込んで入団するといいよ。活動拠点は王都だからこの村を離れることになるけど、確か団員向けの寮もあったはずだから、住むところには困らないと思う。……正式に騎士になるのは大変だから、ルデウカに入れるようになるのは、きっとずっと先だけれど」

「でも、それさえできれば、俺はルデウカ区域に入れるんだろう? ありがとう! その情報だけでも、俺はとても嬉しい」


 馬鹿な奴。何が目的でルデウカなんぞに行きたいのかは知らないが、時間と労力をかけて騎士になるより、俺を脅して言うことを聞かせるなり通行証を奪うなりする方が圧倒的に楽だろうに。

 真っすぐな男だ、今どき不自然なほどに。これほどまでに素直だからこそ、村人は彼を受け入れ、助けたのだろう。


「色々教えてくれて本当にありがとう。貴方のおかげで、俺はルデウカ区域に辿り着くことができる」


 嬉しそうな笑顔を見ていられなくなって、俺は視線を前方に戻した。遠く遠くに見慣れた我が家の影が浮かんでいる。あそこに着いたらもうこの男とはさよならだ。明後日には騎士団の見習いとなってこの村を出ていく。そうしたら二度と会うことはない。


 安堵していた。これ以上この男と一緒にいたら俺はきっと絆されてしまうのだろう。

 今だってずっと頭の中がうるさい。助けないといけない、救わないといけないと、そんな言葉ばかりが頭の中で閃いている。


 自分をすり減らしてでも他人を助けることは美徳だろうか。俺はそうは思わない。だから酒を飲むんだ。

 酒の力を借りていないと、ありたい自分でいられない。



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